既に夜はだいぶ更けていた上に、明日は早朝の出になるのが確定してしまったため、その夜は例の部屋に泊まることにした。ストックが、こんな時のため――という口実で用意した、城近くの部屋だ。存在自体はそれぞれの家族にも知らせてあるし、以前にも何度と無く利用しているから、ソニアに妙な疑いを抱かれることもない。連絡だけは入れておかないと心配をかけるから、同方向に家のある者に言付けを頼んでおき、ロッシュは城を後にした。
子供の寝顔を見られないのは残念だが、逆に夜泣きを引き起こす心配も無いから、その点はロッシュとしても気楽だった。最近ようやく睡眠時間の伸びてきた彼の子供は、それでも少し煩くすると、半端に覚醒してむずがってしまう。ソニアがゆっくりと眠れていることを祈りながら、ロッシュは鍵をぶら下げて、少しの間夜道を歩いた。静かな中に、腹の鳴る音が響く。当たり前だがロッシュのものだ、今日は重ねて入ったトラブルを処理するため、夕飯を食べる余裕も無く働いていたのだ。仕事の合間に食べられるようにと、キールが食堂で作って貰った総菜が、ロッシュの小脇には抱えられている。さすがにこのままでは腹が減って眠れないので、部屋に戻ったら食べるつもりで持って帰ってきたのだ。遅くとも食事が取れる分だけ、戦時中よりは恵まれているのだろう。そんのことを思いながら部屋の鍵を開ける。
「……ロッシュか?」
その物音に呼ばれてか、部屋の中からストックの声が返ってきた。予想していないでも無かったので、ロッシュは驚くことはせず、応答の声を上げる。
「おう。お前もこっちだったか」
「ああ、突発のトラブルでな。お前のところもか」
「やっぱりそっちもか、ったく大騒ぎだったぜ。バタバタしすぎて飯食う暇も無かったくらいだ」
「それは災難だったな。ひょっとして今から飯か」
「おうよ」
問いかけに対して包みを持ち上げてみせ、そのままの動きで机の上に放り投げる。飲み物を準備するため、簡易に厨房へと向かった。準備の途中だったようで、既に湯と茶器が準備されている。それを使って二人分の茶を入れると、机へと戻った。
「お前はもう、飯食ったのか」
「ああ、有り難いことにな」
先に腰を下ろしていたストックの向かいに座り、包みを破る。既に暖かさは消え失せているが、冷えても不味くならない料理だ。右手に持ってかぶりつき、一口を胃に入れると、途端に麻痺していた空腹感が復活してきた。ソニアが居たら叱られそうな勢いで、猛然と租借し、飲み下す。
「余程、腹が減っていたんだな」
「当たり前だ、軽く摘む余裕も無かったんだぞ。腹が空きすぎて痛くなるくらいだ」
瞬く間にひとつを食べ終わり、二切れ目に手を伸ばすロッシュを、ストックは笑いながら眺めている。既に食事を終えているのだから、彼の前にあるのはロッシュが淹れた紅茶だけだ。風呂にも既に終わらせたようで、さっぱりとした部屋着で寛いでいるストックを、ロッシュは見るともなしに眺めた。
「先に寝てていいぞ、疲れてるんだろ」
「いや、もう少し起きている」
実際ストックの様子に眠そうなところは見られないが、彼とて帰りは遅かったのだし、こちらの部屋に来たということは朝も早く出るつもりの筈だ。やることが無いなら早く寝た方が良いとロッシュは思うのだが、本人にその意思は無いようだった。少しばかり心配ではあるが、子供ではないのだからそう煩く言うこともないだろう。そう判断して、ともかく自分の用事を片付けてしまおうと、ロッシュは食事に戻った。
キールが包んでくれたのは、堅めのパンに切れ目を入れ、肉だの野菜だのを挟んだものだ。一般的で手軽な料理だが、持ち運びが容易で時間を置いても味が落ちないため、忙しいときの定番となっている。元よりロッシュも、食べ物に対してこだわりを持つ性質ではない。ともかく腹が膨れればそれでいいとばかりに、少しばかり乾き始めた肉も構わず、齧りついては咀嚼していく。一口が大きい上さっさと飲み込んでしまうので、食べるのは速い。あっと言う間に手にした分を口に納め、もぐもぐと顎を動かしながら、流し込むように紅茶を煽った。飢えた子供のような食べ方だが、ストックは珍しくそれを揶揄するでもなく、じっとロッシュの顔に視線を注いでいる。その凝視に少しばかり居心地の悪さを感じて、ロッシュはじろりと睨み返した。
「何見てんだよ」
「いや」
ストックは、どう答えたものかと考えた様子で、小さく首を傾げた。ロッシュは構わず、三切れ目のパンに手を伸ばす。非常な空腹も、取り急ぎ腹に物を入れたことで、ようやく落ち着いてきていた。先ほどよりはもう少し速度を落とし、食事を続ける。食い千切り、顎を動かす様子を、やはりストックは見続けている。親友の変わった行動には慣れているロッシュだが、凝視されながら食事をするのは、さすがに落ち着かない。何もないなら見るなと、牽制のつもりでストックを睨むと、それが通じたのかどうか。
「欲情した」
全く唐突に、完全に気を抜いたところでそんなことを言われ、ロッシュは口の中のものを吹き出しかけた。咄嗟に唇を引き締め、食べ物を粗末にすることだけは免れたものの、反動で盛大に噎せてしまう。強引に飲み下して隙間を開けると、今度は無様に咳き込んでしまった。苦しげなロッシュの様子に、ストックが心配そうな様子で、紅茶を差し出してくる。
「大丈夫か」
「っばか、おま……いきなり何を言い出してんだ!」
ひったくるようにしてそれを流し込んだその手で、ロッシュはストックの頭を叩く。
「……痛い」
「当たり前だ! お前なあ、何だよ人が飯食ってる横で」
「だから、飯を食っているところに欲情したんだ」
ストックは不満げな表情で、悪いことに全く懲りた様子がない。むしろ叩かれるのは理不尽だと、言葉にはしないが表情で語っている。ロッシュの側からすれば、馬鹿なことを言ったのだから叩くくらいは当然だと主張したいのだが、恐らく言っても聞きはしないだろう。殴られても懲りずにロッシュを見詰めているのだから、口頭で注意した程度で改まるとは思えない。
「終わったら、するぞ」
「ちょっと待て。お前、疲れてるんだろ」
「ああ、だから一回だけにしておく」
訂正する、これだけ図々しい相手に口で何を言っても、改まるわけがない。内心でそう判断しながら、ロッシュは仏頂面でストックを睨む。時刻は既に深夜と言って良く、共に明日の朝は早い。身体を重ねている時間など、どこを探しても無い筈である。
「心配せずとも、食べ終わるまで待つ」
「当たり前だ、ってそうじゃねえ。溜まってるなら家に帰れ」
「訳の分からんことを言うな。溜まっているとかいないとか、そういう問題で抱きたくなるわけじゃない」
「じゃあ何だよ……」
「だから、欲情したと言っている」
中身の無い言葉のやり取りに、ロッシュは肩を落とした。意識して見ればその目は、確かに寝台で見せるのと同じような光を宿している。普段のストックは、酷く辛そうな切羽詰まった様子でロッシュを求めてくるのだが、今回の場合はそれとも違うらしい。理由もなく同性の親友に欲情するなど、余程肉欲が高まっているからなのだろうとロッシュは思うのだが、ストックは違うのだと主張している。
答えに詰まってパンを頬張るが、ストックは構うことなく、欲望を露わにした目で見詰めてくる。居心地の悪さに、ロッシュは眉を顰めて身体をもぞもぞとさせた。欲情したと言い切る親友に見詰められながら食事を採るというのは、考える以上に落ち着かないものだ。口元に注がれる視線が何を捉えているのか、考える気にもなれない。何となく目を逸らすが、ストックの側は凝視を続けたままだ。
「……食べ終わって、口を綺麗にして、風呂を使い終わるまでは待つ」
態々言い直したのは、それでも一応は気遣いのつもりなのだろうか。それ以上は一歩も譲らない、そんな気迫を感じさせる口調に、ロッシュは溜息を吐いた。こうなったらストックは頑固だ、頑固と言えばロッシュも人後に落ちないが、ストックには敵わない。それこそ、力尽くで止めでもしない限りは、この男はけして歩みを止めようとしないのだ。
「――当たり前だ」
そして、今の疲れた身体で、殴り合いの喧嘩をしたいとは思えない。ロッシュは色々と諦めた気分で、溜息の代わりに同意の言葉を吐き出した。ストックの表情が歓喜に変わるのを見て、早まったかという気になったが、残念ながらもう遅い。
待ちかまえる気配を隠そうともしないストックに、今度こそ耐えきれずに溜息を吐き出す。そして、せめてさっさと食事を終わらせようと、大口でパンにかぶりついた。
――――――
ストックに見られながら食事を終え、ストックに見張られながら口を濯ぎ、ストックを寝室に追いやってから風呂を使い。一通りの寝支度を整えて、寝室に戻ったロッシュを出迎えたのは、やはりストックであった。寝台に腰を下ろし、待ち構えた様子で顔を向けるストックに、ロッシュは苦笑する。
「寝てなかったのか」
「すると言っただろう」
先に寝台に行かせたのは、疲れているであろうストックが耐えきれずに眠りに落ちることを期待してだったのだが、それはさすがに楽観しすぎだったらしい。情欲に目を輝かせてロッシュを迎えるストックの顔には、眠気の影も無い。寝台に腰を落とすのすら待ちきれないといった態でロッシュの腕を引き、抱きついて唇を重ねる。前置きも何もなく差し出された舌を、僅かに開いた隙間から受け入れ、同じそれを絡めた。鼻から吐き出される呼気が上唇をくすぐり、くすぐったさにロッシュが眉を顰める。
「やっっぱり、溜まって」
唇を離した合間に言葉を紡ごうとするが、ストックの勢いはそれすら許さず、呼吸を継ぐのもそこそこに再び唇を押し当ててきた。今度は舌を差し込むのではなく、唇で唇を挟まれ、舌先で表面を撫でられる。同時に、腰を落ち着けたロッシュの上半身に指を滑らせ、折角身につけた部屋着を器用に引き剥がしてきた。湯で暖まったばかりの皮膚を外気に晒されて、温度差にロッシュは身を震わせた。その冷たさを覆うように、ストックの手がロッシュの皮膚を辿る。広い胸板を指の腹で撫でられ、掌の端で、寒さによって堅くなった尖りを刺激された。直接的とはとても言えない、甘えるような愛撫だ。与えられた体温だけではない、内側から発生するじわりとした熱はあるが、直接情欲に繋がる強さではない。皮膚の感覚と接触する熱と、それに呼応する自分の反応を探りながら、ロッシュはストックの髪を梳く。
その余裕は、ストックにも伝わっていたものらしい。じゃれあう唇が離れ、挑戦的な形の瞳が視界に現れた。それと同時に、ストックの両手が肩に移り、押す力が加えられる。その意図はロッシュにも理解できたが、敢えて素直には従わず、逆らって上半身の姿勢を保ってみた。秀麗な眉が顰められ、肩にかかる力が強まる。それでも逆らってみる。ストックも細身の割に力はあるが、単純な力比べでロッシュに敵うほどではない。殆ど全力で押されるが、それでも横たわるのを拒んでいると、焦れたストックが胸板を叩いてきた。
「やる気があるのか」
拗ねた口調で詰られて、ロッシュは笑みを浮かべた。行為自体に抵抗するつもりは無いし、それはストックも分かっているだろう。嫌だと言うならばもっとはっきりと断る、それこそこの場でストックを投げ飛ばすなどして。いや、そこまでせずとも本気の拒絶を込めて拒否を告げれば、ストックはそれ以上食い下がらない筈だ。その確信は、ロッシュの側にはっきりとあった。
だからこそ、受け入れても構わないと思えるのだ。叩かれた痛みが予想以上で、ロッシュは顔を顰めた。笑いながらストックの頭を叩き、素直に身体を横たえる。
「焦るなよ」
ストックも、不満げな表情はそのままだが、まずは行為を進めることを優先したようだった。投げ出されたロッシュの身体に覆い被さり、己の体温を押しつける。太股に触れた熱の高さに、ロッシュは苦笑した。興奮に昂った体温、これで性欲が溜まっていないなど、よくぞ言えたものだ。改めてロッシュの身体を辿る指も、綺麗に熱を持っている。何度も繰り返し唇が触れる、ゆるゆると動く腰は、ロッシュが同じ熱さを持つことを期待していた。
「誰が、焦っているって」
ロッシュもそれに応えようと、ストックの身体に指を這わせる。無骨な指は繊細な愛撫には不向きだ。さしたる技術も無く、ただ筋肉に沿って指を這わせるだけで、快感を引き出すのは難しい。だが既に興奮を抱え込んでいるストックにとっては、そんなぎこちない愛撫でも十分な刺激となるようだった。荒い息と共に、熱を溜込んだ中心を太股に押しつけてくる。曖昧な行為では物足りなくなったのか、胸を彷徨っていた手が下半身に降り、ロッシュの中心に触れた。何だかんだと言いつつ反応を始めていたロッシュのそれを、熱い指先が撫で回す。直接的な刺激はむずがゆい熱さを呼び、硬度が増したそこから全身へと広がっていく。小さく吐き出された息を、ストックの唇が受け止めた。数度、互いの唇が触れ合い、表面の体温を交わし合う。焦点が曖昧になる距離で緑の目を見据えると、見えない中でストックが笑った気がした。
「ロッシュ。舌を出せ」
唐突な指示に、一瞬ロッシュは戸惑い、ストックを凝視する。ストックは笑いながら、ちろりと自分の舌を出してみせた。白い歯の隙間から覗いた赤い肉は、同性に欲情する趣味のないロッシュに対しても、奇妙に扇情的に感じられる。誘われるままにロッシュも舌を突き出すと、ストックがにやりと口角を持ち上げ、ロッシュの舌に己のそれを絡めた。柔らかく熱い肉が、外気に触れて温度の下がった表面を這う。口腔内で絡ませるのとは全く異なって感じられる触感に、ロッシュの背筋に寒気に似た何かが走った。舌を引こうとしても、絡みついたストックのものがそれを許そうとしない。粘膜への刺激によって溢れた唾液が、繋がった部分を伝ってロッシュの口へと流れる。他人の体液を飲みくだすというのは、純粋な不快感だ。だがそれも、同時に加えられる下半身からの刺激と合わさり、単なる不愉快とは別の感覚に変わり始めていた。ストックが顔を近づけ、唇を触れさせる。体温の中に収まった舌が絡み合い、唾液がかき回される水音が、互いにだけ聞こえる小ささで響いた。慣れた感触を貪ろうと、ロッシュの動きに熱が込められる。しかしそれを受け止めようとはせず、ストックは舌を引いた。つう、と引いた粘液の糸を追って、ロッシュの舌が差し出される。
息が荒くなる。身体の中心に熱が集まっているのを、ロッシュははっきりと感じていた。そしてそれはストックも同じだ、ロッシュの指には、熱い質量が興奮を訴えている。だが先だけをくすぐるように触れ合う舌は、それを裏切る悪戯な接触だけを繰り返していた。伸ばした舌に、開いた唇に、熱い息が吹きかかる。緩やかに続く半端な刺激に焦れて、ロッシュはストックの下肢に触れる力を強くした。
「……焦っているのは、どっちだ」
笑いながら中心を嬲られ、ロッシュは眉を顰める。
「なにがしたいんだ、お前は」
「さあな」
ストックの側も、口調ほどには余裕が無いのだろう。ロッシュに煽られるままに、ストックも刺激を強めてくる。だが触れてくるのはあくまで昂った中心のみで、先に進もうとはしない。そのことに気付き、ロッシュがストックを見た。
「……疲れているんだろう」
さらりと言って、ストックはロッシュに口付ける。
「――まあな。だが、良いのか」
確かにロッシュは疲れているし、それはストックに関しても同じことだろう。負担のかかる行為を避けて終わるのは、ロッシュとしても有り難い限りだ。だがそれでストックが収まるのか、そんな疑念が顔に出ていたのか、ストックがロッシュの額を叩いた。
「お前は俺を、性欲しか頭にない男だと思っていないか」
「いや、そこまでは思っちゃいないが」
睨み付けるストックを宥めようと、ロッシュがストックの頭を引き寄せ、唇と頬に軽く口付けた。
「だがまあ、普段の行いがな」
しかしそんなことを付け加えてしまうあたり、宥めるつもりがあるのかどうか。案の定機嫌を損ねたストックが、お返しとばかりに耳元に唇を押し当て、そのまま耳の内側に舌を走らせる。塗れた暖かい感触で敏感な箇所を嬲られ、ロッシュは咄嗟に声を堪えた。
「……なら、今度じっくり相手をしてもらおうか」
既に、ズボンと下着は引き下ろされ、互いのものは完全に露出されている。ロッシュの手が離れ、自由になっていたストックのそれが、ロッシュの同じものに押しつけられた。腰の動きで圧力をかけられ、片手で二本を包むようにされるのは、指だけで触れられるのとは全く異なる刺激だ。上り詰める程の強さは無いが、それに必要な熱さは、確実に蓄積されている。
「ああ、今度な」
ロッシュはストックを促して、自分と並べて身体を横たえさせた。挿入に至らないのであれば、こちらの方が負担は少ない。ストックも大人しく横になると、抱きつくようにして再び身体を押しつけてくる。互いのものをストックが纏めて握り、掌と指の腹を押し込みながら上下させた。ロッシュの側は少しばかり手持ちぶさたになり、何となく背に手を回してストックを抱き締め、口付けを交わす。
「今度、そうだな……次の休みでどうだ」
「そんなに直ぐにか。やっぱり溜まってるんじゃないか」
「……しつこい」
揶揄に対する反抗か、接近していた唇を軽く食まれた。次いでその跡をなぞって、唇に舌が這わされる。補食にも似たその行動は、食事の際の光景が頭に残っているからか。下唇から上唇にかけてをぐるりとなぞられ、口の中に舌が差し込まれる。何が楽しいのか微かに笑う気配に、ロッシュも苦笑しながら、ストックの背を柔らかく撫でた。
「次の休みだぞ」
しかしそんなじゃれ合いだけで、昂ってしまった身体が収まるはずもない。しばし触れ合った後、ストックが指の力を強めてくる。先端から滲む液体を指が掬い、掌で塗り延ばすようにして上下にしごかれた。混じり合う体液と体温が、ロッシュの性感を強烈にかき立てる。
「仕事が落ち着いてたらな」
だがそれを率直に表すのは、ロッシュの流儀ではない。一方的に与えられる快感を享受し、乱れるなど、男の矜持に関わる。例えストックがそう望み、そのために必死で身体を探っているのを理解していたとしても。
「落ち着くように、努力すれば良いだろう」
衝動を落ち着けたいだけなら、自分が高まるのを堪えてまで、ロッシュの反応を引き出す必要は無い。第一男の身体は女と違い、感じたところで行為の助けにはならないのだ。だからストックの行動は、ある意味で全くの無意味とも言えた。ロッシュの快感など無くても、身体を重ねることは出来る。だがストックが望むのはきっと、そういうことではないのだろう。一方的な行為では意味がないのだと、ストックは何度もロッシュに告げている。黙って感じさせられることの方が、ロッシュとしては余程一方的ではないかと思えるのだが。
「いつも目一杯努力してるんだがな。何が足りないんだか……」
油断すると下肢の熱に引き摺られそうになるのを堪えて、ロッシュは頭を振った。そう、一方的なのは性に合わない。ストックの背を抱いていた腕を動かし、中心への刺激に参加する。既に動いていたストックの手の上から掌を添えると、新たな熱と力に、充血した箇所が震えた。強く握って上下させると、ストックの口から荒い息が零れる。ロッシュ、と名を呼ばれ、片腕が背に回された。上半身が密着し、ストックの心音が直接ロッシュに伝わってくる。
「……こういう時の色気は、間違いなく足りていないと思うが」
身体が熱い。だが頑固で矜持が高いのは、ストックの側も同じことだ。どうでもいいような憎まれ口を叩かれ、ロッシュはたまらず苦笑する。
「お前相手に、色気振りまいて……どうするよ」
高まった快感は限界に近く、互いにいつ達してもおかしくない状態だ。きっかけを探り、笑いながら睨み合う。確かに色気のある行為では無いな、とロッシュは奇妙に納得した。だが愛を語るような間柄では無いのだから、これで良いのだろうとも思う。
「……つまらん奴だ」
ストックも、口で言う不平の割に、浮かぶ表情は満足そうなものだ。結局、親友のこの顔を見たいから、求めを受け入れてしまうのだろう。顔を寄せるストックに応えて、軽く唇を触れ合わせる。目を細めた表情は、情欲に濡れてはいるが、不思議と心地良さげでもあった。
「っ、ロッシュ」
限界を訴えるストックの声に、ロッシュも小さく頷き、堪えることを止める。中心を刺激する二本の手は、どちらも強さと速度を増している。荒い息が混じり、間の熱さをさらに高めた。次第に思考がぼやけてきて、やがてどちらの手によるものかも分からぬ強い刺激を受けて。
「っ、……」
低い呻きと共に、ロッシュが体液を吐き出した。殆ど同時に、ストックも達する。咄嗟に先端を覆った手に張り付いた粘液の感触に、ロッシュは顔を顰めた。ストックが気付いて、傍らの布を取り、ロッシュの手を引き寄せる。
「……自分でやるって」
ロッシュはそう言うが、ストックが気に留める様子は無い。実際、片腕で掌を清めるのはそれなりに面倒なので、大人しくされるがままになることにする。自分とロッシュの手についた体液を拭き取ると、布の残りで、濡れた中心を拭う。拭いただけで完全に綺麗になる筈も無いが、取り敢えずのところはこれで十分だ。
「満足したか?」
「まあ、一応はな」
ストックが立ち上がり、使った布を纏めて洗面所に向かうのを、ロッシュはぼんやりと眺めた。朝になって困らぬよう、水に漬けておくのだろう。細かいところに手間を惜しまない男だ、だからこそ、男同士で身体を繋げるような真似が続けられるのだろうが。
起き上がって手伝おうかとも思ったが、今更やることも無いかと思い直し、そのまま仰向けになった。疲労しているにも関わらず体力を使った代償として、強烈な眠気がやってきている。辛うじてズボンをはき直し、事後のみっともない姿は隠したものの、上着はだらしなく脱がされたままだ。拾って着込むのも億劫で、裸でないのだから構わないだろうと開き直り、大きな欠伸をひとつする。
「眠いか」
そこへ、洗面室の扉が開き、ストックが姿を現す。こちらは、いつの間に整えたものか、元の通りに部屋着を纏っていた。寝転がってロッシュに寄り添い、身体を擦り寄せてくる。
「眠い。ってか、寝るぞ」
もう一戦は無しだ、との意思を込めて言うと、ストックも大人しく頷いた。元々既に満足していたのだろう、特に不満げな様子は無い。それでもロッシュの肌に触れたまま離れようとしないのは、彼なりの甘えなのだろうか。ロッシュとしても、その程度に目くじらを立てるほど狭量なわけではない。ストックが、自分とロッシュを覆うように、かけ布団を引き上げる。
「明日は早いからな……」
元々早く出るつもりの上、さらに体液を浴びて汚れた身体を洗う手間が増えてしまった。この部屋が城に近いとはいえ、かなりの早くに起きなければ、予定通りの時間に登城するのは難しいだろう。そのことを考えると、ロッシュの脳に、それまでに倍する眠気が押し寄せてくる。
「ああ。……おやすみ」
瞼を半ばまで降ろしつつ、隣を見た。ストックは既に目を閉じ、就寝の体勢に入っている。その表情が安らかなことに、ロッシュは密かに安堵した。
「おやすみ」
刺激を与えぬよう、ほんの少しだけ頭に触れる。そして今度こそ、眠りに誘う力に抗わず、瞼を閉じて意識を飛ばした。
セキゲツ作
2013.10.27 初出
RHTOP / RH-URATOP / TOP