壮麗な建築物が建ち並ぶアスガルドで、人間達は最後の戦いに向け、陣を整えていた。各々がかつて属していた国に分かれ、武具を整え、突入の時を待つ。今までと何ら変わらない行為だ、ただその規模が小さくなり、帰る場所が無くなっただけで。
「いよいよ最後だなあ」
だから人々の様子も、状況ほどに悲壮ではなく、混乱も無いように思われた。一人一人の腹を覗いてみればまた、それぞれに思うところはあるだろう、しかしそれを表に出すものは居ない。泣きわめいて運命の糸を千切れるわけではない、ならば開き直って戦うだけだと、そう考えるのがミズガルドの戦士である。
そうして心を決めたうちの一人であろう、隣の従兄が呟くのを聞いて、シグムンドはちらりと視線を上げた。
「まさか生きてる間にアスガルドに来るとは思わなかったなあ。死んでからならともかくよ」
普段から弱気な発言を零し、臆病者と陰口を叩かれることの多い男だが、今は臆した様子も無く眼前に広がる景色を眺めていた。
「そうだな。さすがに俺も、自らがラグナロクの時を生きることになるとは、思ってもいなかった」
「だな。戦うにしたって、戦乙女に連れられてアスガルドで戦うんだろうと思ってたぜ。まさかミズガルドで、生きたまんま戦うことになるとはよ」
暢気にも聞こえる口調だが、それは悪いことではない。覚悟というのは大切なものだ、いざという時に彼が見せる胆力の強さを、シグムンドもよく知っている。
シグムンドもやはり、揺らぐことなく己の武器を握り、輝く地平を見渡している。恐れはない、例え向かう先が冥界府の底であろうとも、戦うだけだ。
「ほんと、人生ってのは分からんもんだぜ。神様と一緒に巨神と戦って、オーディンが死んだ後も生き残って、こうしてアスガルドで最後の決戦とはなあ」
「ああ」
「それにお前は、女神様といい仲になっちまうし」
ぼやき混じりの感慨だったはずが、急に己の真上に向けられてしまい、シグムンドの眉間に深い皺が寄る。昨夜の出来事を誰かに伝えた覚えなど、当然無いのだが。
「睨むなって、お前を捜してたら、フレイに言われたんだよ。邪魔すんなってな」
「――成る程な」
「良かったじゃねえか、ようやく思いが通じてよ。最後の戦って時に心残りが出来んで、何よりだぜ」
笑って肩を叩くヘルギにも、彼に情報を伝えたフレイにも、けして悪意は無いのだろうが。いや、シグムンドとて渋い顔をしていても、本気で怒っているわけではない。ただ言うべきことがないから黙っているだけだ、ヘルギもそれを理解しているから、頓着することなく笑い続けているのだが。
「まあいいや、そろそろ進軍だ。気張って戦おうぜ、美しき女神様のために」
からかい混じりに言い放たれた言葉に、しかしシグムンドは首を振って否定を示す。
「フレイヤのために戦うつもりはない」
戦いへと導く女神の愛を受けたのではない。だから、フレイヤの名において剣を振るうことはしない。密やかな、だが断固とした決意の込められた宣言に、ヘルギが目を瞬かせる。
「はあ。でももう、オーディンもトールも居ねえんだぜ」
何のために戦うつもりだよ、と気の抜けた声を上げるヘルギに、シグムンドは片頬を上げてみせた。
「決まっている。俺が戦うのは」
神のためではない、まして名誉のためでもない。彼が戦士として戦場に立つ理由は、もはやただひとつ。
「誇りのためだ」
己のため。そして彼が愛した、誇り高い女と並ぶため。
そこに神が居なくとも、戦士の誇りにかけて、シグムンドは戦いに向かう。
「――お前らしいや、全く」
迷い無く言い放つシグムンドに、ヘルギが呆れた様子で呟きを零した。仕方ねえな、などとぼやく声を聞き流すうちに、周囲が慌ただしく動き始めた。
「お、そろそろ進軍だな」
「そのようだ」
「そんじゃあ、派手に暴れるとすっか。北の民の誇りにかけてな」
「ああ。巨神共に、一泡吹かせてやるとしよう」
彼らと、彼らが率いる北の民達も、準備を整え歩き出す。歩行は直ぐに早足へと変わり、やがて疾走に近い速さとなって、敵へと突進していく。今は姿も見えない、だが同じようにフレイヤも、戦場を駆けているのだろう。誰よりも強く、気高い愛を、か細い背に負って。
ならばシグムンドも、共に戦うだけだ。愛した女に並ぶだけの誇りを持った勇士として、最後の命が尽きるまで。
巨神が近づく、シグムンドは武器を握り、高らかに叫び声を上げた。


「我はシグルズの子、シグムンド! 仲間の仇を討たせてもらおう!」






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セキゲツ作
2011.09.02 初出

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