いつも先にシャワーを使うのはロッシュの方だった。
もっとも、こだわりがあるわけではない。
この日もいつもと変わりなく、ロッシュが先となった。というのも、ストックが事後こちらから声を掛けない限り、抱き合ったまま離れようとしないからなのだが。

(何でだか、さっぱりわからん)

ストックの想いを受け止めると決めた時点で行為自体に疑問があるわけではない。だが、行為を終えた後などにああいう風に抱き合ったままを望むのは何故だろうかと。とはいえ、疑問には思っても面と向かって聞きたいことでもないが。
そんなことを思いながら身体を洗う。片腕で行わなければならないが、もう既に慣れたものだ。器用にも上半身を洗い終え、足の裏を洗おうと片足を上げようとした時、いきなりシャワー室の扉が開いた。

「……!?」

シャワー室には一応鍵が掛けられるようにはなっているのだが、そんな必要など全く感じなかったため開けっぱなしの状態だった。この場合、扉を開けられる人物はただ一人しか居ない。

「手伝おう」

いつもの無表情を顔に張り付けて入ってきたストックは、いきなりとんでもないことを言い出した。
当然のように衣服など身に付けておらず、素っ裸である。
完全に意表を突かれたロッシュは片足で保っていたバランスを崩し掛けた。

「おまっ……!」
「……聞こえるぞ」

言ってストックが視線で示した先には小さな換気窓があった。
当然、窓の向こう側は外だ。かといって道に面しているわけではないので、窓の下を人が通りシャワー室内で話されている会話が聞こえることなど無いに等しいのだろうが、それでも注意はしなければならない。
ロッシュは声を押し殺し、しかし出来る限り憤りが伝わるように言った。

「何しにきた」
「言っただろう、手伝うと」

部屋の片隅に設けられているシャワー室は当然のように広くはない。
体格の良いロッシュが入ってしまえば、後は子供が一人入れれば良いところである。
それを、細身ではあるがあるべきところにきちんとした筋肉を身につけたストックが入ってくれば、空間は一気に狭くなる。
しかしストックは構わずロッシュと向かい合い、ロッシュの身体に残った泡を手に取り、そして。

「……っ!」

ストックはいきなりロッシュを抱きしめるとその中心に手を滑りこませた。手のひらで包み込んだそれをそのまま上下に動かして擦る。
ロッシュは短く息を吐いた。
見下ろせば、欲情に瞳を輝かせたストックと目が合う。

「……」

文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、その余りに真剣な表情に言葉が詰まってしまう。
いや、常が無表情なのだから、単にこのタイミングだとそう見えるだけなのかもしれないが。しかし纏う空気は間違いなく真剣さそのもので。
そこまで本気なのならば、ロッシュとて受け入れると決めた身だ。
ストックが満足するまで付き合ってやろうと、それがロッシュのしてやりたいことでもあるのだ。
ロッシュが苦笑いに似た笑みを浮かべると、ストックがその顔を近づけてくる。ロッシュも応じて近づけると、唇が触れ合って舌が割り込んできた。

「……ん」

十分に互いの口腔内を味わってから口を離すと、ストックがまたとんでもないことを言い出した。

「……ロッシュ、後ろを向いてくれ」
「後ろってな……」
「掻き出す」
「……そんくらい自分でやれっから!」
「いいから」

ちっとも良くねえとロッシュが返事を返す前に、ストックが背後に回り込んできた。
脇の下から抱え込むような体勢で抱き締められたかと思うと、先ほどストックを受け入れていた辺りをなぞってきた。
ロッシュがまた抗議の声をあげる前にストックは先に口を開く。

「あそこに掴まれ」

ストックがロッシュの脇の下から指を指したその先にはタオル掛けがあった。今も一枚、ロッシュが持ち込んだものが掛かっている。

「……はあ」

ロッシュがあからさまに大きくため息を吐くと、何にため息をついたのかわかっていないのだろう、こんなことを言った。

「壁に手をついたんではやりづらいだろう」

確かにシャワー室の壁はつるつると滑りやすい石で出来ているから、手で身体を支えるには不向きだろう。ましてや、片腕では特に。
もっともそんな用途のことまで考えて、造られたわけではないだろうが。

「そうじゃなくてな……」
「ではなんだ」

本当にわかっていないのだろうか。割と付き合いも長いというのに、ロッシュにはストックの本気と冗談の区別がつかないことがままある。

「いや、何でもねえ。やるならさっさとやれ」
「…………」

ロッシュが右腕でタオル掛けをしっかりと掴むと、一瞬の間を置いてからストックは次の動きを開始した。
床に無造作に置かれた石鹸を手に取ると手早く泡を立てた。それをたっぷりと手に含ませてロッシュの後孔へと挿入していく。
ゆっくりと指を進めながらさらにその違和感を和らげようとして、もう片方の手で再びロッシュの中心を擦った。
ロッシュの息が荒くなる。

「ロッシュ」

ストックが名を呼ぶが照れくさいのと息を整えるのに必死だったため、あぁと短く返事を返すのが精一杯だった。
さらにストックがタイミングを見計らって、指を増やしてくる。
違和感に慣れ始めるとストックの片手に収まっているものを中心として、じんわりと熱い何かが押し寄せて来る。
ロッシュはそれをやり過ごそうとして大きく息を吸った。

「ストック……」

ロッシュが名を呼ぶと、ストックは応えるように背後から抱き締める。
そしてその手がロッシュの上半身、首筋から肩、背中から胸部にかけて一通りまさぐった後で、もう一度熱の中心に触れる。

「ロッシュ…いいか」
「結局、それが目的か」
「……」
「……いつも好きにしろって言ってんだろ」
「……すまない」

言って、ストックは自身に泡を擦りつけると、ロッシュの腰を抱えながら後ろから挿入させていった。

「だから…謝んな、って」

異物を挿入された強烈な違和感と痛みとで途切れ途切れになりながらもロッシュがそう言うと、ストックの身体が覆い被さるようにして密接し、そのまま抱きすくめられる。
身長差のある二人では首を後ろに向けたところで口付けることはできない。おまけにロッシュは長髪で、片腕が塞がっている今では塗れた髪が顔に張り付いて視界を遮ってしまう。
それでも背後のストックの様子を伺えばストックの腕が伸び、ロッシュの髪を丁寧に分けて、彼の見上げる視線と噛み合った。
何を言ったらいいのかわからぬまま、顔を正面へ戻すと再び名を呼ばれた。

「ロッシュ」
「……ああ」

再び短く返事を返すと、ストックはゆっくりと律動を開始した。挿入の苦痛を和らげるためか、片手は胸元をなぞり、もう片方が中心を刺激した。その合間を縫ってストック自身がゆっくりとした抜き差しを繰り返しながら徐々に奥へと入り込んでくる。
手を出したわけでもないのに、既に質量を十分に増しているストックのものにロッシュは苦笑した。
と、それに目敏くも気づいたストックが憮然とした様子で聞いてくる。

「……何を笑っている」
「何でもねえよ」
「……」

そんな応えを返したところで納得するはずもなく、さらにストックの不満が高まるのがわかる。
ロッシュはさすがに悪い気がして、ストックの名を呼んだ。

「ストック」
「……」

それでもストックの返事はない。どうしたものかと頭を悩ます暇もなく、再開されたストックの動きに息が詰まった。
取っ手を掴んでいる指に力を込める。
ストックの息もかなり上がっているようで、密接した背中から息づかいが感じられた。
前屈みになっているため、ストックが腕を伸ばしてもロッシュの掌に届くことはない。
右腕にもストックの上がった体温を感じながら、自分からはこれ以上ストックに触れることができないもどかしさを誤魔化すためか、自然と口からストックと言葉がこぼれた。
ストックもそれを無視することはなく、もう一度ロッシュの腕を撫でてから改めて手を前に回し解放のために動かし始めた。

「っ……」

前後両方から与えられる刺激にロッシュの身体が震える。
ストックも限界が近いようで、荒い息遣いを背中に感じた。

「…ストック」
「っロッシュ…!」

それが解放の呼び水になったのか、動きが激しさを増し、ストックの指がロッシュの先端を強く擦った。
この刺激にはついに耐えれず、ロッシュはストックの手の中で欲望を解放し、ストックもほとんど間を置かずにロッシュの中に熱を吐き出した。
ストックは達した後すぐに自らを引き抜くと、ロッシュの前側に回り込んでその大きい身体を正面から抱き締めた。ロッシュもその背に腕を回し引き寄せる。
ストックは先ほどできなかった分を取り戻すかのようにロッシュに口付けを迫った。特にそれを拒む理由もないロッシュはそれを大人しく受け入れる。
気の済むまで身を任せ、満足したのか少し身を離してストックは言った。

「今度こそ手伝おう」

ロッシュは黙ってストックの背中を蹴り倒してシャワー室から追い出した。





−−−−−−−−−−−−





シャワー室から出てきたストックは髪を拭くのもそこそこに、ロッシュの隣に潜り込んで来た。そしていきなり、余り良くないな、と呟いた。

「……何が良くないって?」

言葉の真意が掴めず、ロッシュは聞き返す。ストックは口数が少ないせいか、物事をわかりやすく伝える、という行為に気を配ってはくれない。仕事ではどうにかうまくやっているのかもしれないが、もう少し言葉を足してくれてもいいんじゃないかとロッシュは常々思っている。
もっとも、思っても無駄なことも十分わかっているのだが。

「さっきの、だ」
「さっきの?」
「体勢」
「……それかよ」

ロッシュは眉を顰めたが、次にストックの口から出た言葉にさらに呆気に取られた。

「まず対等でないし、お前の顔も見られない。負担にはならないかもしれないが」
「…………」
「何だその顔は」
「いや……なんつーか、なあ」

大真面目な顔をして言うストックに返す言葉が見つからず、ロッシュは口を噤むしかない。当のストックはそれを気にした様子もなく、傍らのロッシュに次の言葉をかけた。

「ロッシュ、手」

右腕を枕にして横たわっていたロッシュはその腕を頭の下から抜くと、ストックはその手を取る。

「手がどうかしたか」
「いや」

ロッシュが疑問を口にしてもストックは回答を口にせず、代わりに別のことを聞いてきた。

「さっき、何を笑っていたんだ」

ロッシュは思わず苦笑を浮かべた。ここで気にするなと言ったところで聞かないことは経験上わかっている。ロッシュは率直に応えてやることにした。

「いや、良くもそんなやる気になれるもんだと思ってな。仕事で疲れてんだろうに」
「それに付き合えるお前もお前だと思うが」
「元の体力が違うだろ」
「そうだな。感謝しよう」
「……おい」

頭を叩いてやりたかったが、生憎その手はストックに掴まれていた。
ストックは何が楽しいのか、ロッシュの堅く太い指を一本ずつ撫でている。
それが中指に達したとき、ストックは何かを見つけたようで。

「筆だこが出来ているな」
「ん?あぁ、持ち方が悪いからかもしんねえな」

以前と比べて格段に書類仕事が増えたため、筆の持ち方が少しおかしいロッシュの指に筆が当たり、その部分が硬くなってしまったのだろう。
痛みなどはないから言われるまで気づかなかったが、人差し指で触れて見れば中指の内側第一関節の辺りにしこりのようなものを感じる。もっとも、ロッシュの手はただでさえ皮が分厚くなっている。気にならない方が普通ではあるのだろうが。
ストックは尚も飽きず、ロッシュの指を撫でている。
ストックの手はロッシュのものよりは厚みは無いものの、指が長く大きな手をしている。そしていくつもの戦場を潜り抜けてきた証か、細かい傷痕が目立つ。

「お前の手も割と傷だらけだな」
「お前ほどではないだろう」
「……何か言いたそうだな」
「聞くか?」
「いや、遠慮しとくぜ」

言い方がとても刺々しく聞こえたロッシュは眉根を寄せながら聞き返したが、言いたいことの見当はついたので謹んで断った。
こんなところで説教されてはたまらない。
そんなやり取りをしている間にも、ストックはロッシュの指を撫でては一本一本握り締めるという謎の行為を幾度も続けている。

「さっきからお前、何やってんだ?」
「……力を込めている」
「あ?力って」

そこでストックは両手でロッシュの右手全体を包み、強く握り締めた。

「俺はもうお前と同じ戦場には立てない、だから」
「だから?」
「せめて一つでも、お前の負う傷が少なくなるように」
「……祈ってたってか?」

ストックがするにしても、されるロッシュにしても、余りに似つかわしくない言葉に苦笑する。

「そんな大したもんじゃない。強いて言うなら念、か」
「怨念みたいだな」
「それでも構わない」
「良いのかよ……」

呆れるロッシュの手を解放したストックは、横からロッシュを抱きしめた。

「お前はすぐ自分を蔑ろにするからな。お前の腕に頼むしかない」
「あのな、自分で言ってることわかってるか?俺の身体は俺に決まってんだろ」
「わかっている。だがお前を守るのは最終的にはお前の腕だ。頭が聞かないなら腕に託すしかないだろう」

今はほとんど戦場に立つことが無くなったストックと、事務処理が増えたとは言え各地への遠征や軍の訓練などで未だに戦いに携わっているロッシュとでは、これから先増えるかもしれない傷の数は明らかに異なる。
そのうちの一つでも、致命傷になるものがあればそれで終わりだ。
今まで何度か致命傷となる怪我を乗り越えてきたロッシュだが、次はどうなるかわからない。
ストックはそれを恐れているのだろう。
ロッシュは無言で掴まれた手を外すと、その手でストックの柔らかい髪をくしゃくしゃにした。

「何をする」
「お前は心配しすぎなんだよ」
「心配されるだけのことをしてきたのはお前だ」
「お前が言うかそれを」

ストック自身も戦争終結後に一度行方をくらましていたことがある。
今はこうして無事に戻って来たから良かったものの、人のことは言えないはずだとロッシュは思う。
と、そこまで思ってからもう一度ストックの頭を撫でた。

「わかったわかった。とりあえず明日も仕事だろ?そろそろ寝ようぜ」
「全くわかってないな、その話しぶりは」
「お互いさまだろ」
「そんなことはない」
「あるっての」
「ない」

お互いを睨みつけること数秒、先に折れたのはロッシュの方だった。

「あーもうわかったから、早く寝ようぜ」
「はぐらかすな」
「そんなことしてねえよ」

しかしストックもそこで折れたようで、ふ、と頬を緩める。

「お前がわかるまで続けるからな」
「続けるってさっきのか」
「あぁ。毎回会うたびにやってやる」
「……それは嫌がらせか?」
「そう感じるなら改めたらどうだ。納得できないなら何度でもやるが」

言ってストックはロッシュの手を取って握り締める。ロッシュはげんなりとした表情になった。

「だから、わかったって」
「お前のわかったはわかっていない」
「じゃあどうしたら認めてもらえんだよ」
「行動で示すしかないだろう」
「…………」
「一応言っておくが、これは特別、俺だけが思っていることじゃない」

ロッシュには妻とその子供、さらには従順と言ってもいい部下に恵まれている。
誰も彼もがロッシュの身を案じ、気遣ってくれている。

「頼むからもっと大事にしてくれ」
「なんかお前と会う度に説教されてる気がするぜ」
「お前が悪い」
「あーハイハイ」

ロッシュが一つ大きな欠伸をするとストックもその口を閉じたが、まだ睨みつけてくるその眼差しに苦笑して、頭の上に手を置いた。
ストックはロッシュに抱きついたまま首筋に顔を寄せ、口付けた。
ストックのさらさらとした柔らかい髪がロッシュの首をくすぐる。

「ロッシュ、せめて覚えておいてくれ」
「何をだよ」
「お前は皆から心配されてるってことだ」
「………」
「今はとりあえずそれだけでいい」
「わかったよ」

それは前からわかってるつもりだと言おうとしたが、それは言わないでおいた。
きっとそれを言ってしまえば、それはあくまでもつもりにすぎないと言われてしまうだろう。

「じゃあ寝るか」
「ああ」

枕元の明かりを消すと、二人は頭を寄せ合って眠る姿勢に入った。



平上作
2011.07.11 初出

RHTOP / RH-URATOP / TOP