最初は白紙に近かったプリントも、ストックの的確な助言により、徐々に答えが埋まっていき。そして、どれくらいが経っただろうか。
「……っし、終わった……!」
爽快な叫びと共に、ロッシュはペンを転がした。手元のプリントには、彼のあまり綺麗とは言えない字で、全ての欄に答えが書き込まれている。ストックも横から顔を出し、それらに間違いが無いか確かめると、納得したらしくひとつ頷いて手にしたペンを筆入れに戻した。
「いやー、ありがとよ。思ったより早く片付いたぜ」
ちらりと時計を見遣ると、ストックが助けに入ってから1時間程が経過していた。それまで30分唸って1問しか解けていなかったというのに、優秀な助っ人というのはかくも強力なものか。先程までとはうって変わって機嫌の良いロッシュに、ストックも苦笑を浮かべる。
「それは、何よりだ」
「ああ、やっぱお前が手伝ってくれると早いぜ。また頼むな」
「……次は有料だぞ」
親友の頼みに対するにしては手厳しい返答だが、それはロッシュも予想していたことだ。ストックが宿題を手伝うなど、余程切羽詰まっているか、それこそ労働を対価として取引を行わない限り有り得ないことである。
「そう言うなって、親友だろ?」
「親しき仲にも礼儀あり、という言葉もある」
冷たく答えるストックだが、言葉程嫌がっていないのは、過ごした時間の長いロッシュにはよく分かっていた。そもそも文系科目を選択している彼が、理系科目である物理を指導が出来る程習熟しているのは、ロッシュの勉強を手伝うために態々教科書に目を通しているからだ。しかしそんなことをストックは語ったりはしないし、ロッシュもまた敢えて口に出すことはない。ただ機嫌の良い笑顔を浮かべ、礼として茶のひとつも入れてやろうと考えながら、取り敢えず完成したプリントを仕舞うために鞄を手にした。
「他に、宿題は無いのか」
「ん、あったら手伝ってくれるか?」
「……まあな」
「何だよ、やたらとサービス良いなあ。けど今日はこれだけなんだよな、残念ながら」
「そうか」
普段と違い妙に親切な親友にロッシュは首を傾げる、その視界に写らぬところでストックは小さく頷き、そして。
「それなら、続きだな」
そう囁くと、鞄を抱えるロッシュの背後から、べたりと抱きついてきた。
「……へ、おい、何だよいきなり」
そして唐突な行動に戸惑うロッシュを余所に、脇を潜らせて腕を前に回すと、逞しい身体を抱き締めながらその首筋に唇を押し付ける。ふつうの皮膚とは明らかに異なる、柔らかく暖かな感触を身構えの間に合わぬうちに与えられ、反射的にロッシュの身が竦んだ。その反応を楽しむかのように、ストックの舌がちろりと皮膚を舐めあげる。
「っ、こら」
「もう用事は終わったんだろう? 続きをしても、構わないな」
「続きって……ひょっとしてさっきの」
混乱していたロッシュの頭が、宿題に取り掛かる前にストックが仕掛けてきていた、ハロウィンの決まり文句を思い出す。Trick or treat、耳に息を吹き込むようにして、ストックが再びその言葉を囁いた。
「……菓子ならやっただろ」
「貰っていない」
「真顔で嘘吐くんじゃねえ!」
「嘘じゃない。あの菓子はお前が奪っただろう」
言われてロッシュが口を噤む、確かにロッシュがストックに与えた菓子は、その直後ロッシュ自身の手によって奪い返されている。結果として、今ストックの手元に菓子は残っていないのだが。
「そりゃ、こっちがお前から貰ったからであって、渡してはいるっ……」
ロッシュが上げる抗議は、しかし耳に舌を押し込まれる感覚によって、強引に中断させられてしまった。体内に生暖かい組織が触れる、不快と紙一重の感触を強引に与えられ、ロッシュの背に電流めいたものが走る。
「な、に……すんだ、馬鹿」
「Treatだ」
普段と全く変わらぬ、性的な色合いなど一筋も混じらぬ平坦な声音で喋りながらも、ストックの手は明確な目的をもってロッシュの身体をまさぐっていた。怒りを乗せて肩越しに睨み付けてやっても、残念ながら彼の鉄面皮には傷ひとつ付く様子がない。他の者なら震え上がる剣呑な視線を物ともせずに、再び耳孔を舌で嬲られ、ロッシュは思い切り眉を顰めた。
「っ」
背に密着する胸板は、感触こそ性的興奮に結びつくものではないが、伝わる体温の心地よさが身体の緊張を緩めてしまう。その効果を知ってか知らずか、抱き締める形で前に回された腕が、それこそ悪戯めいた動きでロッシュの性感を煽っていた。服越しに胸を撫でられながら下肢の中心を擽るように触れられれば、当然の帰結として身体に熱が篭もり始める。その反応は、意思の力で止められるものではない。
「おい……止めろ、ストック」
「そうか、焦らさない方が良いか」
制止の言葉も効果を持たず、というかどう考えても意識的に曲解され。触れるか触れないかの愛撫から一転して、今度は直接的な刺激を中心に与えてきた。強引に着衣の内に進入し、下着の中まで手を差し入れて熱くなり始めた性器を掌で包む。同時進行で舌での悪戯も休まず続けられていて、ぬらりとした刺激は勿論、溢れた唾液が立てる水音が嫌らしく聴覚を刺激してきていた。
「あのなあ、」
ロッシュも忍耐力が無い方ではないが、普段標的にされない部分を介しての責めにはさすがに耐えきれず、身体が断続的に震えを生じてしまう。その反応が気に入ったのか、ストックの舌が激しさを増し、胸を引き寄せ身体を押し付ける圧力が強くなった。10代の肉体が生み出す欲は強烈だ、煽られる側のロッシュが熱くなるのは勿論だが、ストックも己の欲によって熱を高め始めているのが触れた部分から感じられる。力強く脈打つ鼓動を背に受けて、ロッシュの眉が顰められた。ストックの熱に誘われて、身の奥から沸き上がる衝動に限界を感じて、ロッシュはひとつ息を吐く。
「……ストック」
そして名を呼び、密着した身体を肘で押し戻して空間を作ると、強引に上体をねじ曲げた。存外素直に身を引いたストックの頭を、腕で抱え込むようにして引き寄せると、不安定な体勢を省みずにぐいと唇を押し付ける。分かりきった挑発に乗るのは趣味ではないが、このまま好き勝手に遊ばれるのは真っ平御免だ。まずは体表を触れ合わせるだけで口づけを終えると、腕力に任せてストックを引き剥がし、身体を反転させて正面から向き合った。真剣な、というよりは剣呑な表情でストックを見据えると、情欲で煌めく深緑の虹彩がそれを受け止める。
「お前の理屈で言うと、俺も菓子を貰っちゃいないことになるよな」
「……そうだな」
与えたもの取り戻す、という形ではあるものの、ストックから菓子を受け取ることでハロウィンの様式は果たしたつもりでいた。しかし最初の前提、菓子をストックに渡したという条件が満たされていないのであれば、ロッシュの側も「ストックから菓子を貰った」とは言えなくなる。
「なら、条件としてはお前と同じだな」
「ああ」
素直な肯定を返され口の端に笑みを浮かべ、ロッシュはストックの身体を改めて引き寄せ、瞼の端に唇を押し付けた。性急な動きでストックの中心を引き出し、そこに宿り始めた熱を完全なものにするため、刺激を送り込む。
「なら……別にこっちが悪戯したって、良いんだよな?」
形式だけは問いかけの形を保ちながら、その実宣言に近い強さで言い切り、ストックの顔に己のそれを寄せた。そして口付けを交わす、かと思われた直前でその軌跡はずれ、予想された箇所より僅かに上――鋭く整った鼻梁の頂に、唇を押し当てる。
「……っ、おい」
そのまま、痕を残さぬ程度の強さで鼻の頭を軽く食むと、抗議めいた呟きをストックが返してきた。しかし今まで散々訴えを無視されてきたロッシュが、それに応じるはずもない。気にせず鼻筋を通って眉間までを舐め上げ、反射的に閉じられた瞼に、唇を掠めさせた。
「妙なところを舐めるな……犬かお前は」
「お前が言うか、それを。散々好き勝手しやがったくせに」
顔を離し、改めて睨み付けてやれば、その隙を突いてストックが口付けを返してきた。触れた勢いのまま舌が差し入れられ、口の中をかき回してくる。それに同じものを絡めて応えながら、ロッシュは緩やかに動かしていた局部への愛撫を強くした。既に十分血を集め、堅く張り詰めた形を、痛みを与えぬ程度の力で辿る。自分自身にも存在する器官だ、特別な知識など持たずとも、快感の作り方はよく知っていた。ロッシュの動きに従ってストックのそれは熱を増し、一層高まる欲を彼に向けて主張し始めている。
勿論ストックとてされるがままではいない、掌の中で熱を発して脈打っているロッシュのものを、慣れた手つきで刺激してくる。過敏な先端を親指で弄られ、ロッシュは軽く息を詰めた。
「どうした?」
「煩せえ」
短く言葉を交わす隙すら惜しむように互いの顔に唇を触れさせ、その間も手は相手の熱を煽ることを止めない。発端となった言葉を双方意識しているのだろうか、どちらの指もいつも触れ合う時のものと異なる動きをしており、それが常とは外れた新鮮な感覚を生みだしていた。至近距離に迫ったストックの瞳をロッシュが覗き込む、しかしそれは直ぐに、近づきすぎて焦点を失った朧な像になってしまった。ぼやけた緑色に視界が覆われる、と同時に唇の端へとストックの舌が触れる。
「お前だって、大概……やばいんじゃねえのか」
「……どうだろうな」
ロッシュの手の中のそれは、既に限界近くまで熱を高めて先端から体液を零し始めているというのに、ストックの表情は普段とさほど変わらぬ涼しげなものだ。その身の内を走り回る情欲を示すのは、上気して赤らんだ頬と、底にちろちろと燃える光を宿す瞳くらいのものである。その平静を乱してやりたくて、ロッシュはストックのものを包んでいた手を、そのさらに下に滑らせた。
「っ……、」
普段はあまり触れない部位、そそり立ったものの下に控えた袋を柔らかく撫でるように揉んでやると、これはさすがに応えたのかストックの表情が歪む。望んだ反応を得たロッシュは、気をよくして同じ場所に触れ続けつつ、ストックの唇に軽く口付けた。
「……良い、覚悟だな」
と、それが離れ切らぬ極近い距離でそんな呻きを発した次の瞬間、ストックの舌がロッシュのそれを捕らえようと唇の間から捻込まれる。ロッシュがそれを、彼が期待した通りの器官で受け止め、互いに熱く昂った舌を絡め合った。異質な味に反応して分泌された唾液が、触れ合う唇の隙間か溢れだし、顎を伝って滴り落ちる。
「……明日、学校だぞ」
本気の気配を感じたロッシュが、一度顔を剥がし、ちらりと釘を刺した。近すぎるため細かな変化までは見て取れないが、どうやらストックは眉を顰めることでその言葉に応えたらしい。
「分かっている」
舌打ちしかねない口調でストックが呟き、ロッシュの口をぐいと塞いだ。そのまま身体を密着させ、押し倒す代わりに己の局部をロッシュのものに押し付けてきた。性感の中心が直接触れ合わされ、ロッシュの身体がびくりと震える。
「ロッシュ」
そしてストックの手が、それらを纏めるようにして握りこんできた。身体の熱を支配する部分が、直接ストックの快感を受け取り、さらなる熱さを生みだしていく。それは当然ストックの側も同じなのだろう、息を荒げて身を押しつけてくるストックを、ロッシュは片腕できつく抱き寄せた。ロッシュの息もストックに負けぬ程荒い、それでももっと先を求めて、ストックの指に重ねて己と相手の性器を包み込む。
「は、」
双方を纏めて擦り合わせれば、一人でするのとは比べものにならぬほどの強い快感が、その部分から全身を突き刺してきた。動かしているのは自分の手のはずなのに、そこに重ねられたストックの動きが、生じる刺激に予測できぬ不規則性を与えている。腰に溜まり続けていた、熱の形をした欲が、出口を求めてどろりと蠢いた。
「……ストック、」
「ああ、……」
彼もまた限界が近いのであろう、熱に浮かされたような表情と息づかいで、ストックが手の動きを強くする。整った顔がロッシュに近づき、舌を触れさせる深い口付けを交わした、そして。
「っ」
合わせた唇の隙間から、どちらのものとも取れぬ低い呻きが零れ、同時に双方のそれが情欲の証を吐き出した。脳の奥を白い閃光が焼き、強い虚脱感がロッシュの身体を満たしていく。
「……はぁ」
あれ程燃え盛っていた熱も、出してしまえばただの体液に過ぎない。射精後の倦怠に溜息を吐くロッシュの膝から、ストックがのそりと身を引いた。普段の機敏さこの時ばかりは陰を潜め、力の抜けた鈍重な動きで着衣を整える。ロッシュも、局部だけを晒した間抜けな姿から日常に戻るため、身体を伸ばしてちり紙を手に取った。
「……っち、服に付いちまった」
服を脱がぬまま行為に及んでしまったのだから当然だが、ロッシュの、そしてストックの部屋着には、互いが放った体液が付着してしまっていた。同時に発したために混じあい、どちらのものとも分からなくなってしまった白濁がべとりと付いた衣服を、ロッシュが舌打ちと共に脱ぎ捨てる。
「洗わないとなあ。昨日洗濯したばっかりなのに、面倒くせえ」
「拭いただけでは取れないか?」
ストックもちり紙を取り、己の服に付いたものをぐいと拭き取る。一応は綺麗になったようにも思えるが、ロッシュはしかし渋い顔で首を横に振った。
「後になって染みになるんだよ」
「……そういうものか。よく知っているな」
「貧乏人舐めんな、1枚駄目になったら後が大変なんだからな。あー、ってかその前に昨日の乾いてっかなあ……」
ぶつぶつと、実に庶民的な愚痴をぼやきながら洗面所に向かうロッシュに、ほんの数分前までの気配は欠片たりとも残っていない。かぼちゃの魔力が切れたかの如く、普段の顔に戻ってしまった親友に、ストックは苦笑を浮かべて。そして自分の部屋着を洗うために、彼の後に続いて洗面所へ向かった。






セキゲツ作
2011.11.12 初出

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