以前にも呼び出されたことがある部屋で、その時と同じ相手を前にして。しかし告げられた内容は、全く真逆のものだった。
「解散?」
少将が口にした言葉を、ロッシュはそのまま使って問い返す。苦虫を噛み潰したような顔をして少将が頷いた、隣に立つ隊長の表情もそれと似たような苦々しいものだ。三人のうち二人が同じような顔をしている部屋で、残った自分はどのような顔を見せているのだろうと、どうでもいいことをロッシュはふと考える。
「ああ。ロッシュ小隊は今月末付けで解散になる」
「それは……随分、急ですね」
今月末というと、もうほんの数日後だ。戦時中の現在、軍における大きな人事異動も珍しいことではないが、当然それは必要となった際に限られて起こることである。例えば大きな敗戦があって再編を迫られた場合や、逆に誰かの昇進によって部隊を新設する場合などがそれに当たるのだが、戦局も比較的落ち着いている現在においてこれほど急な異動を行う理由は無いように思えた。
ならば考えられるのは、何処かから外圧が掛かっての人事という可能性か。そうであればかなり大きな権限を持つ者が関わっていることになる、ロッシュの小隊は未だ設立一年に満たない割に、大きな戦果を上げているのだ。上官当人である少将の抵抗は相当なものだっただろう、それを無条件に黙らせるだけの権力を持つ者。
「解散後だが、君はラウル中将の指揮下に異動となる」
言葉が途切れ、少将の視線が探るように動いた。しかしロッシュは何の反応も示さない、ただ無表情に立ち尽くし、黙って話を聞くのみだ。一瞬苦々しい表情を強めた少将だが、しかし直ぐに元のそれに戻り、事務的に通達を続けた。
「異動後の配属については、ラウル中将に直接指示を受けてくれ」
「はい」
「各隊員は、私の指揮下のまま、他の小隊に振り分けられる。ただし君が特に希望する場合は、数人であれば共に異動することを認める」
「振り分け先は、もう決まっているんですか?」
「いや、これからだ。私達も、昨日通達を受けたばかりでね」
つまり本当に急な決定だったのだろう、余程の強権を振りかざしての指令でなければ、これ程無茶な配置転換は不可能だ。ロッシュ自身はラウル中将の下に配属されるようだが、それで素直に彼が黒幕だと考えていいものか。彼がかつて常勝を誇る将軍であり、多くの戦果を上げた過去を持つことはロッシュも知っているが、今の彼はすっかりその姿を変えてしまっている。眠れる獅子と呼ばれる彼がこの異動劇を仕組んだと考えるのも、それほどの手間をかけてロッシュを引き抜こうと思うのも、どちらも納得しづらい考えであった。
あるいは、ロッシュ小隊が活躍することによって、上官である少将の発言力が増すのを防ぐ目的なのかもしれない。動機としてはまだ有り得そうな話であるが、それでもやはり、手段が強引過ぎることに変わりは無かった。以前に僅かではあるがラウル中将に関わったことがあるロッシュとしては、どうしても違和感を覚えずには居られない。しかし彼が黒幕でないとすれば、一体誰がどんな目的で行ったことなのか。
それ以上は、さすがにロッシュでは分からない事だ。研究所に出入りする関係から他の兵より多少は情報に通じているが、それでも軍上層部の政治模様を完全に把握することなど出来るはずもなかった。
「それとストック……彼は確か、君が補佐として使っていた隊員だったな」
混沌を探る思考は、飛び込んできた親友の名の響きによって、一旦中断される。薄青い目に浮かんだ真剣な色が、一層濃いものとなった。
「ストックですか? あいつが何か」
「ああ。彼は軍を離れ、情報部に配属される」
「……情報部?」
軍を離れるという言葉、そして情報部という聞いたことのない部署名に、ロッシュの眉根が寄せられる。説明を求めて少将を見るが、彼もまた顔を顰めて首を振るばかりだ。
「何でも、今回の異動で新設される部署らしいが」
「新設、ですか。しかし軍を離れるとは……一体、どういう」
「さあな。だが恐らく、誰かの私設部隊という扱いになるのだろう」
アリステルという国には行政機関が存在しておらず、戦争関係以外の施政も軍上層部が行っている。それは建国以来殆どの期間を隣国グランオルグとの戦争に費やしてきた歴史に起因するのだが、ともかくこの国において軍以外に属する組織ということは、即ち民間の運営か誰か権力者個人に属するか、ということを意味した。今回は軍属の人間を強引に引き抜いて所属させている、ならばただの民間組織であるはずもなく、由来は恐らく後者。
「その……」
部署は何をするところなのかと問おうとして思い留まる、先ほどからの様子を見れば、少将が何も知らされていないことは明らかである。
口を噤んだロッシュの様子をどう解釈したか、少将はじろりと彼を睨み付けた。
「私も、非常に残念に思っているのだよ。君たち『若獅子小隊』の活躍は目覚ましいものだった」
少将が口にしたその名は、いつからかロッシュの小隊を指して語られるようになった言葉だった。人はいつの時代も英雄や、それに近い偶像を求めるものらしい。年齢層が若く、短期間にいくつもの戦功を挙げた隊は、彼らの意志とは無関係にその名声を高めていた。勇猛さの象徴として、そしてあまり愉快な考えでは無いがロッシュの外観と重ねてのことか。ともかく小隊全体、もしくはその中心であるロッシュやストックのことが『アリステルの若獅子』と呼ばれていることを、ロッシュ自身が知ったのは最近のことだった。
その名は当然少将の耳にも届いていたのだろう、そして恐らく彼は自分の指揮下にある小隊が特別な名を持つことに満足していたに違いない。『若獅子』、その言葉を口にする少将の声は、今までの中でも特に憤りを込めて発せられていた。
「実績も出しているし、国民の間にも名が知られ始めてきていた。それを解散とは」
少将の愚痴に近い呟きを前にして、ロッシュができることは何とも言えずに口を閉ざすばかりだ。ふと背後に立つ隊長に目を向けると、彼もまたうんざりとした表情で立ち尽くしている。恐らく決定事項としての通達を受けてから、何度となく繰り返し聞かされたことなのだろう。ロッシュは心中密かに、もう直ぐ道を分かつことになる上司に同情した。
「ともかく、通達は以上だ。他に何か質問はあるか?」
聞きたいことはいくらもある、この人事を強行した主は誰か、隊員たちはどうなるのか、ストックが配属されるという情報部とはどんなものなのか。しかしそれを目の前の男に尋ねたところで、実のある答えが返ってくるとは思えない。
「……いえ、ありません」
「そうか。では退出を許可する、各隊員にはこの事項を伝えて転属準備をさせるように」
「はっ」
「短い付き合いだったが……ラウル中将に、宜しく伝えてくれよ」
苦々しげに吐き出された最後の呟き、彼はラウル中将が今回の人事を押し進めたと思っているのだろう。それが事実かどうかロッシュには分からない、違う気はするのだがそれは根拠も何もないロッシュ自身の勘に過ぎなかった。だからそれ以上は何も言わず、ただ敬礼だけを返して。そのまま振り向きもせず、執務室を辞した。
扉を閉める直前、ため息を吐く声が聞こえる。
それが、ロッシュが少将の声を聞いた、最後となった。



 ――――――



「ロッシュ」
階下に降りたロッシュに、話しかけてきたのはストックだった。その表情の暗いことにロッシュは軽い驚きを覚え、次いでその理由に思い至る。
「少将に呼ばれたと聞いたが」
「ああ」
「……俺も先程、人事から話を受けた」
「そうか。……同じ話、だろうな」
「ああ、恐らく」
一隊員の彼に直接話がいったのは、新設の部署に異動となるからだろう。沈鬱な様子でストックが呟く、常の力強さを置き忘れたかのように意気消沈した親友の肩を、ロッシュは軽く叩いた。
「隊の奴らに話さねえとな」
「そうだな」
「皆、驚くだろうなあ」
「……そうだな」
隊員達は突然の解散を、どう受け止めるだろうか。揉め事が皆無だったとは言えない、だが消えて無くなることを喜ばれるほど、悪い隊では無かったと思う。ロッシュ自身にとっても大切な隊だった。最前線に近いところを転戦し続けて、それでも戦死者をほとんど出さずに乗り切ることができたのだから、護りきったという自負はある。共に戦ってきた横の男も同じ思いなのだろう、今の彼の辛そうな表情を見れば、言われずとも理解できた。
「色々話したいことはあるが、まずは正式に通達を回してからだ」
きり無く浮かび上がる感慨を振り切るため、ロッシュは敢えて事務的に呟いた。隊の解散は軍上層部における決定事項で、ロッシュやストックの力で抗うことはできない。いつまでも過去に執着せず、これから先のことを考えて動かなければならないのだ。状況を受け止め感情を切り替える力は、軍に属する者として身に付けねばならないことだ。戦争の中では己の望みを通すことができる状況のほうが少ない、戦いの中でも組織に於いても、それは変わらない事実である。
「……そうだな」
ストックとてそれが分かっていない筈がない、低く沈んだ声で、それでも首肯を返す。それを確認すると、ロッシュは隊員達に集合を伝えるために、訓練室へと足を向けた。



鍛錬や武具の整備で待機時間を過ごしていた隊員達が集まるまで、しばらく時を置き。そして全員が集まったところで解散の報を伝えると、想像通り――いや、想像していた以上の混乱が、ロッシュに向けて浴びせられた。
自分達の働きを訴えて撤回を迫る者、仲間と分かれることを悲しむ者、単純に自分のこれからを心配する者。表現は人により様々だったが、どれも隊の解散を悼むものであることは共通している。つまり彼らにとってこの隊は良い隊で有れたのだろう、その事実は小隊長であるロッシュにとって、しみじみと嬉しいものだった。そしてその分、彼らの嘆願や疑問に何ひとつ応えられないのが、ひたすらに申し訳なく感じてしまう。
「小隊長……俺、悔しいです」
質問の嵐が収まってきたところで、ひとりの隊員がぽつりと呟いた。その言葉に隊員達の何人かが同意を示す、口には出さなかったが皆同じ思いでいてくれていたのだろう。
「折角皆でこれまでやってこれたのに、鍛錬だってどこの隊よりこなして、ようやく実力付いてきたって実感できてきたのに。それに戦果だって、ちゃんと出してるじゃないですか」
「そうだな。……俺も、残念だ」
しみじみとロッシュは呟く、実際に彼らは本当によく頑張ってくれていた。実力のにおいても結果においても、申し分ない成果を出せていたと思う。だが、同意は出来ても、それ以上の力はロッシュにはない。それが心底悔しかった、ロッシュとしてもこの解散が本意であるわけがないのだ。
「とはいえ、嘆いていても仕方がねえ。上の決定を覆すことはできんからな」
「でも……!」
「お前らは本当によくやってきてくれた。鍛錬も実戦も……その経験は、所属がこの隊でなくなったところで消えて失せるもんじゃねえ」
静かに語るロッシュに、隊員達の視線が集まる。演説など全く柄ではないのだが、これが最後なのだから、何か言っておかねばならないという気持ちがあった。新しい配属先で、過去の記憶が足枷にならないように。
「ここで出来たことが他の部隊でできない訳がない。お前らが積み重ねてきたことには、それだけの力がある」
「……でも、俺達は小隊長の下じゃないと」
「何情けねえこと言ってやがる。俺の手何ぞ無くても戦えるさ」
「小隊長……」
「むしろ、これからはお前らが他の隊を引っ張るつもりで戦え。大丈夫だ、この隊でやってきたことをそのまま続けりゃ良いんだからな」
にやり、と笑ってみせる。多少のはったりは入っているが、それでも半分以上はロッシュの本音だった。
「自分を信じろ、だが過信はするな――そして、死ぬな。俺からは以上だ」
ロッシュが口を閉ざせば、その場に残るのは沈黙だけだ。誰も口を開かず、ロッシュを見ている。少し涙ぐんでいる者さえ居ることに、ロッシュは驚いた。良い隊だったのだろう、戦果が出せるとか実績が稼げるとか、そんなこととは関係無く。だが、どれ程居心地の良い場所でも、ずっと同じままでは居られないものだ。何らかの理由で物事は移り変わる、それが今回はたまたま外部からの圧力だったというだけで。
「他に何も無ければ、以上だ。新しい配属先は、隊長から追って発表がある。それまでに各自荷物を纏めて、いつでも動けるようにしておくように」
そうして、小隊は解散した。
設立された時と同じように、内々だけで処理されるような、静かな幕切れだった。



 ――――――――――――――――――――



そして、新部署への正式配属が明日に迫った夜。
ロッシュの部屋の扉が、一応時間を考えたのか、控えめな音量で叩かれる。応じて扉を開けば、そこに立っていたのはロッシュの想像した通りの人物だった。
「おう」
「……ああ」
特に約束を交わしていたわけではない、しかしロッシュは彼へがやってくるだろうと思っていたし、ストックの方でもそれは分かっていたはずだ。訪問を断られるなどとは考えてもいない様子の彼を、ロッシュもまた当然のように中に招き入れた。
ロッシュが体を引いた隙間からストックが入室し、主の言葉も待たずに、指定席となった椅子に腰を下ろす。相変わらず生活感の無い部屋で、椅子といえばストックが座るその一脚しか無い。しかし数ヶ月前とは違い、二つのカップだけは、探さずとも取り出せる場所に保管されるようになった。棚からそのカップと、用意しておいた酒の瓶を取り出すと、ロッシュも寝台に腰掛ける。
「飲むか。奢るぜ」
「……ああ、貰おう」
ストックが手に取ったカップに酒を注ぐ。度が強いことしか取り柄の無いような安物の酒だ、ロッシュには酒を楽しむ趣味など無いから、こんな時にどんなものを選べば良いのか分からない。しかしストックから文句が出る様子は無いから、それで構わなかったのだろう。そもそもこれは酒を楽しむような席でもなく、ただ儀式として用意したという程度の認識なのだから、種類など何でも良いのかもしれない。
片方が満たされると、瓶を受け渡してもう片方に。そうして両方のカップに酒が入ると、自然にそれらが持ち上げられ、中空で軽く打ち合わされた。
「……明日から、だな」
「ああ」
「やれやれ、最中はえらく長く感じたんだがな。考えてみれば、まだ一年も経ってねえんだよなあ」
苦笑まじりにロッシュがぼやく、ストックは変わらない無表情のままだ。その様子に、どうしても数ヶ月前の夜を思い出さずには居られなかった。あの時もこうして二人で話をした、カップに入っていたのはただの水だったが。
「だが、もう数ヶ月経っていた、とも言える」
「考え方次第、か。ま、お互いよく頑張ったもんだぜ」
再び隊を率いるなど、あの夜の前には考えられもしなかったのに。それを変えたのは紛れもなく目の前の男だ、そして実際に隊が設立されてから、様々な面で自分を助けてくれたのも。
「ロッシュ、お前は確か、他の将軍の部隊に移るんだったな」
「ああ、ラウル中将の指揮下になる」
「そこでもやはり、一個小隊を率いることになるのか?」
「さあ、どうだろうな。取り敢えず挨拶だけはしたが、それ以上の話はまだ何も無かったからなあ」
「そうか……」
「だが、余所から引っ張っておいて、一兵卒に降格ってことは無いだろう。既存のものか新しく設立するのかは分からんが、何らかの形で指揮する側に入ることになるだろうぜ」
「そうか……そうだろうな」
一瞬ストックが、考え込むように目を伏せる。
「すまない」
「ん、何だいきなり?」
「共に戦うと、約束したのに」
唐突な謝罪に虚を突かれたロッシュだったが、続く言葉にその真意を悟る。数ヶ月前に交わした約束、それを守れないことを彼は謝罪しているのだ。
「気にするな、お前のせいじゃねえさ」
「そうかもしれない。だが」
「その気持ちだけで十分だ」
ふ、とロッシュが笑みを浮かべた。
「大丈夫だ、もう逃げたりはしねえよ。それが役目なら、やってみせるさ」
「そうか……」
「心配かけるな、お前には」
全くだ、と呟くストックの目には、安心したような寂しげなような、複雑な色の光が宿っていたが。ロッシュはそれにどこまで気づいたものか、ふと表情を変えて言葉を続ける。
「俺のことよりそっちの話だ、ストック。お前、情報部に配属になるらしいな」
「ああ、そう聞いたが」
「実際に、指揮官――じゃねえな、軍じゃねえんだから。担当の上司には会ったのか?」
「いや、まだ名前だけしか聞いていない。ハイスとかいう男らしいが」
「そうか……」
ロッシュが口元に手を当てて考え込むのを、ストックがじっと見詰める。
「俺は、ガントレットの関係で魔動研究所にも出入りしているから、他の兵より多少は上層部の情報も聞くことができるんだが」
「ああ」
「そのハイスとかいう男、どうも得体が知れないって噂になってるんだよ」
「……」
解散が決まってから数日の間に、しかもロッシュの少ないつてを使って調べたことだから、どこまで正確かは分からない。だがしかし、突然誰も知らなかった新部署を設立され、戸惑う声が上がっているのは確かな事実だ。
「今までも軍に属していたわけじゃない、それなのに軍の動きに口を出せてたってんだから、怪しまれないわけが無いよな。元々が、誰も知らないうちに軍の中に居たって噂もあるくらいだ」
「……誰も知らないうちに、か。よく、そんなことが許されたものだ」
「ああ、話に聞く限りだが、持ってくる情報が随分と有益なものらしい。どうやってそんなもんを仕入れてくるのかに関しちゃ、やはり誰にも知らないらしいが」
「その男が、情報部を設立した……」
「ああ。正直、研究所周辺じゃ相当不気味がられてるぜ。暗躍してた男が、ついに表舞台に立ったってな」
ロッシュ自身、権力抗争などには全く興味が無い。誰も出自を知らないというが、正直アリステル軍は人材不足が慢性化しており、例え得体が知れずとも能力さえあれば出世はいくらでも可能だ。それが表で行われるか、裏でこそりと行われるかを問わず、である。
だから別段、得体の知れない人間が軍に入り込もうと、その事に関して何かを言うつもりは無かった。しかしそこに友人が配属されるとあれば、話は違ってくる。
「気をつけろ、ストック。何か……あんまり、良い予感がしねえんだよ」
「予感か。曖昧だな」
「もうちっと具体的に調べられれば良かったんだがな」
「いや、そんなことはない、十分だ」
ストックの表情が、笑みとはいかないまでも柔らかいものに変わる。この数ヶ月毎日顔を付き合わせていて、そんな微妙な変化でも気づけるようになった。相変わらず分からないこともあるが、それでも以前に比べれば格段に、彼のことを理解できるようになったと思う。
「俺のほうこそ、心配をかけてすまない」
「気にすんな。何もできてねえしな」
例えどれほど心配したところで、ロッシュに命令を覆すことは出来ない。共に配属されていなければ隣で戦って彼を助けることも出来ず、出来ることといえば有っても無くても同じような情報を集めることくらいだ。数ヶ月前彼が言った、何かを護りたければ上に立つ必要があると、それは全く掛け値のない事実である。ただの小隊長にできることは限られている、それが今になって悔しく感じられた。
――暗くなってしまった気分を変えたくなり、ロッシュは強引に笑みを浮かべた。
「とにかく、改めて礼を言わせてくれ。ありがとよ、この数ヶ月、お前には助けられっぱなしだったぜ」
「そんなことは無い。俺は、お前の横に居ただけだ」
「だけじゃねえ、それが一番、有り難かったよ。妙な言い方かもしれんが、お前と一緒に戦うのは、楽しかったぜ」
「……そうか」
「命かけて戦争してるってのに、楽しいなんて言ったらまずいかもしれんがな」
「いや、そんなことはない」
微かにストックが笑う。いつの間にか随分減っていた酒で口を湿らせ、ロッシュのほうをじっと見た。
「俺も……楽しかった。お前の横で戦うのは」
「……そうか」
それなら良かった、と呟くロッシュに、ストックは真っ直ぐに視線を投げている。ロッシュもまたストックを見た、互いの視線がかち合い、しばらくの間絡み合う。
「また、いつか……お前と共に、戦えるといい」
ふ、とストックが呟いた、その言葉にロッシュは何故か深い目眩のような感覚を覚える。
また、いつか。紙一重の先に死が待つ戦場に立っていて、未来のことなど滅多に考えることもなかった。しかしその日がやってくることだけは、信じたい気がする。いつかまた、彼と肩を並べられる日がくれば良いと。
「当たり前だろ、んなこと」
だから、ロッシュは言う。保証などは当然無い、それどころか互いに無事であり続けることすら確約されていない。それでも、言わずには居られなかった。
「『今』、別々に戦うことになっただけだ。お前と俺が同じ目的で戦っていれば……またいつか、共に戦うこともあるさ」
「……そうか。そうだな……」
願わくばそれが、戦場でなければいい。そんなことをふと思った、殺し合いでない戦いの中で、彼と共に居られたらいいと。
収束の見えない戦の中では、それこそ笑い話にもならない戯れ言でしかないが。
「だから死ぬなよ、ストック。それまで、絶対に死ぬな」
「当たり前だ。お前こそ死ぬな……生きてまた、一緒に戦おう」
「ああ」
信じている、というのは口に出さずに呟いた言葉だが。何故かそれは、ストックにも届いている予感がした。



『またいつか、共に戦おう』

この夜交わされた言葉が叶うのは、これより一年余り後になる。

それは運命の書が導くままに。



BACK / NEXT


セキゲツ作
2011.04.24 初出

RHTOP / TOP