ストックは布団を剥いで起き上がった。

室内は暗い。カーテンの隙間から漏れる光も無いので、まだ夜も明けていない時刻なのだろう。
横を見れば、同室の親友が寝台から足を投げ出して、豪快に大の字になって眠っている。
夢から覚めたことを自覚してストックは一つ息を吐き出した。
ストックは数ヶ月に一度のペースで今のように夜中に目が覚めてしまうことがあった。
夢の内容は覚えていないのだが目が覚めたときには汗をびっしりと掻いていて、全速力で走った後のように心臓が激しく波打っている。
落ち着かせるために深呼吸をした。息を長く吸い込み、長く吐く。
数分後、ようやく落ち着いた鼓動に胸を撫で下ろした。
今は何時だろうかと、枕もとの目覚まし時計に手を伸ばす。暗闇にうっすら浮かぶ針は真夜中の二時半過ぎを指していた。
まだ起床時間まではかなりある。もう一度寝ておかないと明日の授業に支障が出てしまうだろう。
しかし今のように、良くわからない悪夢で目覚めてしまうと中々寝つけないのだ。
どうしたものかと逡巡し、もう一度隣の寝台を見やる。相変わらず、親友は大の字になって心地良さそうに寝息を立てている。
とりあえず、蹴り飛ばした布団を掛け直してやろうとストックは寝台を下りた。
落ちていた布団を手に取ってそっと掛けてやる。それにも親友は身じろぎ一つすることなく、すやすやと眠っている。
ストックも自分の布団に再度潜り込み、目を閉じてみた。
それから何分経過しただろうか、やはり寝つけずにストックは再度身体を起こした。
こうなってしまっては、時間が勿体無い。起きて勉強するなり何なりした方が良いのかもしれないが、さすがにこの時間に自分の都合で部屋の照明をつけるわけにもいかない。
仕方ない、意識は起きたままでも目を閉じて横になるだけでも幾分身体は休まるという話を聞いたことがある。
横になって目を閉じ、自然と眠くなるのを待つしかない。
そこで、隣の親友がもぞりと寝返りを打った。寝台の端ぎりぎりのところで留まっていた状態を本能で回避しようとしたのか、壁側へと向き直っている。
つまり、そこに多少の隙間ができたことになる。
ロッシュの寝台に潜り込むという行為自体は何度もやっていることだ。もっとも、当のロッシュには止めろと言われているのだが。
その忠告も無視し、ストックは自分の寝台から起き上がると自分の薄めの掛け布団を掴み、傍らの寝台に潜り込んだ。
やはり狭い。
勝手に潜り込んでおきながらも申し訳無いが、ストックはロッシュの背を押した。
しかし軽く押しただけではびくりともしない。上背も体重もあるロッシュの身体を動かすにはそれ相応の力か、ロッシュ自身に動いてもらうことが必要になる。
少し力をかけることで、ロッシュが無意識に動いてくれればよかったのだが、さすがにそうは問屋がおろしてくれないらしい。
仕方なく、ストックはもう少し力を込めてロッシュの背を押した。
ロッシュの身体がもぞりと動き、そして極めて自然な動きで背後を振り向いた。
「………」
「………」
暗闇の中窺える表情は、当然のように眠たげなものだ。その目がストックを捉え時間をかけて状況を認識し、ロッシュはため息を吐きながら言った。
「またか……」
「気にするな」
「気にするっての。誰の寝床だと思ってんだよ」
「おまえのだが」
「わかってんなら戻れ。狭いんだよ」
「そっちがもう少し詰めればいい」
もちろん、ロッシュ一人でさえもこの寝台は狭苦しい。そんなところにストックが潜りこめば寝返りは愚か身体の一部がぶつかり合い、普通ならばそれが気になって寝付くことも難しくなる。二人は何故かそんな状態でも眠ることはできるのだが。
ストックがそのまま待っていると、根負けしたのか、ロッシュがストックの言った通りに壁側に身体を寄せた。
できた空間に身体を動かし、安定させる。そうしてからストックはロッシュの肩の辺りに腕を置いた。
何をするわけでもなく、ただロッシュの身体に触れるだけの行為だ。それだけで、先ほどの不快感が癒える気がした。
「おまえ」
「何だ」
ふとロッシュが口を開いた。
「また悪い夢でも見たのか」
「また?」
「あぁ。たまにうなされてることがあるからな」
「……そうだったのか」
それについてはストックも己のことながら気づいていなかった。夜中に目が覚めることはあっても、うなされているという自覚は無かった。
確かに悪夢を見たのならば普通のことだ。
そしてうなされているということは近くで眠る者に迷惑をかけるということだ。
「……迷惑かけていたらすまない」
「何言ってんだ」
ロッシュの口調はあくまでも普段と変わらない。夜中に起こされた身であるのにも関わらずだ。
「夢の内容は覚えてるのか」
「……いや」
それは間違い無かった。思い出そうとしても、思い出せない。不快なことがあったという記憶は残っているが、幸いなことにその具体的内容は全く覚えていなかった。
「なら、どうでもいい夢にしたらいいんじゃねえか」
「……何だそれは」
ストックが聞くと、ロッシュがおかしそうに応えてくれた。
「例えば……そうだな。何人もの女に迫られる夢とかどうだ」
「……どういう意味だ」
「何度も同じような夢見てうなされるなんて、ろくでもねえ夢だろきっと。どうせその内容覚えてねえんなら、自分が思う限りの一番ろくでもない夢見てたってことにしといた方が気が楽じゃねえか」
「…………」
「どうだストック、それとも男に迫られる夢のがいいか」
「……馬鹿を言うな」
「うーん、それもイヤか?もっとろくでもねえというと、アレか。最近流行りの女装家とかどうだ」
ストックは軽口を叩く親友の肩を軽く叩いた。
「調子に乗るな」
「何だ、結構妙案だろ」
「中身が悪い」
「もっと他にろくでもないもんがあるのか」
「……そうじゃない」
「まさか幼女趣味とかか?おまえやっぱりちょっとあれだな」
「いい加減にしろ」
少し怒気を孕ませた声でそう言い、ストックは腕を少し伸ばして後ろからロッシュの頬を強く抓った。
「人が励ましてやってんのに」
「うるさい」
「まあ元気が出たならいい。さっさと寝ようぜ、明日も学校だしな」
そう言ってロッシュは布団を掛け直して寝る体勢を整えている。
ストックもそれにならい、眠りの姿勢を取った。そうしてぼそっと一言付け加える。
「……肉まん一つだ」
それに対するロッシュの返答は早かった。
「特製の方でもいいか」
「どっちでも構わない。今、ちょうど10%引セール中だからな」
「……案外せこいなおまえも」
「たまたまだ」
「まあ、今回はそういうことにしとくぜ」
顔を見なくてもその言葉だけで、ロッシュの苦笑が伝わってくる。
再度、ストックはロッシュの肩にその手を置いた。
「ロッシュ」
「ああ」
ストックはただロッシュの名を呼んだだけで、ロッシュはただそれに返事を返しただけで。
名を呼ぶ必要があったのかどうかさえも今のストックにはわからない。
しかしそれが眠気を伴っていたからであるのは明らかであったので。
だからとりあえず、おやすみ、と言っておいた。



平上作
2011.12.04 初出

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