しばらく、2人で抱き合う姿勢のままじっとしていた。服越しに触れ合った肌の熱を感じる、酒と薬で高まったそれは、同じく薬によって感覚を侵されているストックにとって酷く情欲を煽られるものだ。気持ちを受け入れてもらった安堵からか、先ほどまでよりも薬の効きが強くなっている気がする。より深い熱を求める衝動を理性で押さえ、ストックは一度身体を離した。

「…………」

そして改めて、組み敷いたロッシュを見下ろす。その表情は先程と変わらず、少しばかり困ったような苦笑のままだ。だがストックが確認したいのは、そこに拒絶の色が無いことだけである。望む結果を確認したストックは、言葉は発さぬまま、身体を屈めてロッシュに口付けを落とした。

「っ、……」

様子を探るように何度か軽く触れ、角度を定めて強く押し付ける。背に回された手に、僅かに力が込められるのが伝わってきて、それに後押しされるように舌を差し入れた。閉じられたままの歯列をなぞると、少々の間を置いてそれが開かれる。生じた隙から舌を侵入させると、微かに残った酒の味が伝わってきた。

「ふ、……」

呼吸が上手く継げない。唇が、舌先が伝えるロッシュの感触が変換され、僅かに残った理性が焼けるほどの快感が生み出される。それは薬のせいか、それとも封じ続けていた欲望を解放した反動なのか。衝動が命じるままにロッシュの口腔を貪る、歯列に、上顎に舌を這わせ、そして躊躇うように伸ばされたロッシュの舌に己のそれを絡めて。敏感な感覚器官が相手の味を感じ取る、それすらも背筋を走る快感に加えられるのが自分でも可笑しかった。

「っ、ぐ、……」

夢中になって舌を吸っていると、ふいにロッシュがストックの二の腕を叩いてきた。慌てて身体を離すと、自由な呼吸を得たロッシュが派手に咳込む。

「げほっ、げふっ、はっ……」
「ロッシュ!?」
「……ああ、いやすまん気にするな、咽せただけだから」
「そ、そうか……すまない」

流し込まれた唾液が気管にでも入ったのだろうか、涙目になって呼吸を整えるロッシュを抱き起こし、背を擦ってやる。焦りすぎたことを内心反省するが、かといって走り始めた熱が止まるはずもない。背に当てた掌からすら熱が高まる、ロッシュの息が落ち着いたのを見て、再度身体を重ねようと試みて……しかしその動きは、何故かロッシュによって制止されてしまった。

「すまん、ちょっと待て……いや、止めるとかそういうんじゃ無いからな」

拒絶を予想して硬直したストックに、ロッシュが慌てた様子で弁明する。

「これを、外しておかないと」

言いながら彼が手にかけたのは、左腕に装着したガントレットだった。ロッシュが今着けているそれは、戦場で使うものより幾分細身の、言わば日常用とでもいうべき形状をしている。しかし普段より軽量というだけで素材は鋼鉄、武器として使える代物であることは変わりなく、肌を曝して抱き合う際にそぐわない存在であることは確かだろう。

「ちょっと待ってろ……」

ロッシュが生身の腕であれば肘にあたる部分に指をかける、外そうとしているのはそこから先の稼働部であるらしかった。しかし、そこを外すのは難しいことではない――特にもう長い間義手の持ち主として在り、取り外しから維持整備までを自力で行っているロッシュであればそれこそ衣類の着脱よりも容易な作業であるはずなのに、何故か妙に手間取っている。

「手伝おう」
「っ……すまんな」

ストックが手を伸ばし、接合する部品同士を一箇所ずつ外していく。ロッシュは残された右腕でガントレットを支えているが、よく見ればその手は微かに震えているようだった。作業が上手くできなかったのもそのためだろうか。その態度があまりに平生と変わらないため意識から外れていたが、考えてみればロッシュとても媚薬の効果を帯びているのだ。先程までは随分と辛そうにしていた、それがさほど時間を置かない今既に抜けているわけがなく、平静であるように見えたのはただ意思の力で押さえつけているだけだったのだろう。

「……外れたぞ」

ストックが全ての接合部品を解除すると、義手はロッシュの制御下から外れ、神経の通わぬ金属塊として彼の右手に収まった。ストックはそれを受け取り、机の上に安置する。
そして寝台の上に戻ると、改めてロッシュに向き合った。

「……ロッシュ。辛いか?」
「何がだ?」
「薬が……手も、上手く動いていないようだったが」
「ああ」

ロッシュの苦笑が深くなる、そして右腕が伸ばされ、ストックの身体が引き寄せられた。

「大丈夫だ、つったら嘘になるがな」
「すまない……」
「ここまできて謝るなよ。大体お前、自分だって同じもの飲んでるんだろ、そっちこそ大丈夫か?」
「……正直、大分辛い」

腹蔵の無いストックの言葉に、ロッシュが苦笑する。無理すんな、と囁かれた言葉に甘えることにして、少しだけ距離を離して彼の身体に手を伸ばした。力が入ったせいでやや乱れている着衣に手をかけ、留め金を外していく。しかしロッシュに告げた通り、ストックの限界も近い。上手く制御できない指先が震える。利便性重視で着脱し易い軍服の作りに内心感謝した、これで妙に装飾が多かったりしたら、脱がすのにどれくらいかかったか分からない。
ロッシュもストックの服を脱がそうと手をかけているが、こちらは右手のみで行わなければならないため、さらに手間取っているようだ。震える指の感覚を布越しに感じ、ストックは快感による溜息が出そうになるのを必死で堪えた。

「……大丈夫だ、自分で脱ぐ」

ようやくロッシュの服をはだけさせると、ストックは自分の服に手をかけ、残った釦を外していく。

「ああ、すまん」
「気にするな、そんなこと」

そして上衣と肌着を脱ぎ捨てると、そのままベルトを外し、ズボンに手をかける。見ればロッシュも自分の着衣を取り去っているところだった、互いに衣服を全て脱ぎ終わると、寝台の横にそれらを放り出す。
曝された肌に、心臓が鳴った。同性の身体など珍しいものではない、それどころかロッシュ本人のものですら見慣れていると言っていい。さすがに完全に全裸で向き合ったことは無いが、軍や旅で共に行動している間に、それに近い状態を見る機会は何度となくあった。それなのに、何故今目の前にある姿には、心が動くのか。

「ロッシュ」

名を呼び、身体に手を伸ばす。触れる指先を遮る衣服は無い、ストックが首筋から肩に指を滑らせると、ロッシュの身体がひくりと震えた。その視線はストックを見ず、見当違いの方向に逸らされており、表情からは先程までの苦笑が消えて無表情に近い顰め面になっている。彼もまた緊張しているのだろう、当然だ、同性の友人とこれから肌を重ねようとしているのだから。ストックが使った薬が持つのは性感を高める作用のみで、脳の働きまで侵すことは無い。彼は正気のままで、それでもストックを受け入れてくれようとしている。そう、だからこそ、見慣れたはずの身体に強く反応せずには居られないのだ。自分の我が儘が、醜い執着が――彼の、ロッシュの心の極近くに居ることを許されているという証であるから。
ひとつ息を吐くと、左手でロッシュの手を握りしめ、右手で皮膚に触れた。金属の部品が取り付けられた肩をなぞり、炎そのもののように走る火傷の痕を辿って首筋へと至る。彼が持つ傷跡は酷く多い、潜ってきた戦場の数に比例して、広い身体中に無数の痕が刻まれている。首から胸に裂傷、胸元に大きく残る肉の凹み……順に追っていくだけで、全身に触れられるのではないかと錯覚するほどだ。

「……くすぐってえよ」

ロッシュが低く囁く、鋭敏になった触覚にはもどかしい刺激だったのだろう、浮かべた苦笑には苦痛に近い何かを堪える色が混じっていた。ストックはすまない、と囁き返して、もう少し大きく強くその身体に触れていく。身体を寄せて首筋に舌を這わせながら、繋いだ手はそのままに右手の指で筋肉の溝を辿った。押し付けた粘膜が呼吸の乱れを感じ取る、それをもっと高めてやりたくて指に込める力を強くした、そのとき。
指先に、ふと一筋の痕が触れた。

「っ…………」

気づいた瞬間、ストックの血が凍り付く。
皮膚に生じた不自然な窪み、他の傷跡とは違い鋭く滑らかなそれは、本来ならば存在しないはずのものだ。見ずとも分かる、これは確かにあの時、ストック自身が――

「ストック?」

動きを止めたストックに、ロッシュが不審の声をかける。それでストックは思考の端を取り戻すが、動揺を示してか、肌に触れた指先は微かに震えを残していた。
身体を離し、その傷を視界に収める。ロッシュの腹部に真一文字に走る刀傷、それをストックはゆっくりと指で辿った。何故この傷が残ったのかは分からない、あの時間は……ストックとロッシュが敵として相対した歴史は、白示録によって消え去ったものだ。ストックがロッシュを死に至らしめた戦いも、その時に与えてしまったこの傷も、全て無かったことになったはずなのに。それなのに何故か、彼の罪の証は、ロッシュの身体に痕となって残っている。


(答えてくれ、ストック)

(お前は俺の敵なのか?)


記憶の中のロッシュが発する、かつて否と言えなかった問いに、しかし今ならば胸を張って答えることができる。そう、『今』ならば……今は確かにロッシュと同じ場所に立ち、同じものを見ることが出来ている。けれどそれが、これからもずっと続くという保証はどこにあるというのか? ストックはもはや軍から離れ、同じ国で働いているといっても、共に戦っていた時に比べてロッシュとの距離は遥かに広い。そうして離れた時間が段々と積み重なり、互いに知らないことが増えていくうちに、どちらかの向きが変わってしまわないと誰が言い切れるだろうか。同じ方向を見ていたはずなのに、いずれまた敵として向かい合う時が来る。そんな恐怖が、ストックの精神を冷たく蝕んでいく。

「…………」

無言のまま硬直するストックを、ロッシュの右腕が抱き寄せた。背を大きな手が擦る、その熱はストックの心にじわりと染み入り、氷を溶かすかのように広がっていく。

「大丈夫だ」

何に対して言われているのかも分からない言葉は、それでも酷く暖かく響いた。大丈夫だ、まだ大丈夫。まだこの心は彼の近くに在る、互いに敵となることはない。その事実を確認するように、ストックもロッシュの背に手を回し、抱き締めるような形で唇を重ねた。

「…………」

自然に触れ合った舌を絡ませながら、背から腰へ指を滑らせる。投げ出された脚を跨ぐようにして身体を収めると、ロッシュの喉がひくりと動いた。宥めるように左手で背を撫でながら、右手は腹の側に回して、ロッシュの中心にそっと触れる。

「っ」

息を詰め、眉が顰められる気配。だがストックは構わず手に力を込め、そこに発生した熱を高めるために刺激を与えていく。既に硬く立ち上がっていたそれは、しかしストックの動きに従ってさらに熱を増し、その存在を主張した。
と、唇と共に、背に回されていたロッシュの腕が離れる。そして向き合った身体の隙間に腕を差し入れられたその手が、ストックの中心を包んだ。

「……ストック」

名を囁かれ、ストックが息を継ぐ間に耳の形を舌でなぞられる。数瞬前まで体内で感じていた温度で敏感な部分を撫でられ、背に痺れに似た快感が走った。声が零れそうになるのを堪えて呼気を潜めると、それを咎めるように唇が首筋に押し当てられる。

「っは……」

喘ぎに似た呼吸が漏れたのが悔しくて手の動きを強くしてやれば、背に添えた左手にロッシュの震えが伝わってくる。喉を這いまわる舌からも乱れた息が発せられ、ロッシュの高まりが全身で感じられた。
そしてそれは恐らくストックに関しても同様で、触れ合った部分全てから快感が伝わっているのだろう。ロッシュの頭に左手を移動させ、その硬い髪をかき回すと、抗議するかのように喉元に軽く歯が当てられた。

「っ、ロッシュ……」
「……ああ、」

身体の内を、散々焦らされ矯められてきた熱が荒れ狂っている。限界を近く感じているのはストックだけではない、同じように熱を身に宿したロッシュの中心もまた、ストックの手の中でその体積を増加させていた。名を呼び、指の動きを強めると、ロッシュもまた応えるように手に力を込めてくる。どちらからともなく顔を寄せ唇を重ねた、舌を絡め合いながら押し寄せる波に身を任せ。
瞼の奥で爆ぜる光を感じ、背を走る圧力に押し流されるままに、ストックは己の欲望を解放した。
――そしてさほどの間を置かず、ロッシュもストックの手の中に精を吐き出す。

「…………」

荒い息を継ぐために唇を離し、ロッシュの肩口に顔を埋めた。射精後の倦怠感が体内に淀み、直ぐに動き出すことが出来ない。ロッシュも同じようにストックの肩に頭を乗せ、乱れた息を整えている。剥き出しの背に感じる呼気に、ざわりと産毛が逆立った。
精を解放した後でも熾火のように残った熱を、抱き合う肌の温度が掻き立てる。未だ薬の効果は消えていないのだろう、過敏なままの皮膚は触れる全てを快感に変えてしまう、手で受け止めた残滓の粘りですら身を巡る刺激に加えられるのだ。
高まる熱が相手を求める、しかしその衝動を理性で押さえつけ、ストックは重い体を引き剥がした。そしてロッシュの上から退くと、傍机に仕舞っておいた布巾を出し、一枚をロッシュに投げる。

「使え」
「おう、すまんな」

もう一枚で自分に付着した体液を拭い取る、そしてそれを適当に放り出すと、同じ机に仕舞っておいた小瓶を取り出した。それを手にしたままロッシュの傍らに戻り、すっと身を寄せる。

「ロッシュ。もう一度、大丈夫か?」
「……ああ」

ストックの頬にロッシュの右手が添えられる、それに引き寄せられるように顔を近づけ、唇を重ねた。痺れるような快感が生まれる、今度こそ止まらぬ衝動に身を任せ、ストックはロッシュの身体に手を伸ばした。肩に手をかけ力を込め、姿勢の切り替えをロッシュに訴える。その行動にロッシュは不思議そうな表情を浮かべた、それに対してストックは手にした小瓶を示してみせる。

「……何だそれ?」

当然のように発せられた問いに、言葉で応えることは躊躇われた。だからストックは無言のまま蓋を開け、少量をロッシュの手に垂らしてやることで答えとする。香料の混ぜられた粘性の液体を指に乗せ、ロッシュはしばらく考え込んでいたが、やがてその正体……もしくは用途に思い至ったようだった。

「って、こりゃあ……」
「香油だ」
「ああ、分かるが……その、なんだ、この状況で出てくるってことは……」
「…………ロッシュ」

真剣な顔……勿論今までがそうでなかったわけではないが、しかし改めて表情を引き締め、やや引き攣った様子のロッシュと向き合う。

「これ以上が嫌だというなら、勿論無理強いはしない。だが……俺は、もっとお前の近くに行きたい」
その言葉に、ロッシュもまた真剣な表情となった。時間にして数秒、しかしストックにとっては永遠とも思える沈黙が流れる。
「……前から準備してたのか? それ」
「ああ、薬と一緒に。だが、お前が嫌なら使うつもりはない」
「…………準備が良いな、随分」

手をロッシュのそれに重ねる。触れた甲は常以上の体温を持っていたが、ストックの掌はそれ以上に熱い。その温度をロッシュも感じたのだろう、ふとその顔に苦笑が浮かぶ。

「本気なんだな」
「当たり前だ。冗談で、男相手にこんなことが言えるか」
「……それもそうだな」

ストックの手の下で、ロッシュの手が微かに動いた。と思うとそれが引き抜かれ、ストックの手の上に乗せられる。

「分かった、ここまできて逃げたりはしねえよ。やってやろうじゃねえか」
「……有り難う」

その答えにストックはふっと微笑んで。重ねられた手を、指を絡めるようにして繋ぎ直し、残る右手でロッシュの身体を抱き寄せる。そして身を進めようとして……ふと、動きを止めた。

「ロッシュ。……どうする?」
「あ?」
「いや……どちら側の役割が良い」
「………………」
「俺は別段、受け入れる方でも構わんが」

言葉の意味を理解したのか、ロッシュの顔が再び引き攣る。そしてたっぷり呼吸5回分、そのままの姿勢で考え込んで。

「いや……やめとく」

そして、ようやく絞り出したといった様子で、ストックから視線逸らしながら答えた。

「そうか?」
「ああ。正直、最後まで持たせる自信が無え」
「………………」

何となく物凄く失礼なことを言われた気がして、ストックは憮然とする。確かに双方の性別を考えれば、極当たり前と言って良い感覚ではあるのだろう。しかしそれを当然とするならば、全く同じ条件であるにも関わらず親友相手に欲情して、押し倒した挙げ句身体を繋げたいとまで思っている自分は一体何なのか。沸沸とわいてくる怒りの気配を感じ取ったのか、ロッシュは慌てて頭を振った。

「いやっ、誤解すんな! 嫌ってわけじゃ……」
「ああ、分かっている」

焦るロッシュに苦笑を浮かべつつ、ストックはロッシュの肩に手をかけ、軽く押した。僅かな抵抗はあったが、ストックが力を強めると、諦めたようにその身を横たえる。そのまま脚の間に身を進めると、ロッシュの顔にまたしても引き攣った笑いが浮かんだ。

「大丈夫だ」
「な……何がだ?」
「言い出したのは俺だ。だから……」
「……」
「責任を持って、最後までやってやる」

ロッシュの答えを待たず、その口を塞ぐ。勢いが付きすぎて歯ががちりと当たるが、構わず強く唇を押し付け、薄く開いたロッシュのそれに舌を差し込んだ。合わさった隙間から、ロッシュのぐうという呻きが漏れる。息苦しさにか震える舌を同じ器官で絡めとると、つい今しがたまでの躊躇いがちな触れ方とは一変した激しさに、ロッシュの視線が戸惑ったような色を帯びた。自分の熱情と引き比べての温度差が憎らしく、ストックはロッシュの手を捕らえながら強く舌を吸い、堅い歯の感触を味わいながら熱い口腔の隅々を貪る。

「……はっ」

息苦しさを覚えて一度口を離すと、下でロッシュも大きく息を吐いた。それを見下ろし、ストックはふと笑みを零す。求めた相手を組敷き、自らのものとする……魂の芯に刻み込まれた男の本能が、ロッシュの言葉をきっかけとして燻り始めていた。凶暴さを併せ持つその衝動に飲み込まれそうになり、ストックは密かに息を吐く。

「……何だよ」
「いや、何でもない。それより……本当に良いのか」
「何度も聞くな。大丈夫ったら大丈夫だ、お前の納得いくまで付き合ってやるよ」
「…………」

ロッシュの言葉にちくりとした痛みを感じて、ストックは眉を顰めた。痛みは欲を呼び起こす、抑えきれなかったそれが求める声に応じて、ストックはロッシュの肌に手を寄せた。繋いだ片手は残したまま、右手を腹に滑らせ、そのまま中心に指を絡める。

「っ……」

刺激にロッシュが息を詰めた、何かを堪えるようなその表情に、ストックの背筋にじわりと重い熱が溜まっていく。見下ろす視線に宿った情欲を感じたのか、ロッシュがちらりと苦笑を浮かべた。

「…………?」
「いや……人生分からんもんだと思ってな」
「どういう意味だ」
「別に、何ってほどのことじゃあっ……ないんだが」

言を紡ぐ度うねる喉に、ストックがついと唇を押しつけた。感触に反応してかか一瞬言葉が途切れる、その結果にストックは満足して、ざらりとした感触を楽しみながら喉から鎖骨の合間へと舌を這わせる。

「軍の中じゃあ、男同士で……ってのも、無いことは、なかったんだが」
「そうなのか」
「ああ。お前は、その手の話には縁が無かったからなあ……っ」

ロッシュの中心が完全に熱を持ったのを確認し、ストックは絡めた指を解いた。離れていく快感の源に、ロッシュが短く息を吐く。

「……経験があるのか?」

ロッシュの言葉にふと不安を覚えたストックが問いかける、それに返されたのは微かな苦笑と否定の言葉だ。

「男相手の、か? 俺は無えよ、興味も無かったし……こんなごつい野郎を押し倒そうなんて奇特な奴は居なかったしな」
「そうか」
「だからまあ、人生分からん、ってことだ。有り得んと思ってた状況になっちまって、しかも相手がお前だってんだから」
「……余裕だな」

妙に口の回る相手に不満を抱いたまま、広い胸に座した突起を舌でいじる。さしたる性感も持たぬであろうそこは、やはり薬の作用によってか、常より過敏になっているようだった。ストックが動くに伴い、胸部を覆う筋肉が微かに痙攣し、内部に収められた肺が大きくうねるのが感じられる。

「そうでもっ……ねえよ」
「だが、余計なことを考える暇はあるようだが?」
「うるせえ。何か言わなきゃ……やってられねえんだって」

同時に、空いた右手で小瓶を手にとり、片手で蓋を外した。軽く傾け、中の香油を指に絡ませる。

「ロッシュ」

名を呼び、視線を合わせようとするが、ロッシュは困った顔で目を逸らしてしまう。その目元に刷かれた紅潮に、ストックは一瞬目を奪われた。肉の欲をはらんだその表情は、当たり前だがストックが今まで見たことの無いものだ。いや、ストックだけではない、極限られた相手……それこそ彼の妻でもなければ見ることを許されない顔。それが今は眼前に曝されている、優越感にも似た愉悦が、ストックの心臓をざわざわと擽った。だが足りない、まだ足りない。際限の無い欲望がストックを駆り立てる。もっと近くを求める、その衝動に抗う術も無く、ストックはロッシュの下肢に手を伸ばした。

「ロッシュ」

中心よりもさらに奥へ、指を滑らせる。香油を纏った指で入り口をなぞると、ロッシュの眉がぐっと顰められた。しかしそれすらもストックにとっては情欲を高める材料にしかならない。
それほど、本気なのだ。
それを思い知らせてやりたくて、指先にぐっと力を込める。

「っ」

ロッシュの呼吸が一瞬乱れた、与えられた圧力を逃すかのように、大きく息を吐き出す。その機に合わせてストックも力を加え、器用な指をロッシュの身の内に潜り込ませた。

「……は、……」

繋ぎ止めたままのロッシュの右手が、解放を願ってかひくりと動く。しかしストックはそれを許さず、一層強く寝台に押し付けると、押し込んだ指をゆっくりと蠢かせた。

「どうだ?」
「……聞くな……後悔するぞ」

問いかければ、剣呑な目付きで睨み付けられ、何とも言えない答えを返される。一体何を言おうというのか、気にならないこともないが先程までの会話からすれば、恐らく本当に後悔するようなことを言われてしまうのだろう。だからストックもそれ以上を促そうとせず、代わりに軽い口付けを落とした。
そのまま、少々強引とも思える強さで、ロッシュの中を広げていく。外気に触れぬ体内は肌よりもよほど熱く、挿した指が焼けそうにすら感じられた。直接的に接触しているわけでもないのにストックの芯が熱を帯びる。先を急く気持ちを抑えられず、ストックは一度指を抜き、改めて香油を垂らし。そして今度は2本、ロッシュの中に押し入れた。

「、……ぅ……」

低い、呻きにもならぬような吐息が、ロッシュの噛み締められた歯の間から零れる。その表情は怪我の痛みに耐えるものとよく似ていて、ストックの心中にじわりとした罪悪感が広がった。ロッシュに与えられているのは苦痛だけではない、その様子は苦しげにしか見えないが、視線を動かせば彼の中心は硬度を保ったままである。体内に埋められた他者の肉は、確かに痛みと異物感を生み出すが、快感の源ともなり得るものだ。特に薬に侵されている今の身体においてそれは顕著な効果を生む、数瞬の不快を乗り越えた時点で肉の欲を高める方向に進んでいるはずなのだが、しかしそうであっても得られたそれはやはり歪められた感覚に過ぎない。例え快と分類されていても、本来禁欲的な性質のロッシュが望む類のものでは無いはずで、だからその表情は苦痛を堪えるような形になってしまう。
ストックにはそれが分かった、しかし分かっているのに走り出した欲は止まらない。獣じみたその衝動は、相手を慈しむ気持ちと根を同じくするはずなのに、全く逆の形で発露してしまう。すまないと心の中で謝罪しながら、ストックはせめて少しでも感覚を散らそうと、ロッシュの胸に唇を落とした。傷跡を辿りながら舌を這わせ、塞がった両手の代わりに皮膚に刺激を与えていく。

「だから……くすぐってえ、って」

抗議の声にも応えることはせず、ひたすら舌による愛撫を続けた。そして与えた快感に紛れることを祈りながら、2本の指で中をかき回す。――と、押さえ付けていた身体が、ふいにびくりと跳ねた。

「……すまん、痛かったか」
「い、いや……大丈夫、だ」

応えるロッシュの声音は何故か狼狽えたようにも聞こえ、ストックは内心首を傾げた。しかし問いつめることはせず、今度はもう少しゆっくりと指を押し進め、ロッシュの中を割り開いていく。堅い肉を解すように蠢かす、その指がある一点を抉った時、再びロッシュの身体が痙攣した。

「……ああ、ひょっとして」
「それ以上言うな! つーか追求するな、頼むから……」
「分かった、分かった」

そんな場所で快感を得たという事実を認めたくはないのだろう、組み敷かれた状態で可能な限りに顔を逸らしたロッシュが、叫ぶような勢いで言う。その剣幕に負けたというわけでもないが、ストックは彼の矜持を尊重するために取り敢えず口を閉じた。しかし指の動きを止めることまではしない、負担をかけ過ぎないように注意しながら肉を開き、時折反応する部分を突いてやる。されるがままを嫌がってロッシュの右手が暴れようとするが、ストックは体重をかけてそれを押さえ込んだ。

「ストック、手、離せよ」
「断る。良いから、力を抜いていろ」

ロッシュは戦い以外では、けして左腕を人に向けようとしない。だから右腕を押さえられてしまえば身動きが取れず、ストックの与える刺激を受け取る以外の道は閉ざされてしまう……ように見える。しかし実際は右腕一本を封じたところで拘束になどならない、今の状態ではロッシュが本気で抵抗しようと思った時点で、蹴り飛ばされて終わりである。それが分かっているから、ストックも遠慮なく繋いだ右手を押さえつける。己の欲を示すために。
その間にも内側を攻める手は止めず、やがて余裕が生じた隙を見計らい、さらに1本指を増やす。圧迫感にかロッシュが大きく息を吐く、その額にはじわりと脂汗が浮かんでいた。

「辛いか……?」
「あー……まあ、そりゃ、それなりには……」

3本もの指を飲み込まされたロッシュのそこは、既に限界まで口を広げているように感じられる。これ以上の行為で傷を与えてしまうことへの不安と、先へ進むことへの渇望が、ストックの中でせめぎ合った。
だがそれはほんの僅かな間のことに過ぎない、実際は、気遣いが歯止めになる段階はとっくに通り過ぎていたのだから。直接は触れてもいないのに、ストックの中心は硬度を保ち、先を求めて身の内の熱を煽り続けている。その熱はストックの体内を焼き尽くすかのように荒れ狂い、耐えることすら苦痛になり始めていた。
そんな様子を感じたのか、ロッシュがふと視線をストックに向ける。

「気にすんな。……戦いでの怪我に比べりゃ、大したことねえよ」
「…………」
「俺が頑丈なのは知ってんだろ。そんなに気を使わなくても、大丈夫だって」

――ふいに狂おしい感情が溢れ、ストックはロッシュに口付けた。つられて体内に埋められた指が動き、ロッシュが低い息を吐く。その様子にすら情欲が高まる己の罪深さに、そしてそれを受け止めようとする彼の強さに、泣き出したいような気持ちを覚えた。

「ロッシュ……好きだ」
「ああ。有り難うよ」

右手に力が込められる、その手に縋るように指を絡め、ストックはロッシュの中に埋めていた指を全て引き抜いた。そして小瓶を拾い、中に残った香油を全て、屹立した己に塗りたくる。ロッシュの脚を曲げさせ、準備のできたそれを宛がうと、見下ろすストックの視界の中でロッシュが安心させるように微笑んだ。その表情にストックは、心臓を捕まれたような感覚を抱く。
そのまま、身を苛む欲と、止まらぬ衝動に追い立てられて。ロッシュの中に、己を侵入させていった。

「っぐ……」

内臓に加えられる圧力に、ロッシュが耐えきれず呻きを零す。表情は苦痛に歪み、血の気が引いて顔色は白くなっていたが、彼はそれすらも無言のまま受け入れようとしているようだった。大きく呼吸し、痛みと圧迫を散らす、そのタイミングを見計らってストックも腰を進める。

「は、……」

苦しいのはロッシュだけではない、ストックもまた、局部に極端な圧力を加えられる痛みに耐えていた。香油は挿入の摩擦を軽減させはするが、締め付ける力を和らげる効果は持たない。刺激というには強すぎる力に、ストックは眉根を寄せながら、それでも深くを求めてさらに身体を埋めていく。頭蓋の奥がちかちかと瞬くほどの苦痛、しかし恐ろしいことに、それも次第に快楽へ繋がりつつあった。痛みは熱に変わり、熱が脳を溶かし、目の前が回るような快感を呼び起こす。それが薬の力なのか焦らされ続けた性欲の発露なのか、それとも愛情によるものなのか……今のストックには、それすら分からない。

「すまない……すまない」

譫言のように呟きながら、ロッシュの最奥まで突き入れた。何に対して謝っているのかも判然としない、いやそれを口にしているという自覚すらあるのかどうか。
ふいにロッシュが、ストック、と彼の名を呼んだ。その声に弾かれるように、ストックが視線を揺らがせる。

「謝る、な。謝らなくていい、から」

限界を超えて開かされた身体からは、耐え難い痛みと熱を受け取っているはずなのに。それでもロッシュは、荒く乱れた呼吸の下からストックに向けて呼びかける。ずっと繋いだままだった手に優しい力が篭もる、泣き出しそうな愛しさを感じ、ストックもその手を握り締めた。

「ロッシュ」

もう片方の手で彼の髪に触れ、強ばった身体を宥めるようにそっと撫でる。深く繋がった部分とは違う、淡く優しい接触は、暖かい波を作り出して心を満たした。苦しげだったロッシュの表情が僅かに緩む、それが嬉しくてストックも微笑みに近い表情を浮かべた。

「好きだ」
「ああ」
「一緒に居てくれ」
「ああ」
「離れないでくれ……頼むから」
「大丈夫だ、ここに居る」

する、と繋いだ手が解かれる。一瞬の喪失感は、しかし直ぐに、頬に感じる掌の感触で補われた。ロッシュの右手が、ストックがそうしたのと同じように髪に触れ、頭の形を確かめるように大きく撫でてくる。

「ここに居る、どこにも行きゃしねえ。だからお前も、黙ってどっかに行ったりするな」
「……ああ」

吐息のような応えに、ロッシュは目を細めた。そして左腕で身体を支えながら、可能な限り半身を持ち上げる。彼を迎えるようにストックも身を屈め、ロッシュの唇に自分のそれを触れさせた。互いに支え合うような不安定な姿勢での口付けは、満たされるようなざわめくような、奇妙な感覚を呼び起こす。しばらくの間そのまま触れ合う体温を味わっていたが、やがてストックがロッシュの右手を取り、再び寝台へと押しつけた。

「ロッシュ。……動いても、良いか?」
「……ああ」

身を横たえたロッシュが頷くのを確認し、ストックは左手に力を込める。そして、可能な限りゆっくりとした動きで、ロッシュの中に埋めた自身を動かし始めた。

「……っ」

ようやく安定しかけた部分をかき回され、ロッシュが息を詰める。その表情には再び苦痛の色が濃く浮かんでいた、それを少しでも紛らわせてやりたくて、ストックはロッシュの中心に手を伸ばす。加減を計りつつ力を加え、指と掌で揉むようにしてやると、ロッシュの呼吸が大きく乱れた。同時にストックを包む肉がぞわりと蠢き、繋がった部分に強烈な快感を生み出す。腰にわだかまるどろりとした熱が飛び出しそうになるのを、ストックは必死で堪えた。

「は、」

まだ終わりを迎えたくない、もっと長くこの繋がりを続けていたい。その思いだけで己の暴走を抑え、今度はもう少し強く、ロッシュの中を抉る。香油と体液が混じり、粘性の水音を立てた。それが耳に届いたのか、ロッシュの顔に朱が差す、色素の薄い皮膚との鮮やかな対比がストックの心臓を大きく動かした。

「ロッシュ」

動きを止めぬままに名を呼べば、それに応えて彼の視線が向けられる。強烈な快と不快を同時に与えられて、瞳はやや朦朧としてはいたが、それでもロッシュの自我は損なわれぬまま保たれていた。荒い呼吸を繋ぐ唇の隙間から、ストックの名が零れる。自分を認識してくれていることが嬉しくて、大きく奥まで突き入れると、ロッシュの喉から低い呻きが発せられた。

「はっ……」

次第にストックの形に慣れつつある内壁は、苦痛ではない感覚をストック自身に送り込んでくる。高まる波を抑えるのも限界に来ていて、ストックはロッシュのものを刺激する手を強めた。最奥と中心を同時に責め立てられ、ロッシュが溜まらず息を吐く。そして、一際激しい動きを送り込んだ瞬間。

「……っ」

びくりと身体を震わせ、ロッシュが精を放った。吐精と共に内壁が痙攣じみた収縮をみせる、局部に与えられたその刺激に耐えきれず、ストックもロッシュの中に欲望を解放する。

「……はあっ、はあっ……」

互いに、酷く息を乱していた。全力で戦った後のように、全身が汗にまみれ、脳裏にはぼんやりとした霞がかかっている。
それでも、到達した満足感だけは強くあって。ストックは身を引き抜くと、身体を清める余裕もなく、ロッシュの身体を抱き締めた。

「ロッシュ」
「……ああ」
「好きだ」
「…………」

ロッシュの腕がストックの背に回る。俺もだ、という低い囁きが耳元に吹き込まれ、ストックは満足げに目を閉じた。







 ――――――――






後始末を済ませると直ぐに、ロッシュは眠り込んでしまった。行為の疲れは勿論、日常的な激務での疲労も溜まっていたのだろう。同意があったとはいえ無理をさせてしまった。寝顔が穏やかなのがせめてもの救いだと、隣に身を横たえながらストックは考える。
静かに寝息を立てるロッシュの表情は全くいつもと変わらず、つい先程までの乱れは何処にも感じられない。身体に痕は付けていないから、乱れた寝具や香油の香りが残っていなければ、本当に身体を重ねたのかどうかすら信じられなくなってくる。

「…………」

起こさないように気を付けながら、蓬髪の先端を軽く弄った。あれは夢でも幻想でも、失われてしまった歴史の中の出来事でもない。間違いなく起こり、そして消えることなく残っている、確かな時間だ。その中で互いの気持ちを寄せ合い、その距離を確かめた。今もまだ傍に居る、共に歩んでいるということを実感することができた。

なのに何故か、未だ不安は消えない。

今、彼はここに居る。死に誘われることもなく、道を違えることもなくここに居てくれる。だがその事実はこれから未来を保証するものでは無いのだ。流れていく時間の中、段々と互いの位置が離れていくことは――あるいは死によってその存在を永遠に失うことはあるのだろうか。先のことは分からない、分かった時には戻れない、歴史を操る書は手放してしまったから。

「……ああ」

ストックは呻き、額に手を当てる。気づいてしまった、この不安はけして消えることが無いのだと。今を確かめることは出来ても、未来を決めることは出来ない。心を苛む不安は、生きている限り持ち続けていかなくてはならないものだ。
ふとストックは、ロッシュの寝顔に目を向けた。普段は金属の壁に覆われている喉は、今は露わに晒されて、穏やかな周期で上下を繰り返している。未来は不定で、生きている限り恐れは消えることなく付き纏う。どちらかが死に、これから先が消えて失せるまで。ストックはぼんやりと、ロッシュの無防備な寝顔を見つめた。

「寝ねえのか?」

と、ロッシュがふと目を開き。ストックの顔を、真っ直ぐに見据える。

「……――っ」
「明日もあんだろ……寝とけ」

寝ぼけたような声音で呟くと、ストックの腕を掴み、強引に身体の傍へと引き寄せる。ストックも逆らわず、ロッシュの身に寄り添った。

「大丈夫だ。どこにも行かねえから。大丈夫だ……」

そう囁きながら、ロッシュはストックの肩を優しく叩く。その声は眠気に負けてか次第に小さくなり、やがて寝息に変わっていったが、動きが止まった後もストックは動くことが出来なかった。寄せられた体温が、心に空いた穴に広がっていくのを感じる。不安は生きている限り消えることはない、だが虚ろが広がる度、埋めることはできるのだと。
そう信じることが出来たから、ストックはようやく瞼を閉じて。今は確かに傍に居る相手の温度を感じながら、静かな眠りに身を任せた。




セキゲツ作
2011.05.29 初出

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