「ロッシュ」
ストックは名を呼びながら、ロッシュの薄い肌着の下に手を差し込んだ。
対するロッシュはまだ自由な右手をストックの後頭部に添えて短い返事を返す。
そんなやり取りを行いながら、ストックは徐々に動きを直接的なものに変えていく。
一通りロッシュの上半身を撫で回し終えると、肌着をたくし上げる。逞しい肉体が露わとなり、ストックはそれに唇を寄せ舌を這わせた。
ロッシュの身体に未だ残る傷痕を一つ一つなぞるように進めていくと、必ずと言ってもいいほどの確率で制止の声がかかる。それは今回も同じだった。
「くすぐってぇだけだから止めろっての」
後頭部に置かれた手がストックの動きを止めようとして、肩に移動する。
押し退けようとする力に抗いながら、ストックは尚も行為を続けた。
ロッシュの手が諦めて自らの顔を覆った時、ストックは独り言のように言葉を吐いた。
「おまえもいい加減往生際が悪いな」
「……なんだって?」
すぐさま気色ばむロッシュに、ストックは怒らせる旨のないことをあらかじめ断っておいてから、ぽつぽつと話始める。これもいつものことだ。もっとも、納得されたこともないのだが。
「いや、何度も同じようなことを言うからな。そんなにくすぐったいのがイヤか?そろそろ慣れたっていいだろう」
「…………」
ロッシュは短い沈黙を返してから大きい掌でストックの首を軽く掴み、低い声で囁いた。
「今度同じこと言ったら、わかってんだろうな」
「……気を付けよう」
何をされるのか想像しかできないが、どちらにせよ生物として致命傷を負わされることになるだろう。
素直に謝ったストックにロッシュは呆れたような表情を見せ、一つため息を小さく吐いて言った。
「何回やろうが、おまえがそんなに俺とやりたがる理由がわからねえよ」
その言葉にストックは端正な顔を少し歪ませて、今までに何度も言っていることを繰り返した。
「俺は別段逆側でも構わないと言っているが。それとも……やはり嫌なのか」
「だから、そういう問題じゃねえんだって言ってんだろうが」
「……この行為がおまえにとって理不尽なものだというのは俺だってわかっている」
ロッシュはどこまでも一般的な男だ、それは初めからわかっていたことで。
だからこそ、余計に不思議なのだろう。ストックが何故ロッシュにここまでしたがるのか。
理由が思い当たらないからこそ、最初からその気があったのだと思われてもしょうがないことかもしれない。
「だが、俺だってこんなことをしたいと思う男はおまえだけだ。……それだけは断言できる」
この言葉に嘘偽りは無く、ストックとて男色の気があるわけでは断じてないのだ。
しかし、好色家ではないのにこんなことになったその真の理由を、そう思うようになってしまった出来事を、ロッシュに伝える覚悟はまだ出来ていない。
時たま夢にまで見る無かったことになった歴史、それを本人に伝えることができるようになるのはいつになるだろうか。伝えてどうにかなるものなのだろうか、伝えてしまっていいのだろうか。
一人で抱え込み、無かったことにしてしまえばそれで済むことなのかもしれない。実際、歴史は正しい方向に進んでいる。過去あった数々の酷い出来事も、ストックが大事な場面での選択を誤ってしまった故のことが多い。
しかしストックにとって致命的な一つの出来事は、ストックの選択なしで進んで行った。いや強いて言えば最初の選択肢が影響していたのかもしれないが、それこそ歴史上必要不可欠な流れだったのだ。流れを変えることはできても、流れ自体を失くすことはできない。
実際、今生きてるこの時間がその流れを汲んでいるのだ。
だからといって、こうしてロッシュに何も知らせないまま背負わせていることを正しいとは断じて言えない。
正しいどころか卑怯、詐欺だと言ってもいい。
ストックが何も言わずただ黙ってさえいれば、ロッシュとて男に抱かれることなどなかったのだ。こんな理不尽な思いをすることも、あらぬ場所に苦痛を感じることもなかったはずだ。
「ストック、どうした」
その声と同時に頬への温もりを感じてストックは思考の海から舞い戻った。
見れば、ロッシュが頬に手を当て心配そうな顔をしてこちらを見ている。そこでストックは思った以上に手に力を込めていたことに気づいた。
「急に黙って、怖ぇ顔をすることがあるな、おまえは」
「……すまない」
ストックがロッシュの手に己のものを重ねると、ロッシュは、まあいいが、と苦笑した。
「……いつか、そのわけを話すつもりはあんのか。さっきの話と今の沈黙は無関係じゃねえよな」
「…………」
「嫌なら無理にとは言わねえが。……それで楽になるなら、俺はいつでも構わねえよ」
「……ロッシュ」
「まあ、そう思うのも俺だけじゃないだろうがな。こんな時に言うのもなんだが、レイニーは勿論、マルコやソニア、ガフカのおっさんにアトの嬢ちゃん、それにエルーカ女王だってそう思ってると思うぜ」
聞いた途端ストックは手を自らの頬から退け、いきなりロッシュを強く抱き締め肩の辺りに顔を埋めた。
「なんだよいきなり」
「……ガフカはおっさんじゃない」
「ん?」
ロッシュが素っ頓狂な声を出して応える。
「だってあいつ30代半ばくらいだったろ。十分おっさんじゃねえか」
「ラウルだって40代半ばだろう」
「……首相は別だ」
「なら、おまえだっておっさんだ」
「俺はまだ22だっての!」
「ガフカは種族的なものもあるが、おまえは見かけが完全におっさんなんだ」
「……それを言うか!」
ムキになるロッシュに口付けて黙らせると、ストックはロッシュの服を全て脱がし、自らも服を脱ぎ捨てた。
一瞬視線が絡み合い、ストックが口の端を少しだけ、付き合いの深い人間のみに伝わるような笑みを浮かべると、ロッシュはため息を一つだけ吐いて、黙ってストックの腰に右腕を回した。



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何だかんだとロッシュは優しい。
戦場ではアリステル最強の兵士と畏れられ、演習や訓練などでも非常に厳しく時として脱走者を出すほどの鬼教官でもあるが、それでも部下に慕われている理由の一つがそれだ。
他にも慕われる理由は山ほどある。問題はその自覚が全く本人に無いことなのだが、それもまた人を惹きつける理由になっているのかもしれなかった。
「……なんだよ。まだなんかあるのか」
無意識のうちに手が止まっていたようで、ロッシュが睨みつけてくる。
「なんでもない」
ストックは手の動きを再開させた。服は全て床に脱ぎ捨てており、互いを隔てるものは何もない。
どちらからともなく腕を伸ばし素肌に触れ合った。ロッシュの方が数は多いがお互い戦場に狩り出される身だ、互いの身体は傷だらけであり感触自体が心地よいということはない。
ただその温もりを味わうためだけに触れて、硬い筋肉で覆われた身体の表面をべたべたと撫ぜる。
「………」
ストックはロッシュの鎖骨を舐めあげながら、ロッシュの身体を抱きしめる。
ロッシュはその間ストックの髪を乱し背をぎこちなく撫でている。それが心地よくて、ストックは少し目を細めた。
中心部も既に熱を持ち、互いの身体の隙間で明確な強い刺激が来るのを待っている。
しかしストックは自らに鞭を打ちその欲望を必死で抑え付け、誤魔化すようにロッシュの顎を舐めた。
ロッシュが変な顔で見返してくるが、ストックは構わず彼の唇に同じものを触れ合わせる。
舌を奥へ挿入させて、ロッシュのものを吸い上げた。濡れた水音が室内に静かに響き渡る。
「ロッシュ」
「……ああ」
名を呼べば、返事をしてくれる。そして、すぐに答えを聞けるこの距離にいることを許されている。
我侭だ、と思う。これだけのことが許されているのに、ストックはまだ満足できていないのだ。
今度こそ同じ道を歩んでいるはずなのにどうしようもない不安感に襲われ、ロッシュ本人を傷つけているだけでなくレイニーを裏切るような行為をしているのだ。
一番辛いのは何をしたらこの不安感から解消されるのか、わからないことだ。
生きていく限りそれが消えないのは、ストックの罪の対価、償いとも言える行為なのかもしれない。
そんなことを考えていたら、ロッシュに熱い部分を掴まれた。
「またつまんねえこと考えてやがるだろう」
「……そんなことはない」
「そうか?ならいいが」
言いながらもロッシュの手はストックの中心を煽るように擦っている。
対抗するかのようにストックもロッシュのものに手を伸ばした。同じような手つきでロッシュのものを刺激していく。
「っぐ……」
刺激に反応しロッシュの身体が震えるのを肌で直に感じたストックは衝動的に口付けた。ロッシュの呻き声がストックの口の中に吸い込まれる。
息が苦しくなるまで貪った。手の動きは止めず、指先は既にお互いの先走りでべとべとになっている。
ストックは一度身体を離した。
「もう、きついか」
「……おまえはどうなんだ」
「まだ大丈夫だ」
「我慢するな」
「俺が嘘を言ったことがあるか」
「痩せ我慢ならいくらでも見てるがな」
「………」
「最初に聞いてきたのはそっちだぜ」
「うるさい」
ロッシュから再びのため息が零れる前にストックは口を塞いだ。
互いに唇を合わせてる間も二人は目を閉じない。だから、舌を捻じ込みながらも閉じないその目から、ロッシュの呆れの表情を読み取れた。
その余裕を取り払いたくて、ストックは寝台脇の机の中からいつもの香油を取りだした。
途端にロッシュの表情が曇る。
「……それ、無臭のやつってねぇのか」
「いや、どうだろうな。探せばあるかもしれないが」
「どうせ風呂入るからいいんだが……何かこう、変な気分になるんだよな」
「細かいことは気にするな。次買う時は探してみよう」
「次か……」
苦笑を浮かべたロッシュに対して、瓶の中身をたっぷりと手に垂らしながらストックはしれっとした顔で告げた。
「すぐ無くなるさ」
「………」
ロッシュは顔を顰め、無言でストックの頭を叩いた。小気味の良い音がする。
「……事実を言っただけだろう」
「おまえは余計なことを言いすぎなんだよ」
「お互い様だろう」
「そんなことはねえだろ」
まだ言い足り無さそうなロッシュを黙らせるため、ストックはロッシュの片足を持ち上げた。そして後孔にゆっくりと指を挿入していく。
ロッシュが息を詰める気配を間近で感じる。ストックはその苦痛を少しでも和らげるために脚を持ちあげた方の手を回し、ロッシュのものに触れた。刺激を与えながら指を進めていく。指が二本入ったところで、名を呼ばれた。
「ストック」
と、同時に上体を少し起こしたロッシュの右手が伸びて来て髪の毛を掴まれる。崩れる体勢を持ち直そうと反射的に挿入した指を引き抜いた。
しかしそれでもロッシュの力が緩められることはなく髪が引っ張られたままで、ストックはロッシュの両脇に手をつくことになった。
その剣呑な目つきを真正面から受け止めてストックは言った。
「何を」
「一方的にされるのは性に合わん」
言うや否や、ロッシュの手が再びストックの後頭部に伸び顔をぐいと引き付けられた。勢いのままに口付けしたため互いの歯がぶつかって、かちんと場にそぐわない音を立てる。
ロッシュはそれでもめげずにストックに口付け、ストックもそれに応じて舌を差し入れる。
そうしながらも、ストックはロッシュのものを刺激した。ロッシュの身体が時々びくりと震えるのを感じ取る。
そんなことを繰り返していくうちにたまらなくなり、後ろの準備はまだ中断したままだったが、ストックはロッシュの様子を伺った。
「ロッシュ。もういいか」
「随分性急だな。そんな余裕ねえのか」
「……黙っていろ」
図星を突かれることは良くあることで、また余裕が無いのもいつものことなのだが、こうも言われるのはさすがに男としてどうなのだと思ってしまう。
相手も立派な男なのだから拘っても意味がないと言ってしまえばそれまでかもしれないが、そこは一応最初のきっかけを作った側としては納得いかないものがある。
ストックはもう一度瓶の中のものを手に取って、ロッシュの足を抱えた。そしてそのまま指を今度は二本一気に挿入させる。
ロッシュの表情に苦痛が浮かぶが構わずそのままもう少し奥へと指を埋め込む。ある一点に到達すると、ロッシュの身体が大きく跳ねた。
「ぐっ……」
快感すらも抑えてしまうこの男に、どうやったらあるがままに感じ取れば良いとわからせられるのか。永遠に解けない課題のような気もする。
今は深く考えず、ストックは指を引き抜いた。続いて自身に瓶の中身を塗りこんで、一気にロッシュの中に入り込んだ。
強い締め付けに快感を通り越して痛みを感じるが何とか堪える。最初の快感を何とかやり過ごして、ロッシュの様子を伺った。
ロッシュは息を荒くさせながら、睨みつけるわけでもなく少し苦痛を浮かべた表情でじっとストックを見ている。
「大丈夫か」
「なんとかな……」
「動くぞ」
「ああ」
了承を得たストックは一度足を抱え直すと少しずつゆっくりと腰を動かした。
挿入による不快感と痛みで萎えかけているロッシュのものを刺激することも忘れない。こちらは痛みを感じない程度の強さで擦る。
ロッシュの眉間の皺が深くなり、呼吸もさらに荒くなる。
ストックの方も挿入している局部への収縮による快感で段々と何も考えられなくなってくる。
と、名前を呼ばれた。
「ストック」
同時に後頭部にロッシュの右手の感触がしたかと思うと髪をぐしゃぐしゃに乱された。
このロッシュの行動に特に意味はなかっただろう、しかしストックは逆にこの行為で我に返ることができてしまった。
ロッシュとこのような行為をする時、ロッシュは自分がされる側にも関わらず常にストックのことを気にかけていた。
ストックとて当然のようにロッシュのことを気にしているのだが、当のロッシュは常にその一歩上をいっていた。
一度、こんな言葉を聞いたことがある。
「おまえが良ければそれでいい」
確かにこの行為自体、ストックが望んだが故に成り立つ関係だ。ストックが望まなければ途端に意味を成さない何かに成り下がる関係でもある。
しかしそれでも、例えロッシュが自分の満足以外の何を望んでいるのではないにしても、ストックはこのままで良いとは思えなかった。
少なくともストックはロッシュと繋がることにより、心身共に充足感を得ているのは間違い無いのだ。
ロッシュにも少しは、ただの身勝手ではあるが、ほんの少しでもいいからそれを味わってもらいたい。
ストックは意を決すると腹に力を入れ、覆い被さる姿勢から膝立ちの姿勢に変えた。
「……ストック?」
その行動にロッシュは訝った表情を浮かべていたがそれには答えず、ストックはロッシュの中心を手に取ったかと思うとその根元をきつく握りこんだ。
「ぐ、うっ……!」
低い呻き声を漏らし、苦しげな表情のままストックを睨み返してきた。
「おま、え、何しやがる……!」
「もう少し我慢だ」
「何、」
返答を待たずにストックはまた静かに律動を開始した。急所を抑えつけられているからか、ストックの局部に対する締め付けもかなり強くなっている。異物を入れられているロッシュの方が肉体的に辛いのは勿論なのだが、男として大事なものをきつく締め付けられるという意味ではストックもロッシュと同じ状態だった。
「……ロッシュ、もっと力を抜け……きつい」
「ふざけ、んな、だったら早くその手を離せ…!」
ストックの声もいい加減切れ切れだったが、ロッシュの方はやはりそれどころではないらしい。
そんな状態になってもまだ歯を食いしばり快感に抵抗している様は、焦らしているというよりもどちらかというと拷問をしている気分になってくる。
そんな状態であったので、ストックが腰を動かそうとしてもままならない。そしてロッシュだけではない、当のストックもさっきまで感じていた気持ち良さが完全に痛みにとって変わってしまっている。
しかしストックはロッシュの反応を注意深く観察した。どこかに芽は無いだろうか、ほんの少しで良いのだ。
いきなりは花咲くことなど望んでいない、少しでもロッシュが気持ち良くなれる糸口を。
そして今実際にやってることは望みとは正反対のことで、余りに簡単なその矛盾点にストックは小さく笑った。のち、一瞬でその笑みを消すと、ストックはロッシュの性器を掴んだ手を動かした。
根元に近い中指から小指と親指は締め付ける役目を負わせ、その残りの人差し指でロッシュのものを刺激した。
先端に近づけようとできるだけ指を伸ばす。
「ふ、ぐっ……」
ロッシュの口から苦しげな息が漏れることに妙な満足感を覚える。恐らく相手が親友のストックだからなのだろう、妙に意地を張るこの男は声を漏らすということすら遠慮がちだ。
男同士なのだから相手に声を聞かれたくないという思いなどがあるのも確かに当たり前ではあるが、我慢はして欲しくなかった。
対等ならば我慢などしなくていい、少なくともストックはしていないのだ。ロッシュがする必要などどこにあろうか。
口で言ってもわからないなら実力行使しかない。
しかしそんな思考もロッシュの言葉で全て消えうせる。
「ストック……」
ロッシュの悲痛と言ってもいいほど必死な呼び声がストックの耳を突いた。同時に、ロッシュの中心を掴んでいる方の手首を強い力で掴まれる。
見れば、ロッシュが限界まで堪えた表情でストックを凝視して来ている。その顔にはストックからでもわかるくらいの汗を掻いていた。
それがただの汗なのか冷や汗なのか、ストックには区別がつかなかった。
「手ぇ離せ、頼むから……!」
ストックにはその懇願する姿さえも大変煽情的に見えた。例えロッシュの方がそうでないとしても、自分はロッシュを欲情する相手として見ているのだなとストックは改めて実感した。
最初はただの手段であったはずなのに、いやゼロではなかった。そうでなければ親友に手を出す男などいないだろう。
だが、回数を重ねることにより魅力を感じているのは確かだ。
もっと、もっとと。
純粋に性欲がそうさせるのか、それとも別の何かがそうさせるのか。今の霞かかった頭ではわからない。
「……わかった」
ストックは言われるがままにロッシュのものから手を離し、再び覆い被さった。
ロッシュの右手がストックの後頭部を強く掴んだ。
「ロッシュ」
その大柄な身体を抱きしめ、名を呼び、動きを再開する。
今度こそきちんとロッシュのものに刺激を与え、解放へと導いていく。手を上下させてロッシュのものを擦り、大きく腰を突き入れる。
大して時間もかからずにその時は訪れた。
「っ……ぐっ……」
ロッシュの身体がひときわ大きく痙攣し、ストックの手を汚した。少し遅れたタイミングでストックもロッシュの中に精を解き放つ。
息を整えながら身体を引き、ロッシュの身体に触れようと手を伸ばす。その時、ぺちんと軽い音が室内に響き、数秒後に頬を叩かれたと気づいた。
「本当ならぶん殴ってやりてぇところだ」
見れば、ロッシュが怒りを隠さず、寧ろ殺気すら感じる勢いでこちらを睨んでいる。
本当に殴りたかったのだろう、恐らくこの後のことを気にしての事に違いない。顔に傷をつけて戻れば、レイニーなり誰なりが必ず心配する。普通の喧嘩ならばそれで傷を作ったところで問題はないだろうが、今はまずい。
この行為自体が最低のものではあるが、嘘は少ないに限る。
しかしストックは思ったよりも冷静な声で答えていた。きっと予想していたからだ。
「……気に入らなかったか」
「あのなあ……!」
「俺は単純に、そうした方がおまえも快感を味わえるんじゃないかと思っただけだ。俺ばっかり……そんなのは対等じゃない」
「だから俺はそんなもんはどうでも良いって言ってんだろ」
「例えおまえが良くたって、俺が良くないから駄目だ」
「……頑固なやつだな」
「お互い様だ」
そう言うとロッシュは大げさにため息を吐いた。大げさなどではなく、心からのものである可能性もあったが。
「あんま気にすんなっての。まあ、その、なんだ。一応俺も出してるわけだし」
「そんなのはただの生理反応だと、思っているだろう」
「……良くわかるな」
「当たり前だ」
ストックはむすっとした眼差しをロッシュに向けると、ロッシュは気まずそうな顔で視線を逸らした。
「だったら別に良いじゃねえか。俺はもう充分だ」
「俺はよくない」
親友の表情は気まずさを超えて呆れたものになっている。良く考えてみれば親友のこの表情こそ、ストックが一番良く見ているものかもしれない。
数えようと思ったこともなかったが、今まで何回くらい呆れさせてきただろうか。しかしそれでもロッシュはストックを見捨てなかった。
どんなに危険な任務に就くときでも、心配はおろか、時には本気で怒り叱られたこともあった。もっとも、ストックがその意見を省みたことも無かったが。
「いつも俺はもらってばかりだ」
「……何をだ?何かおまえにしたっけか」
「自覚が無いのがおまえの悪いところだな」
「そうか?」
ロッシュは首を傾げている、ポーズでも嘘でもなく本気で、だ。
「まあ長所でもあるかもしれないが」
「どっちだよ」
「どうせわからないのだから、言っても無駄だろう」
「ひでぇ言い草だな……」
「だからせめて、俺が出来ることは全部おまえにしてやりたい」
「それがさっきのアレだってのか?すげえ突飛な気がするんだが」
「気にするな」
ストックが力強く頷くと、ロッシュは自分の顔を手で覆い、壮大なため息を吐いた。
「だから、そういうのはいいんだって」
「俺ばっかりよくなってもしょうがないだろう」
「よくないわけじゃねえって言ってんだろが」
「…………」
「…………」
また話が最初に戻ってしまい、ストックとロッシュはしばらく睨みあっていたが、やがてどちらからともなく深く息を吸い視線を外した。
「とりあえず埒が明かねえから寝るか、って何だその顔は」
ストックは普段無表情なその顔でもわかりやすすぎるほどの不満を露にした。
「もう一回くらいはいけるだろう、それともおまえはもう満足で無理か」
「俺は何回だっていいさそりゃあ。明日ちゃんと起きれるくらいならな」
「それなら、五回とかでもいいんだな」
「……どんだけやりゃ気が済むんだ」
「もっと良いのか」
「その前におまえの体力が持たんだろ」
「そんなことはない。試してみるか」
「やらねえよ!」
ごつ、と平手よりは重いが本気ではない強さの拳がストックの頭を打った。
「……冗談だ」
「ほんとかよ」
「本気のが良いのか?」
親友はしかめっ面でまだ茶化そうとするストックに腕を伸ばしてきて、手の甲で頬を打った。
「拳で打った方が良かったか」
「遠慮しておく」
「そりゃ残念だ」
回ってきた腕がストックの首の後ろに回される。抵抗せずに身体を密接させた。互いの息遣いが聞こえる距離だ。
ストックの胸に何か温かいものが広がっていく。
顔を背けているロッシュの耳にかかっている髪を退け、耳たぶを甘噛みした。
それに対抗してか、ロッシュは指でストックの耳を弄び始めた。指の腹で全体を撫ぜ耳たぶを親指と人差し指で掴んでいる。
「…………」
「なんか言いたそうだな」
「……なんでもない」
ストックはむっとした表情で、挑発をかわすためにロッシュの口を塞いだ。すぐさま舌も挿入し、ロッシュのものと絡ませる。
静かな室内で湿ったその音はやけに大きく響く。
すると、ロッシュがストックの背中をぽんぽんと二度叩いてきた。何事かと唇を離し、ロッシュに問う。
「どうした」
「身体を起こせ」
「構わんが」
ロッシュの意図が読めないままにストックは身体を起こす。するとロッシュも上半身を起こし、座った状態のストックをぐいと抱き寄せた。
その状態のままロッシュの背中が壁に接するくらいまでずるずると移動する。
「この方がいいだろ」
「…………」
ストックは言葉を返す代わりにロッシュの唇に己のものを重ねる。勢いでロッシュの頭が壁にぶつかり、音を立てる。
呻くロッシュを無視して、舌を絡ませ続けた。左手はロッシュの手を握って壁へと押し付け、右手は腰へと回した。
やがて息が続かなくなり顔を離すと、ストックはロッシュに全体重が圧し掛からないよう気を付けながら、膝を脇に付いてロッシュの上に座った。
「重くないか」
「大丈夫だ」
本来ならばお互いの位置が逆のはずだが、いかんせんストックはロッシュを己の膝の上へ座らせることはできない。
しかしそんなことは気にせず、ロッシュは己の上にストックを座らせた。ストックも抵抗などしない。
ストックはまず両腕でロッシュの逞しい肩に触れた。まずは右肩、それから左肩へ。
両の手のひらを使って撫で回していると、ロッシュの汗ばんだ手のひらがストックの顔に触れてくる。
お互い無心で意味のない行為を続けた。
肌に触れ、擦り、ぽんぽんと叩く。
体温は生きている証だ。
汗ばんだ肌は若干べたべたしている。
「ストック」
声を掛けられて目をそちらに向ければ、ロッシュに引き寄せられた。
ストックはロッシュの肩に顎を乗せて背に両腕を回し抱きついた。
「……重くないか」
「そんな心配すんなよ」
「…………」
ストックはロッシュの言葉に甘えることにして、その体勢でロッシュに抱きついていた。
いつまでも。
いつまでも。



-----



「やっと離れたか」
「…………」
何だかんだでストックが離れたのはストックの力が完全に尽きた後だった。
ストックはロッシュの横でうつ伏せになり、荒い息を整えている。
「俺は一回シャワー浴びてくっからな。寝てるなら寝てろ」
「……俺も行く」
「動けねぇくせに何言うか」
「……そんなことは」
ないと言ったものの、ストックはすぐに身体を起き上がらせることができなかった。
鼻で笑ったロッシュを恨みがましい目で睨みつけたものの、ロッシュは笑うばかりだ。
確かにこの状態では笑われるのも無理はない。
しかしだからといっても、悔しいことは悔しい。
「……何故いつも負けるんだ」
「逆におまえに負けたら、俺の立場がねえだろうが」
「そんなことはない」
「あるっての!」
体格が違いすぎるだろうが、とロッシュは笑いながらストックの頭を叩き、立ち上がった。
「ともかく俺はシャワー行くからな。おまえは黙って寝てろ」
「…………」
「シャワーから戻ってきても起きてたら行きゃいいだろ。じゃあな」
そうじゃない、と反論する前にロッシュは部屋から出て行った。
男同士でやるからには色々と後始末が必要で、ロッシュは気にするなとは言う。
だがそれを全てロッシュに押し付けるのはストックの本意ではない。
とは言え、この状態では何を言えたものではない。
コントロールしなければとは思うのだが、数週間空いてしまうとつい自制が消えてしまうのだ。
終わった後動けるだけの体力は残しておかなければ。
そんなことを思いつつも身体は睡眠を求めている。
ロッシュの後にシャワーを浴びるのは恐らく無理だろう。
ならばせめてロッシュが出てくるまでは起きていたい。
そんなことを考えている間に扉が開いてロッシュが戻ってきた。
「なんだ、寝てなかったのか」
「悪いか」
「いや、別に構わんがな。で、シャワーどうすんだ」
ロッシュは濡れた髪をわしゃわしゃと拭きながら寝台に腰掛けた。
「……寝る」
「そうか」
「おまえも寝ろ」
「言われなくたって寝るさ」
「早くしろ」
「髪拭いてんだから待てって。おまえが前に言ったんだろ、ちゃんと髪拭けって」
「……いいから」
苦笑するロッシュの腕を引いて寝台に倒れこませると、ストックはうつ伏せのまま、ロッシュの肩に腕を乗せた。
顔はロッシュと逆側を向いているがこれでいい。体温は良いものだ。
するとすぐに睡魔が訪れてきた。
さすがに張り切りすぎて、体力が限界を訴えている。
ロッシュが何か言ってきたのはわかったが、言葉を理解する前に意識が遠ざかる。
ロッシュの腕が触れてきたのがわかったが、その後は記憶に無い。
一度も目が覚めることなく、朝までぐっすりと眠ることができた。



平上作
2012.08.08 初出

RHTOP / RH-URATOP / TOP