扉を開ける前、いや医務室の中でマッサージを受けている最中から、ロッシュは奇妙な気配を感じていた。戦場で攻撃対象とされた時に似ているが、それよりは鋭くない。殺気混じりの狙いは毛が逆立つような、ぴりりとした痛みが伴うものだが、今受けているものはそれとは少し異なる。表皮に張り付くような粘度の高さを持つ、説明し難い感覚。
「……じゃ、ありがとよ」
マッサージを担当した衛生兵に礼を言い、扉を開けると途端に気配が強くなった。鎧を着けていない分直接的に皮膚が訴える感覚を、しかしロッシュは表に出さず、何事も無いかのように歩き出す。
そしてそのまま歩を進め、最初の角を曲がった、その瞬間。
「…………」
右と前から飛びかかってきた男達に、ロッシュは同時に拳と脚を叩き込んだ。
「がっ!」「ごっ……」
右の男の胸元に掌底で一撃、歩き出す速度のまま脚を蹴り出して正面の男の下腹に一撃。濁った悲鳴と共に襲撃者達が吹っ飛ぶが、ロッシュはそれを見ることもしない。そのままくるりと身体を反転させ、回転する勢いを殺さず、背後から襲いかかってきた男の胴を鍛え抜いた脚で薙いでやる。
「たいちょぐっ……」
またしても吹っ飛び、壁に叩きつけられる身体。これで3人の男が周囲に転がることになったが、それでもまだ終わらない。
「くっ……」
振り向いた先に1人、背後に1人。転がる仲間の身体がを飛び越えてかかってくる男の胸ぐらを、ロッシュは少し手を伸ばすだけで苦もなく捕らえた。そして相手の勢いを活かして振り回し、同じく背後から飛びかかってきた最後の1人に思い切りぶつけてやる。
「ごっ」「ふべっ」
「……」
人と人がぶつかり合う、何ともいえない鈍い音が、砂の砦の廊下に響き渡る。ロッシュはそれを聞きながら、目の前に転がる5人の男達を見遣った。受けたのはそれぞれ一撃ずつのはずだが、誰も直ぐには動けず、崩れ落ちた格好のまま呻き声を上げている。鍛え方が足りん、とロッシュは憤慨した……そこに転がっているのは全員、ロッシュ隊の隊員だったからだ。
「おい」
最もダメージが軽そうな1人を選び、ロッシュはその胸ぐらを掴み上げた。傷が痛んだのか悲鳴に近い声を上げるが、そんなことに頓着はしない。骨が折れない程度に加減したのだから感謝して欲しいものだと、心中吐き捨てたくらいだ。
「……どういうつもりだ、あぁ?」
低い、地の底から響くような声で、5人の隊員達に問いかける。口調を荒げるわけではない、むしろ静かな物言いですらある。だがそこに込められた極低温の怒りは、日頃ロッシュの怒声に慣らされた隊員達ですら硬直せずに居られない恐ろしさをはらんでいた。そんな声を吹き込まれた隊員達は、当然竦みあがったまま固まってしまい、問いに対して有効となる答えを返すことができない。声すら出ないのは殴打の衝撃から立ち直れていないのか、それとも恐怖故か――少なくともこの取り調べに耐え抜こうと決心してのことで無いのは、蒼白になったその顔から明らかである。
しかしロッシュは、恐怖に震える隊員達にも一切容赦することはしなかった。規律に反しない限りは好きにやらせる方針だが、隊長相手に複数人で襲いかかるなどということは、自由の範囲から大きく逸脱する。手心を加える必要は無し、ただし後遺症が残るような怪我は、軍を追放する程の罪状が確定してから。そう判断すると、ロッシュは隊員の胸ぐらを掴んだまま、無造作に立ち上がり。
「あぐっ……」
そして右腕一本で相手の身体を高く掲げ上げた。長身のロッシュが目線より高くまで腕を持ち上げれば、必然的に男の足先は床から離れることとなる。自重で首が締まり、呼吸ができずにもがく隊員を放置し、ロッシュは残り4人にゆっくりと視線を送った。そして掴んだ隊員の意識が飛ぶ寸前を見計らい、呼吸ができる高さまで腕を降ろしてやる。
「……がほっ!げふっ、げふうっ……」
「ひっ……」
腕一本で吊り上げられた不自然な姿勢のまま、空気を求めてあえぐ仲間に、隊員たちの顔色が青を通り越して紙のように白くなった。
「もう一度だけ聞く。どういうつうもりだ?」
「あ、あの……その……」
「…………死にてえのか?」
「ひっ、ひいっ!」
静かに言い放たれたロッシュの言葉に、恐怖を生存本能が上回ったのか。4人の隊員達が弾かれたように立ち上がる。そのまま逃げ出すのであれば、背後から掴んだ男の身体を叩きつけてやろうと身構えていたロッシュだが、隊員達もそこまで理性を失ってはいなかったらしい。ロッシュの前に整列し、震える身体はそのままに、揃って敬礼の姿勢を取った。
一応ではあるが示された恭順の意を確認すると、ロッシュは一端警戒レベルを下げることにし、掴んでいた隊員を離してやる。解放された男はそのまま崩れ落ちそうになったが、気丈にも倒れる寸前で踏みとどまり、ふらつきつつも残りの4人に続いて敬礼の体制に入った。
「もっ……申し訳ありませんでした!」
そして全員が並んだところで、同時に、謝罪と共に頭が下げられる。角度まで揃った見事な礼に、ロッシュは呆れるのを通り越して感心してしまった。しかし勿論完全に警戒を解いたわけではない、隙を突いての逃亡を防げるように、砦出口と5人の間に自分の身体を移動させる。
「……他には?」
「は、は、反省しております!」
「それが事実かどうかは、今から俺が判断することだ。……お前、代表で説明しろ」
5人の中から適当な1人を顎で指す。指名された1人は目に見えて震え上がったが、それでも上官の指示には条件反射で従うように訓練されている軍人達だ。ぴしりと背筋を伸ばすと、震える声で弁明を始める。
「そ、その……我々、練習したんです」
「あ?」
「それはもう、物凄く練習しました! お互いが練習台ですが、本職にも負けない腕になったと自負しております!」
「……いや、何のだ」
「ですから、是非隊長にも……その、成果を味わって頂きたくて……」
「だから、何のだよ?」
緊張しているのか態となのか、決定的に目的語を欠いた文法だ。状況から言えば格闘の、という単語が連想されるが、それでは微妙に意味が通らない。
説明にならぬ説明に、ロッシュの眉間に刻まれが皺がどんどんと深くなってゆく。それに気づいた隊員は、慌てて背筋を伸ばして、欠けていた単語を高らかに宣言した。
「マッサージの、です!」
マッサージの――練習をした。
マッサージの――本職にも負けない腕だ。
マッサージの――練習成果を味わってもらいたい。
成る程、確かに言葉としての意味は完全に通る。発言全体としての整合性も、一応有ると言えるだろう。だが現状起こったことに対して説明が付いているとは、とても思えないのだが。
「……どっから聞いたもんか迷うが……」
予想していた諸々の斜め上方に飛んでいった回答に、ロッシュは軽い頭痛を覚えつつ。それでも状況を把握せんと、追求すべき事項を必死で整理する。
「まず、お前ら。適当なこと言って誤魔化そうなんぞ、考えてねえだろうな?」
そう、まず真っ先に確認する……というより殺いでおかなくてはならない可能性は、それである。普段から隊員達の自由を尊重しているロッシュだが、それが理由で軽視されているという事態は、十分に考えられた。
親しく思われるのは構わないと思っている、ロッシュと隊員の年齢差を考えれば威を示して抑え付けるよりも自然だろうし、隊としての一体感を保つためにも有用なことだ。しかし親しみを覚えられるのと舐められるのは決定的に異なる、後者は絶対に防がなくてはならない。上官が下の者に信頼されていない状態では、戦場の極限状態で指揮系統を維持できるはずもないからだ。特に訓練の足りないこの部隊では、生死をを分ける一線のうち一つと言ってもいい。
「いっ、いえ、まさか……!」
「ふん……どうだかな」
「本当ですっ! 誓って、本当のことを話しております!」
顔から、そのまま卒倒するのではないかというほど血の気を無くした隊員が、必死の弁明を繰り返す。それにロッシュは敢えて無言を返し、隊員達全員の顔に、ゆっくりと視線を走らせた。どの隊員も演技ではとても出来ない程度まで顔色を悪くし、手足の細かい震えは未だ止まっていない。意志の力で制御するのは難しいであろう肉体の反応に、とりあえず恐怖に駆られているのは本当だと、ロッシュは判断する。その状態でまだ嘘を吐き通せるかどうかは、個人差があるから何とも言えないが。
「お前。……お前はどうだ?」
「はっ、じ、じ、自分も同じ考えです! ノア様に誓って、彼は本当のことを言っております!」
「いや、んなこと誓われても、ノア様も困るだろうが」
今まで話していたのとは違う隊員を指名し、それでも同じ回答が帰ってきたことで、とりあえずは彼らの弁に嘘が無いと仮定することを決める。しかしそうであっても、言っていることの意味が分からないという事実は変わらないのだが。
「まあ、それに関しては一旦置いておく。とりあえず嘘じゃねえとして……何だよ、マッサージってのは」
「ええと、先日行われました、隊長のお身体を解す権利の争奪戦ですが」
「……ああ」
言われて思い出した騒ぎに、ロッシュの顔が微妙に歪んだ。しばらく前に起こったその事件でロッシュは、何故か彼の身体をマッサージする権利を賭けて、隊員ほぼ全員と模擬試合を行う羽目になったのだ。しかしあれはロッシュが全勝し、且つ砦の責任者であるビオラ准将に開催を禁止されることで、全ての決着が着いているはずなのだが。
「あれは深刻な怪我の可能性があるから、禁止を申し渡されているだろう」
「それは承知しております! ですが我々は、どうしてもあの結果に納得できないのです!」
「……どういう意味だ? あの時は、全員きっちり叩きのめしてやったと思うが」
「いえっ、そういう意味ではなく」
ちらり、とロッシュの目に宿った剣呑な光に、隊員たちが揃って首を横に振った。
「あの大会で、隊長の身体を解す権利はストック副隊長のものとなりましたが」
「あー、そうだったな」
そう、何故か隊員達の馬鹿騒ぎに乗ってきたストックとも、ロッシュは一騎打ちをすることになったのだ。結果は時間切れによる引き分けだったが、最も実力が拮抗していたという理由で、隊員達が熱望していたマッサージ権はストックの手に渡ることとなった。
「しかしここしばらく拝見していたところ……ストック副隊長は、その権利を行使している様子がありません!」
「…………」
「現に今も隊長は、医務室に寄っておいででしょう! これは副隊長が、権利を放棄したと見なせると思います!」
何故か拳を握りしめて力説する隊員を、ロッシュは生暖かい目で眺めた。権利も何も、ストック自身はその場の流れに乗っただけで、実際にロッシュの肩を揉みたかったわけではないだろう。ロッシュとしても、色々仕事を頼んで忙しくさせている副隊長を、そんな個人的な用事のために使うつもりは無いのだ。隊員たちの手前一度だけはやってもらったが、以降はそれまで通りに、医務室の衛生兵に解してもらっていたのだが――それを不服として、隊員たちはこんな馬鹿をしでかしたというのか。
通常であれば有り得ないと一蹴できる話だが、毎日の配膳係争奪戦だの、先日のマッサージ権争奪騒動だの、定期的に理解不可能な事態を引き起こすのがロッシュ隊の傾向らしい。それを考えれば今回の主張も全くのでたらめと言い切れないのが、ロッシュにとって困ったところだ。
「ストック副隊長が権利を放棄なさったのなら、我々がマッサージを行っても構わないでしょう!」
「構うに決まってんだろ、馬鹿が!」
「ええ、そうおっしゃると思いました! ですからお話しするよりも先に、俺たちの腕を見て頂こうかと考えたんです」
「成る程。それで俺を力尽くで押さえようとして、結果がこの様だってわけか」
「…………はい」
「……………………」
「は、反省しております!」
「嘘つけ……」
いよいよ頭痛が酷くなってきて、ロッシュは片手で頭を押さえた。先ほどまでの恐怖に震える態度は何処へやら、話が本来の目的に到達した途端、全員の目がきらきらと輝き始めたのが明確に見て取れる――これの何処が反省している態度だというのか、可能なら教えてほしいものだ、聞く気は無いが。
「隊長! 乱暴な手段を取ろうとしたのは申し訳ないと思っております、しかし……我々の覚悟は本物です!」
「技術にだって自信があります、是非一度味わってみてください! そうすればきっとお考えも変わります!」
「衛生兵にも負けない程、いえそれより遙かに気持ちよく解して差し上げます! きっとご満足頂けますから……!」
「ちょ、ちょっと待てお前ら黙れ、他の奴の発言を許可した覚えはねえぞ!」
「いいえ黙りません、我々の覚悟を分かってくださるまでは!」
本当に、先ほどまでの殊勝さは一体何処に消えたというのか。5人が5人とも目を妙な色に変え、息荒くロッシュに詰め寄ってくる、その気配は先ほど医務室で感じたものと全く同一のもので。ロッシュの理性は、隊長として彼らの暴走を止めねばならないと判断していた。しかし感情の側では、もう彼らを殴り倒してでも良いから、さっさとここを去りたいという強烈な忌避感を訴えてきている。
「分かった、お前らの覚悟とやらはよく分かった……」
「隊長、それじゃあ!」
「分かった上で却下だ! 馬鹿言ってる暇があったら鍛錬のひとつでもしてやがれ!」
「そんな、酷いです隊長!」
「やっぱり俺たちの気持ちを分かってくれていないじゃないですか!」
「俺たち絶対に引きません、隊長に受け入れて頂くまでは……!」
言葉の通じない種族に相対している気がして、ロッシュは目眩を覚えた。ロッシュの戦闘能力からすれば、ガントレット以外の装備を持たずに5人を相手したとしても、間違いなく負けることはないだろう。口でどう言おうとも実力行使が不可能なのだから気にかける必要は一切無い、それなのに何故か、ロッシュの感情は全力でここから離脱することを望んでいた。心臓の筋を逆撫でされるような気持ち悪さを感じ、生じそうになる身震いを必死に堪える。ロッシュが感じたそれは実のところ、補食対象として認識された生物が覚えるのと同様の感覚だったのだが、同じ経験を殆ど持たない彼にそれは分からない。ただ曰く言いがたい、認めたくは無いが恐怖に近い感情が沸き起こるのを、ロッシュの憎たらしい程に冷静な理性は確かに理解していた。
「隊長!」「隊長!」
有り得ないこと……そう、戦場ですら殆ど経験したことがないことだが、ロッシュは無意識に一歩、後退していた。理性も感情も飛び越えた本能的な部分が退避を訴えている、それを拒んでいるのは隊長としての義務感、ただそれだけだった。
もはや言葉も出せずに立ち尽くすロッシュに、隊員達がじわりと近づいていく……そこへ。
「待ったああああああ!」
突如として割り込んできた、影。
ばらばらと飛び込んできた彼らの数は合わせて5人、全員ロッシュと隊員達の間に立ち、何故か無駄にポーズを付けて指を突きつけている。
「お前ら……えーっと、ビオラ隊の?」
アリステルの兵装をした彼らはロッシュ隊の者ではない、しかしこの砦で見かけた気はするから、おそらくビオラ隊の所属なのだろう。その判断は正しかったようで、彼らのうち中央に立つ者が頷きを返した。
「はい。我々ビオラ准将親衛隊……」
「へ、しん……何だって?」
「っと、もとい、ビオラ隊に所属している者です。失礼ながらこれまでの経緯、影ながら拝見させて頂きました」
そう言いながら彼が指差したのは廊下の角を曲がったところで、要するに覗き見に近い行為を行っていたということだろう。確かに砦の中で大騒ぎしているのだから、気づいた人間がやってくるのは当然だが……それならもっと早く声をかけても良かったのに、とロッシュは愚痴混じりの感想を抱く。
そんなロッシュの言葉にならない内心など当然彼らは頓着せず、というかそれ以上ロッシュ自身には構う様子はなく。彼はくるりと、ロッシュ隊の隊員達に向き直った。
「その上で言いたい。君たちは間違っている!」
「なっ……何だと!」
きっぱり、全く無駄としか言いようが無いほど堂々と宣言された内容に、ロッシュ隊の者たちは一様に気色ばんだ。彼らから見れば、上官に襲いかかるまにで固くした覚悟とやらを真っ向否定されたのだから、当然の反応と言えるだろう。しかしビオラ隊の隊員はその剣幕に対してちらりとも動じようとせず、真剣な顔つきで彼らを睨み返した。
「上司を敬愛する、その気持ちについては理解できる……恐らくこの大陸内で我らビオラ隊が、間違いなく一番お前たちのことを理解できる」
「………………」
「いや、お前たちは俺たちのことを理解できないかもしれない。それほど俺たちの准将への思いは深い……だが逆に、お前たちの気持ちは間違いなく俺たちの気持ちの一部と同一だ」
拳を握りしめて力説する男に、ロッシュの胸中をうそ寒い風が吹いた。ビオラ准将といえばその強さと共に強烈なカリスマでも有名だが、その彼女の直属ともなると、彼らのようになってしまうものなのだろうか。そしてその彼らに理解できると言わしめる自分の隊員は一体……その事に思考がいくと、何とも言えない遣る瀬無い心持ちになってくる。
「だがっ、だからこそ言いたい!」
びし、と音を立てそうな勢いで、ビオラ隊の男がロッシュ隊に向けて指を突きつけた。……先ほどからずっと同じ体勢でいたのに、何故改めてやり直したのかは不明である。
「お前らのように、上官を自ら手にかけようとする態度は、完全に間違っている!」
「いや、手にかけるって何だよ……」
まるで自分が殺されかけたかのような言い方に、ロッシュは小声でつっこむが、当然それに対して返る答えは無い。
「敬愛とは、敬い愛すること! お前たちの……そして俺たちのような一部下が、上官を直接どうこうするなど、許されないと知れ!」
「なっ、お前らにそんなことを言われる筋合いは……」
「あるっ! 同じ道を行く先輩として、お前たちを教育してやる義務が、我々にはあるのだ!」
熱く語る男達は、もはやロッシュなど完全に置き去りにしていた。5人対5人、計10人の世界に、完全に突入してしまっている――と思ったら、唐突にビオラ隊の隊員が、くるりとロッシュの方に向き直った。
「そんなわけで、彼らをお借りしたいのですが」
「へ」
「一晩かけて、みっちり上官への態度というものを教え込んでやります」
「……あー、うん」
彼の言葉に良い予感はしない、というかむしろ積極的に凄く嫌な予感はするのだが、さりとて今の隊員達が真っ当な状態とは決して言えず。どうしたものかと考えたロッシュが下した結論は。
「……好きにしてくれ……」
疲れ果てた様子で発せられた許可に、ロッシュ隊の隊員達は不満の声を上げていたが、それすらもどうでも良く感じられた。成るように成ればいい、そんな投げやりな態度で、ロッシュはひらひらと手を振ってやる。
「そんな、隊長!」
「有り難うございます、けして悪いようにはしませんから!」
「あー、一応任務に支障が出ない程度で頼むぜ」
「勿論です、そんなことをしたら、ビオラ准将へのご迷惑にもなりますからね!」
「……」
確かにそれなら絶対に信頼できるな、とロッシュは引き攣った笑いを浮かべながら考えた。
「よし、じっくり教育してやる! 」
「隊長、俺たち絶対に負けませんから!」
「何にだ、何に……」
ビオラ隊一人がロッシュ隊一人をそれぞれ捕まえ、砦の奥へと引きずっていく。それをロッシュは呆然と見送り、彼らの姿が消えた後もしばらくそのまま立ち尽くしていたが。
「…………戻るか」
やがて、ふっと正気に戻ると。悪夢から覚めた時のような重い気分で、ふらふらと部屋に戻っていった。
――――――――――――
そして翌朝。
「隊長、おはようございます!」
朝食を食べているロッシュのところに現れたのは、昨日彼に襲いかかってきた5人組だった。一瞬身構えそうになるロッシュだったが、他の隊員の手前動揺は見せられない。
「おう。どうした?」
「いえ……昨日は、申し訳有りませんでした!」
そしてまた彼らは、角度まで揃った見事な礼を、ロッシュにしてみせる。何事かと他の隊員が伺う気配に、ロッシュは頭痛が再発するのを感じた。
「我々、あの後先輩方からお話を伺いまして」
「おう」
「今までの我々の考えが、間違っていたことを悟りました……!」
「…………」
「敬愛する隊長を我々ごときが直接マッサージなどと、身の程知らずな考えでした……」
ということは、昨日のビオラ隊との勝負――何の戦いかはさっぱり分からないが――に、彼らは敗北したのだろう。上官に対する態度とかいうものを一晩みっちり教え込まれた、その結果が今朝の彼らということか。
「隊長にも非常な迷惑をお掛けしました。改めて、申し訳有りませんでした!」
「あー……いや、もうしねえんならそれで良いから」
「有り難うございますっ!」
もう良いからさっさと行ってくれ、というロッシュの心の声を聞いたわけでもないだろうが。彼らは最後に敬礼を(やはり5人揃った見事な角度で)行うと、ロッシュの前から散っていった。
「…………」
とりあえず、分からないことは山のようにあるが、彼らがマッサージを求めて襲ってくることは今後無い……だろう、多分。その点だけ言えばあの時のビオラ隊に感謝しても良いのかもしれない、しかし。
「……ビオラ准将も、苦労してらっしゃるんだろうなあ……」
上に立つというのは大変なことなのだなあと。
この時ばかりは人事ではなく思い、ロッシュはひとつ、大きな溜息を吐いた。
セキゲツ作
2011.05.08 初出
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