「自分はここに居るべき人間ではない」

 そう感じる場面に、ある程度の長さを生きれば、誰でも何度かは遭遇することだろう。生きる意味だの何だの、そういったややこしい話では無い。本来その場は自分抜きで完結するという、そういった状況のことだ。
 例えば感動の親子の再会に立ち会う第三者だとか、プロポーズの場面に居合わせてしまった赤の他人だとか、逆に突如始まった喧嘩に挟まれた見知らぬ誰かだとか。状況は色々考えられるが、マルコにとって、それはまさしく今この時に他ならなかった。
 ちらりとストックが腕時計を見る、時刻は約束の十分前。
「まだ時間にゃ早えぞ」
 それに気付いたロッシュが、言わずもがなのことを呟く。大柄な彼らの間に挟まれ、逃げ場をなくしたマルコは、気付かれぬように注意しながらひとつ、溜息を吐いた。
 勿論彼らは、仲違いをしているわけではない。むしろ友人仲はすこぶる良く、今日は親しい者同士で集まり、クリスマスパーティーをしようというところだ。寮住まいの高校生ということで、金も場所も無い彼らは、最も安価で無難な個室としてカラオケルームに集まっていた。正確に言うと、参加者は彼ら三人だけではなく、これからさらに二人がやってくる予定だ。
「女子寮からここまで、どれくらいだったか」
「さあ。男子寮より少し遠いんじゃない?」
 ストックが、問うとも無しに呟いた言葉に、マルコは律儀に返答する。未だ顔を見せない残りの面々は、生徒会仲間のレイニーとソニアだ。彼女らは女子寮に住んでいる、寮の前から男子生徒と合流しては後々面倒な噂が立ちかねない、そう考えて男女分かれての現地集合としたのだ。
 女性を待たせるわけにはいかないと、妙に紳士的な気遣いを発揮した彼らは、約束の時間よりも少しばかり早く来て室内で待機していた。フリータイムだから時間を気にする必要も無いと、多少ケチくさい考えも入っているが、それは取り敢えず置いておくとする。
「そんなに心配しなくても、ちゃんと来ると思うよ」
「当たり前だ、別に心配してるわけじゃねえって」
 その割には時間を気にしすぎだと思ったが、一応指摘することは控えておく。代わりに溜息をひとつ吐き、飲み物に口を、付けようとしてその手を止めた。恐らく席は固定だ、最も奥の席に押し込められているのだから、手洗いに立つ回数は少ない方が良い。
 それと同じことを考えたかどうかは分からないが、ストックもまた、飲むでもなしにジュースのグラスを弄っている。顔はにはいつもの無表情の上に、彼にしては珍しいほど分かりやすい、緊張の色を浮かべていた。そしてそれは反対隣の男も同じだ、眉間に寄せられた皺は、別に不機嫌によって作られているものではないだろう。
「思うんだけどさ」
 二人とも、実に分かりやすい。明らかに平静を失っている男二人に囲まれ、際限なく溜息を吐き続けたい衝動をぐっと堪えて、マルコは口を開いた。
「僕、ここに居ない方が良いんじゃないかな」
 その言葉に、ストックとロッシュの二人は、きょとんとした顔でマルコを見る。
「何言ってんだ、お前」
「……用事でもあるのか?」
「いや、そうじゃなくてさ」
 驚き、というよりも困惑の様相で問いかけるストックとロッシュに、マルコは首を横に振った。鈍い、というよりは唐突過ぎたためだろうか。あるいは彼らは、自分達の気持ちに、マルコが気付いていないと思っていたのかもしれない。
「僕が居なかったら、四人でダブルデートみたいになるわけだし」
 そう言った時の二人の反応は、実に面白いものであった。かきんと音がしそうな程顔が硬直し、無意味に口を開閉するロッシュに、一周回って完全な無表情になるストック。マルコが交互に眺める間にも、その顔色はめまぐるしく動き、最終的にはどちらも真っ赤な状態に落ち着く。
「な……何を言っているんだ、お前は」
「デートはおかしいだろう。別に恋人同士というわけじゃない」
「でも、好きなんでしょ、二人とも」
 誰が、と言わないのは、気遣いというよりは単に面倒くさくなったというだけだ。ストックがレイニーを、ロッシュがソニアを好きだということは、以前から気付いていた。直接そういった話をしたことは無いが、相手に対する態度を見れば一目瞭然である。ストックの側は少しばかり分かりづらかったが、それでも一年近く三人で行動していれば、何となくは察せられるものだ。
 黙りこんでしまった二人を見て、マルコは苦笑を浮かべた。
「友人同士でクリスマスパーティー、なんて口実使わなくても、もう直に誘っちゃえば良かったじゃないか」
 このパーティーを提案したのはストックだが、当然そこには、好きな相手とクリスマスを過ごしたいという感情があっただろう。そして表立って語られはしなかったが、同様に片思いを抱えたロッシュの思惑が絡んでいたのも、ほぼ間違いない。男というのは愚かなものだ、同じ男であるマルコにはよく理解できる。同じような手を、未来永劫絶対に使わないかといえば、それは勿論否だ。だから彼らを非難するつもりは、マルコには毛頭無い。無いのだが、それはそれとして、もう少し勇気を持てばいいのにと思ってしまうのも事実である。
 何故というなら、ソニアもレイニーもまた、二人のことを好いているのが明らかだからだ。傍から見れば疑いようの無い好意を、どうしてか当の思われ人達だけが気付いていない。
「いやっ、それはさすがに、不自然だろ」
 うろたえて視線を泳がせるロッシュに、ストックも深く頷いて同意を示している。不自然も何も、双方の感情を考えればむしろこの上無く自然な姿なのだが、それを分かっていないのがこの二人なのだ。
「付き合ってもいないのに、クリスマスに二人で会うなど、受け入れてもらえるとは思えない」
「そうかなあ……」
 力説するストックの言葉は、常ならば非常な説得力を以て心に響くものだが、さすがに今は効力を持たない。マルコは首を傾げ、反論の言葉を紡ごうとして、しかし二人が聞く耳を持たないのを見て取ってそのまま口を閉じた。
 これ以上の説得をしようと思えば、レイニーとソニアの恋心にも触れてしまうことだろう。友人とはいえ部外者のマルコがそれをしてしまうのは、何かが違う気がした。
「まあ、だからせめて、僕抜きにするとか」
 マルコを抜いた四人で会うならば、表向きの関係性はともかく、状況だけはダブルデートに見えるものになる。二人ずつでくっついてしまえば、双方が双方の邪魔をすることはないから、思い人とのクリスマスをより深く過ごすことが出来た筈だ。
 マルコとしては非常に妥当だと思われた提案だが、二人はやはり、困惑を浮かべて首を捻るばかりである。
「だから、何を言っているんだ、お前は」
「お前が居なかったら、明らかに妙だろうが。二人で会うってより不自然だぞ」
「そ、そうかなあ?」
 左右から真剣な顔で言われる勢いに、マルコもさすがにそれ以上反論することは出来ず、言葉を濁して身を縮めた。そんなマルコを安心させるように、ロッシュが彼の頭を叩く。
「ああ、だから妙な気は回すなよ」
「そうだ。友人だろう」
「……有難う。ストックも、ロッシュさんも」
 優しい先輩達に、マルコはちらりと笑みを零し、一口飲み物を含んだ。
「まあ……でも、来年はちゃんと、彼女と過ごせると良いよね。お互いに」
 自虐を含んだマルコの言葉に、二人も今度は反論できず、頬を引きつらせて乾いた笑みを零す。室内に、微妙に冷えた沈黙が落ちた。
「あー、もう来てた!」
「すいません、お待たせしてしまいましたね」
 しかしそこで扉が開き、待ち望まれた女性陣が飛び込んでくるにあたり、男三人はがらりと表情を変えて彼女らに向き直った。友人同士で会うにしては、少しばかり過分に思われるお洒落をしている二人は、やはりこの日を楽しみにしていたのだろう。男女双方の気持ちを改めて目の当たりにし、マルコはやはり、ここに居るべきではないとの実感を強くする。
「気にするな、時間より前だ」
「こっちが早く来過ぎただけだからな。荷物、こっち置くか」
「はい、お願いします」
 レイニーはストックの横に、ソニアはロッシュの横に、当然のように腰を下ろした。彼女らも、出来れば隣の男と、二人だけで会いたかっただろうに。明るく笑う友人達の間で、マルコは何とも言えぬ顔で、脚をぶらりと振った。そんなマルコに、レイニーとソニアは揃って視線を向け、輝くような笑顔を向けてくれる。
「マルも、メリークリスマス!」
「今日は有難う御座います。」
 そこには、彼を疎む気持ちなど、どこを探しても存在しない。暖かな友愛に満ちたその笑みに、マルコも拗ねていた気持ちを和らげ、明るく笑い返す。
 マルコが居なければ、ここに居るのは想い合う男女のみになる。だが、そんなことを考える人間は、マルコの他に誰も居なかったらしい。
「よし、それじゃあ始めるか!」
 高らかにかけられたロッシュの号令と共に、彼らは持ち込んだ食べ物をテーブルの上に並べ始める。少しばかり歪な、だけど幸せなクリスマスパーティーは、こうして賑やかに幕を開けたのだった。






セキゲツ作
2012.12.24 初出

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