ロッシュもストックも軍人だ。
 だから、夜中寝ている時に敵の奇襲があった場合などでも、すぐに目を覚まし行動できるような訓練を積んでいる。
 物音にも敏感だ。ちょっとした物音も眠りの中で気づくことができる。それでは熟睡できないでしょう、とソニアに心配されたこともあるが、そんなこともない。限られた時間の中で、しっかりと質の良い睡眠を取るのも軍人の仕事なのだ。眠れる時に眠り、それ以外の時はきっちり気を張っておく。平和になった今では余り用が無さそうな技術だが、既に習慣となってしまっているため止めることもできない。
 そもそもロッシュは未だ現役の軍人だ。夜中の敵襲などはほぼ無くなったが、可能性が零であるとは言いきれない。そんな技術があっても困らない。
 ストックは内政官として働いているものの、その戦闘感覚は情報部に所属していた頃と大して変わっていないだろう。結婚した妻のレイニーに気を使ってか、表立っての鍛錬は自粛しているようだがロッシュはたまに訓練室で汗を流しているストックを見たことがある。というよりストックの相手を務めることもある。腕は全く鈍っていない。自ら進んで戦いの中に身を置くことはなくしても、守るべきものを守る力は必要なのだ。きっとレイニーもそれをわかっている。確証はまるで何もないが、ロッシュはそう思っている。
 ともかくそんな二人だから共に眠った後、例えば夜中に小用に起きた時どちらかが寝台を抜け出せば、起き上がる気配に気付いて目が覚めてしまう。それが不愉快なわけでもないので別段気にかけたこともないが、今夜に限って言えば若干不都合だった。
 今日もいつもと同じことをやっただけだ。つまり、仕事が終わってからこの部屋でストックと待ち合わせ酒を少し飲み抱き合った。抱き合った後はシャワーを浴び、お互い同じ寝台に潜り込んで寝入った。ここまではいつもと同じだった。
 違ったのは唯一つ、夢見が悪くて目を覚ましてしまったことだけだ。


 ロッシュはあまり夢は見ない方だ。夢の内容を覚えていることが少ない。ソニア曰く、たまに寝言で隊員たちを叱っているらしいが、当のロッシュには記憶がない。実際に隊員たちに怒鳴りつけたことは覚えているが。
 とにかく、前に嫌な夢を見た記憶から遠ざかって久しい。それを今夜、久々に味わった。がばっと布団を剥がして起き上がる。動悸が激しい。冷や汗だろうか、寝汗を掻いていた。
 息を整えている間にストックが気づいてしまった。出来ればそのまま寝ていて欲しかったのだが、やはり無理だったようだ。
「……ロッシュ」
「ああ、起こしてすまん。ちと小便だ」
 動揺を知られないように平静を装い、寝台から抜け出した。左腕で後頭部を掻きながらトイレへ歩いて行った。トイレの扉を開け、鍵を閉める。そして深呼吸をした。まだ動悸が収まらない。
 動悸の理由ははっきりとしている。夢だ。悪い夢を見てしまった。絶対に現実では有り得ないような夢を。いや、本当に有り得ないのだろうか。それはただの自分の思いこみではないだろうか。
 ロッシュは頭を殴られたような気分になった。そういえばグランオルグのエルーカ女王も言っていたではないか、ストックが歩んできた歴史のことを。何度もやり直して、正しい歴史を導いてきたのだと。
 その正された歴史の裏に、もしかしたら今日見た夢のようなことがないとは言い切れない。
 そこまで考えてロッシュは首を振った。もし実際にあったことだったとしてどうだと言うのか。一番辛いのは体験したものとして記憶に残しているストックだ。ロッシュが今味わっている何倍もの苦痛を背に負っているのだ。何かの間違いで見た夢のことで、自分が動揺すべきではない。
 小用を済まして部屋に戻れば、ストックが身体を起こして待っていた。
「すまんな、起こしちまって」
「いや」
 声を掛けながら再度布団に潜り込み、ストックも同じように身体を横たえた。何とも言えない空気が流れている。恐らくストックは何かしらの異変を感じ取っているだろう、妙なところで聡いのだ。
 今もロッシュの様子をじっと窺っている。さっき起きたばかりなのにロッシュの呼吸や放つ空気を何一つ逃さず拾おうと、神経を研ぎ澄ましている。
 だからロッシュは右腕を伸ばしストックの手を掴もうとして身じろぎした途端、呼び掛けられた。
「ロッシュ。どうした」
 ストックは本当に変なところで勘が鋭い。ロッシュがどうしても口を割らないことにはストックも諦めるが、そうでないところはぎりぎりまで食い下がってくる。
 今日はそこまで頑固に黙る気にもなれず、かと言って全てを説明する気にもなれず、曖昧に口を開いた。
「いや、まあ大したことじゃねえよ」
「…………」
 ストックは無口だが、慣れてくると言葉よりも雄弁なその雰囲気で何が言いたいのかわかってくる。例えば今ならば、嘘だ、と言っている。ストックに表面上だけの嘘は通じない。
 先ほどストックの発言に遮られた手を掴んだ。指の一本一本を掴むのでなく、指全体を包み込むようにして握る。力を込めると、ストックの顔が少し歪んだ。
「何をする」
「いいだろうたまには。こういうのも」
「……握力の特訓か?」
「嫌ならおまえも握り返してみろ」
 そう挑発すると、ストックはむっとした顔になり、姿勢を整えて手を握り返してきた。先に力を込めたのはロッシュの方だから、ストックは既に力強く握られた手を握り返すことになる。最初から押さえつけられている状態では力を入れづらいが、ストックも鍛えられた元軍人、負けじと張り合っている。元の力は当然ロッシュのが上で、ストックが敵うわけもないのだがそれでもストックは止めない。
 自然と笑みが浮かんでしまうのは仕方がないだろう。
「……嫌な夢を見ちまったんだ」
「どんな夢だ」
 ストックの声が強張っているのがわかった。悪夢と言っても色々あるものだ。ストックはどんなものを想像しただろう。恐らくその全ての中で一番悪い夢だ、少なくともロッシュにとっては。
 そんなことを気安くストックに言っていいものか。ここまで言っておいて、迷いが出てきてしまった。やはり何も言わず、そのまま寝入るべきではなかったか。自分一人で抱えていれば明日の朝には、ああ何か嫌な夢を見た、と忘れてしまえるはずだ。余計なことを言ってしまったかもしれない。
「……俺に言えないほど嫌な夢だったのか」
「いや」
 否定はできない。かと言って、今更黙ってなかったことにもできない。仕方がない、ロッシュは言ってしまうことにした。出来るだけ軽く、こんなものは雨にでも流してしまえば良いのだ。残念ながら今夜は快晴だが。
「変な夢だったんだよ」
「どんな風に変だったんだ」
「だってよ、俺とおまえが真剣勝負でお互いの命をかけて戦ってるんだぜ? そんなこと有り得ないだろ」
「…………」
 ストックが硬直するのがわかった。ロッシュは慌てて起き上がり、仰向けになっているストックの頬を叩く。
「おい、ストック大丈夫か、おい!」
 場違いなほど暢気な音が響いた。ストックの目はロッシュを通り越して、何か遠くのものを凝視している。今はロッシュの後ろは天井しかないが、その天井の遥か上を見ているような眼差しだった。
 三十秒くらいして、再度ストックの目がロッシュを捉えた。
「大丈夫か」
 ロッシュがストックの額に手を当てる。当たり前のようだが、熱はない。
「今水を持ってくる」
 と言おうとしたロッシュの言葉はストックに阻まれた。腕を強く掴まれて寝台に倒された。ストックは素早くその上に圧し掛かる。抗議の声を上げる前にストックはロッシュの首に手を回し、全体重を預けてきた。
「俺は大丈夫だ」
 そんなことを言うものだから、ロッシュは少し吹き出してしまった。
「……どこがだよ」
「いいから続きを聞かせてくれ、頼む」
「続きって……その前にその姿勢は止めろ、こっちにしろ」
 ロッシュは自分の右側、今は誰もいないストックの定位置を叩く。
「…………」
 ストックは恨みがましい目つきをしながらもロッシュの意に従い、再び布団に潜り込んだ。ロッシュも頭を枕に預け、横になる。二人して同じ天井を見ることになった。
「それで」
「わかってるっての、そんな急かすな」
「……結果はどうなったんだ。俺とおまえが命がけで戦った結果」
「ああ、それはな」
 隣にいるなら隣にいるので辛いものだ、結局距離が近いことに変わりはない。ストックの息を呑む気配が伝わってくる。
「覚えてねえ」
「……は?」
「だから覚えてねえんだって。一撃、俺が槍を振るっておまえがそれを避けて、そこで目が覚めたんだよ」
 ストックはまた黙り込んでしまった。拍子抜けしたのだろうか、そうであって欲しかった。
「場所は、覚えているか。どんな所で戦っていたか」
「それも何か曖昧なんだよな、少なくとも野外なのは間違いねえんだが。時間帯は間違いなく夜だったな、月が明るい夜だ」
「――そうか」
 そこでストックが大きく息を吐いた。単に緊張が取れたのかと思ったが、そうではない。力を抜いた大きなため息、諦めの息だ。
「……心当たりあるんだな」
 ロッシュが低い声でそう問うても、ストックはびくりともしなかった。否定しない、つまりそれの意味するところは肯定だ。ストックは何かを知っている。
 そしてそれはロッシュの悪夢がただの嫌な夢、で済んでいないことを意味している。ロッシュとストックが互いに本気で戦えば、命のやり取りになることくらいロッシュにもわかる。また、ストックは歴史を何度かやり直している。さらに、今ロッシュは生きている。ストックが死んでしまえば白示録は使えない、歴史は繰り返せない。つまりこれが示すところは一つだ。
 この夢はただの夢でない、過去に経験したことだ。そして、ロッシュは一度ストックに殺された。
 そうか、と逆にロッシュは納得する。ストックがこんなにも接触を求めてくる理由がようやくわかった。恐らく、もう二度とそんな思いをしたくないのだ。いや普通ならば、そんなこともう二度とあるはずがないと思うだろう。争いがなくなり、平和になったこの世界でそんなことがあるはずがない。
 だが、それを百パーセント信じ切ることがストックにできるだろうか。今まで間違った歴史を何度もやり直してきたというストックが、今は歴史をやり直せないストックが、もうこんなことは起きないと信じられるだろうか。そして、そこまで信用を失くさせたのは誰か。
「ストック、一つ聞きたいことがある」
「……なんだ」
「俺は……どうしておまえと敵対したんだ。いや、理由があれば納得するとかそういうんじゃなくてな。俺がどうしておまえと戦う気になったのか、知っておきたい」
 ストックはすぐには応じてくれなかった。言って良いのか言わずにいた方が良いのか、迷っていたのだろう。だがストックは消え入るような細い声で答えてくれた。
「……ソニアを人質に取られたんだ」
 ストックはぼそぼそと説明してくれた。ストックはその時エルーカ暗殺の任務を言い渡されていたが、世界を救う儀式のためにはエルーカが不可欠だとしり、任務を放棄した。それを嗅ぎ付けた上層部が代わりにロッシュを仕向けたという。ストックができないならロッシュがやるようにと。ソニアを人質に取り、任務に失敗すれば命の保証はしないと卑怯な手を使って。世界のためにエルーカを殺せないストックと、ソニアのためにエルーカを殺さなければならないロッシュは敵対してしまった。そして双方譲らなかった。結果、ストックが勝った。
 勝ったストックは歴史をやり直した。ロッシュがあんなになってしまったのはもう一つの歴史の方でのことが遠因で、そちらでのロッシュを立ち上がらせるために奔走した。立ち上がらせた後は、戦わなくて済んだという。
 ふと、ロッシュはあの日のことを思い出した。ストックが酒に催淫剤を混ぜ、告白してきた日のことだ。あの時のストックはやたら切羽詰まっていた。追い詰められていなければあんなことはしないだろうが、何故あんなことをするのか、何故身体を求めてくるのか。ようやく、ロッシュは理解した。
 ストックは、ソニア以上の存在になりたいなどとは思っていないだろう。ただソニアと同等である証が欲しかったのだ、もうこんなことは二度とないという確信が。
 おかしなもんだな、とロッシュは思う。
 そもそもロッシュもストックも軍人なのだ。軍人であれば、例えばかつての仲間であっても、立場が違って敵同士になってしまえば、戸惑わず戦う。それが軍人だ。上からの命令は絶対で、敵を倒す駒、それが軍人だ。例え相手が親友だろうが親兄弟であろうが、敵であれば正々堂々と剣を取り、命のやり取りを行う。そう訓練されてきたはずだ。
「……俺たちは軍人失格かもしれねえな。いや、まあおまえは今は軍人じゃねえが」
「似たようなものだろう。国のために働いている」
「それは今でもか」
「…………」
「今でも、もしそんなことになったらおまえは」
「それ以上言うな!」
 ストックは鋭く大きな声をあげたかと思うと身体を起こし馬乗りになって、いきなりロッシュの胸倉を掴んだ。
「俺が、一体どんな思いで」
 そう言ったストックの表情は、ロッシュにとって忘れられないものになった。なんて残酷なことを言ってしまったのか、ロッシュがいくら自分の失言を悔いても後の祭りだ。
「俺はそうならないためなら、何だってする。もう二度とおまえを失ったりするものか、ましてやこの手で」
 ストックの息が荒い。おまけに手が震えている。
「悪かった」
 ロッシュはストックの背を撫でた。謝罪の言葉とそんな行動で許されることでもないのはわかっていたが。ストックは当然のように返事をしない。ロッシュはストックが泣いてるかと思ったが、ストックは泣いていなかった。厳しい眼差しで、丁度ロッシュの心臓辺りを睨み付けているだけだ。その様を見て、ロッシュは一つ決心をした。下を向くストックを見つめ返して言った。
「わかった。俺も軍人を辞める」
「……何を言っている」
「勿論、今辞めるわけじゃねえさ。俺とおまえが敵対しそうになったら、の話だ」
 漸く目線を上げたと思いきや、ストックはすぐに目を伏せてしまった。
「そんなことができるのか、おまえに」
「信用してねえな」
「当たり前だ、また俺が」
「その前に」
 ロッシュはストックの言葉に割り込んだ。
「ストック。今おまえは、おまえが俺を殺す可能性について考えちゃいるが、逆は考えたことねえのか」
「逆……?」
「ああ。俺が、おまえを殺す可能性だよ」
「…………」
「考えたことなかったんだな。ったく」
「いや、だが……」
 ストックの言いたいことはわかる。一度ロッシュを殺めてしまったストックとしては、もう二度とロッシュを殺めたくないがために、そのことに強い恐怖感を抱いている。そして一度でもロッシュを殺めたことがあるということは、次また戦う機会があったとしても、同じ結果になるであろうという予測が前提になっているのだ。
「前とは状況が違うんだから、次は俺が勝つかもしれねえんだぜ」
「それは……」
「そしたらおまえはどうするんだ。まあ死んじまうことになるから、どうもできねえだろうが」
 ストックは何かを言いたそうだったが、ロッシュは話を続ける。
「あのなあ。わかってねえみたいだから一つだけ言っておくが」
 ふぅ、とロッシュは大きく息を吸って吐き出した。
「俺だって、おまえのことを敵だとなんか思いたくねえんだよ。俺だって……おまえと戦いたくもねえし、ましてや殺したくなんかねえよ。そこだけはわかっとけ」
 ロッシュはその手のひらでストックの頬を一叩きした。べち、と鈍い音がする。
「だから、そんなことになりそうだったら、俺はソニアとガキを連れて逃げる。どこまでだって逃げてやる。なに、今なら逃げるところは色々あるからな、シグナスだろうがセレスティアだろうが今度こそ、俺が血路を開いてやる」
 今度こそ、と言うのをロッシュは自然に口に出していたが、ふと思う。『前』とはいつのことだったか。そんなことあっただろうか。
「……そうか」
「少しは安心したか」
「いや」
「駄目か」
「……いや」
「どっちだおい」
 苦笑しているロッシュをよそに、ストックはロッシュの首筋辺りに抱きついて来た。小さな声で、すまない、と聞こえた。
「そりゃこっちの台詞だろ」
 そういえばストックには謝られてばかりだ。ストックが謝るべきことはロッシュがストックに対して謝るべきことでもあるはずなのに。ロッシュは手のひらでストックの髪をくしゃくしゃに掻き混ぜた。
「んなことが二度と無いように、何かありそうだったら何よりも先におまえに相談するから。そうすりゃきっと大丈夫だ」
「……そうだな」
 ストックが自らに言い聞かせるように呟く。ロッシュは一度目を閉じて言った。
「おまえに、全部背負わせてたんだな。……悪かった、許してくれ」
「やめてくれロッシュ、俺はおまえに謝って欲しいわけじゃない」
 ストックの言葉にロッシュは眉を顰めた。
「そう言ったっておまえは俺に謝ってるじゃねえか」
「いや、元はと言えば俺が全部抱えているべきものだ。それが俺に与えられた使命であり、役割なんだ」
「……おかしいだろそりゃあ」
 半ばロッシュはむっとした。
「おまえはそのニエの責任を果たしたんだ。何でこれ以上業を負わなきゃならねえんだよ」
「『今回』責任を果たしたのは俺じゃない。いずれ、またその時が来る可能性もある」
「……それは」
「俺が弱いのが悪い」
 ストックは両手で自らの髪を掴んだ。
「その時が来るのは構わない、そうしたら今度こそ俺はニエの役目を果たすだけだ。だが、今でもたまに夢に見るんだあの時のことを。俺は色んな歴史をやり直してきた、なのにあればかり思い出す。今のおまえはちゃんと生きていると言うのに。これは夢だ、もう起こらないはずだと、いくら自分に言い聞かしても駄目だ。この手が」
 言って、ストックは右手の手のひらを広げる。
「覚えている。不思議なものだ、俺は今までグランオルグ兵士やアリステルの兵士たちも手に掛けたことがあるというのに、どうしてもおまえだけは、おまえを殺したときのことだけは、忘れられない。こうやっておまえの身体に触れることができるようになっても、たまに夢に見る。これは俺の弱さであって、おまえや……レイニー、ソニアに背負わせるものじゃないのに」
「ストック、もういい」
 そこでロッシュはストックに呼びかけて、話を止めさせた。
「おまえは一人で何もかも背負いすぎなんだよ」
「これは俺の役目なんだ」
「……違うだろ」
「違わない。過去の先祖たちは皆やってきたことだ、大体俺は生きている。これだけで恵まれてるのに、逃げ出すことなど出来るわけないだろう。おまけにおまえだって生きている。何を心配する必要があるんだ。明日死ぬ可能性は誰にだってある、それを心配してどうなる」
 普段は無口なストックだが、今は良く喋った。肝心な時には意外と良く話すのだ。
「だからって、おまえが苦しむ必要はねえって」
 そう言ったところで、ストックは黙って首を横に振るだけだ。ロッシュは自分の右腕をストックの首に回し力を入れた。
「……ロッシュ、苦しい」
「わざとやってんだ、我慢しろ」
「…………」
「おまえが苦しむのが役目だっていうんなら、俺の役目はおまえのそれを少しでも和らげて、もう二度とそんな思いをさせねえことだ」
 謝るというのはつまり相手に許してもらう行為で、相手に自分のしたことを受け入れさせるという意味がある。ロッシュは最大のエゴではないかという気がしたが、言わずにはいられなかった。
「ストック、もう一度言わせてくれ。悪かった。この先、何があろうとも俺はおまえとは敵対しねえ。敵対しねえで、おまえも皆も守れる道を探すからな。信じろとは言わねえが、今後一生かけて証明してやるから。夢のような話かもしれねえがやるったらやるからな」
 ストックはそう上手くいけば苦労はないと思っているかもしれない。しかしストックからは何の反応もない。
「ストック?」
「……腕を緩めてくれ。苦しい」
「おっとすまん」
 思った以上に力が入っていたのかもしれない。ストックの呼吸が荒くなっている。暗がりで良く見えないが、ストックの顔は真っ赤になっているかもしれない。
「おまえの腕は凶器なんだ、少しは程度を弁えてくれ」
「悪かったって」
「まあいい」
 言いながらストックはロッシュの首筋辺りに鼻先をくっつけてきた。
「聞いてたか? 人の話」
「ああ」
 そう返事をしたきり、ストックはロッシュの肌を撫でてきた。
「……やりてえのか」
「別にそういうんじゃない」
 と言いながらもストックは唇をロッシュの肌に押し当てたりと忙しない。どうしたものかとロッシュも適当にストックの髪で遊んでいると、ストックがぼそっと言った。
「これで充分だ、今は」
「今は、か」
「後はおまえが証明してくれるんだろう」
 ストックの顔が近づいてきた。唇が少しだけ触れ合って離れる。
「わかった。ちゃんと責任持ってな」
「楽しみにしている」
「楽しむもんでもねえけどなあ」
 ロッシュは笑いながら、ストックの頭を叩く。
「で、結局やるのか。すっかり目は覚めちまったが」
「いや、今日は止めておく」
「珍しいな。どうしたんだ」
「……眠い」
 言うと、ストックは横に転がって欠伸を一つした。
「じゃあ寝ろ」
 ロッシュはストックに布団をかけてやった。
「ああ。ロッシュ、おまえも悪夢を見たら言ってくれ。隠し事はもう無しだ」
「お互い様ってわけか」
「ああ。親友だろう、俺たちは」
「だな。まあおまえのが回数は多いだろうけどな」
「そんなことはない」
「あるだろ」
「『これからは』そんなことはないかもしれない」
「だといいがな」
 ストックはもぞもぞとロッシュに身を寄せると、おやすみ、と言った。ロッシュも、ああ、と返し、ストックの右手を握った。



平上作
2013.01.13 初出

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