光に包まれて、人々が笑っている。
 夜、しかも屋内だというのに、この広間はきらびやかな光で満たされていた。かつてアリステルで慣れ親しんだ魔動の光は、このグランオルグでは一切使われていない筈だ。しかしそれと錯覚しかねない程の光量が、舞踏会に参加する人々を照らし出している。灯りの数が多いのは勿論だが、その周囲に被せられた複雑な形状の硝子細工が、炎の発する光が何倍にもなるように周囲に拡散させているのだ。うまく考えられているものだと、ビオラは内心感嘆する。
 もっともそれは、このグランオルグ王宮の広間だから許される贅沢だろう。光量だけでなく美しさも一級である硝子の火屋は、恐らく相当に高額の品だ。庶民がおいそれと所持できるものではないと、説明を受けずとも推測できた。そして勿論、高価なのは火屋だけではない。壁面にかけられた織物やさりげなく置かれた調度品なども、素人目に見ても分かる程豪奢なものである。
 置物だけでなく、衣服もそうだ。グランオルグ側に用意してもらったビオラの夜会服は、見た目に華美な装飾こそ無いものの、最高級の生地で作られていることが着心地で理解できた。ぴたりと胴に吸いついた布はビオラの動きに完全に追随し、腰の部分から少しずつ広がって到る裾は、複雑で柔らかな動きを以て見る者を幻惑させる。ビオラの美しさを完璧に際立てるそれは、しかし無骨な金属に慣れ親しんだ彼女にとって、何とも心もとない装備であった。
 光に満ちたきらびやかな広間で、美しいドレスを身に纏って舞踏会に参加する。もっとずっと若い、剣を取り戦うことを知るよりも前のビオラならば、夢のようだと思ったかもしれない。今となっては戸惑うばかりだが――物思いに沈みつつ杯を傾けるビオラに、一人の男が近付いてきた。
「失礼。宜しいでしょうか?」
 若い男だ。相手に自分の魅力を訴える際に作る笑顔を浮かべつつ、慇懃な礼をしてくる。グランオルグの貴族のようで、王族の宴に相応しい礼服を、兵士が鎧を着るように着こなしていた。ビオラは、礼を失しない程度に笑みを浮かべ、優雅に一礼を返してみせる。動きと共にふわりと裾が翻るのが、何とも苦々しい。だがビオラの内心など意に介した様子もなく、男は満面に笑みを浮かべ、戦女神に会えた喜びを熱弁してきた。挨拶代わりの美辞麗句かと思ったが、話がそこから先に進む気配も無い。ただひたすらにビオラを賛美するという、意味など欠片も見いだせない一方的な会話は、ヒューゴが独裁を振るっていた頃の軍議を思い出させた。
「いや、本当に私は運が良い。歌に聞こえた麗しき戦女神殿と、こうして言葉を交わせるとは」
 これが社交というものなのだろうか。ビオラは、先程から会う人間全てと同じことを話しているような気すらしていた。ビオラの美貌と武勲を誉め讃え、面識を得たことを喜び、これからの交友を迫る。打算しか無い表情は、年齢も性別も越えて同じに見えて、区別を付けるのが難しい。舞踏会が終わり、一歩この部屋の外に出たら、ここで出会った人間の顔など全て忘れてしまいそうな気がする。勿論礼を失しないよう、言葉を交わした相手は頭に叩き込むようにしてあるが。
「よろしければ一曲、踊っていただけませんか?」
 と、そんなことを考えていたら、反応が遅れた。男に、手袋越しに手を握られ、ビオラは思わず眉を顰める。ビオラの考える度を超えた慣れ慣れしさに不快を覚えるが、相手は同盟国の貴族だ。残念ながら、あまり手酷く扱うわけにもいかない。
「踊りなど学んだこともない、不調法者ですので」
「そのようなこと。勿論私がリード致しますとも、安心して身をお任せください」
「いえ、しかし」
 やんわりとした拒絶の言葉は、相手の耳に届いていないらしい。あるいは、分かっていて敢えて無視しているのだろうか。手を解こうとするが、相手は力を込めてそれを捕らえており、さりげない動きで外せるものではない。笑顔の影に薄暗い腹が見えた気がして、ビオラは笑みが引き攣りそうになる。
 嫌悪感が抑えられなくなりそうで、ビオラは努めて己を落ち着かせた。強く手を捕らえられてはいるが、相手の苦痛を省みずにビオラが全力を出せば、簡単に解ける程度のものだ。いっそ、礼儀など忘れてそうしてしまおうかと、胸中に凶暴な思いが兆す。
 しかし、それが行動に移されるよりも先に、彼らの間に影が落ちた。殆ど同時に、男の悲鳴が響く。
「ロッシュ将軍」
 礼服に身を包んだロッシュが、いつの間にかビオラの横に立ち、男の腕を握っていた。相当な力が込められているのだろう、握られた箇所の服に大きく皺が寄っている。たまらず男が手を離す、その隙にビオラは腕を引き、一歩距離を取った。男は構う余裕も無いようで、情けなく顔を歪ませている。
「な、なんだ君は。無礼だぞ、手を離せ」
 震えた声で命令されても、ロッシュは動かない。指の一本どころか声すら発することすらせず、鉄で出来ているかのような無表情で、男を見下ろしている。鎧を脱いでも岩のような体格のロッシュのこと、間近から睥睨された圧迫感は相当のものだ。男の顔から笑顔は消え、ひたすらに怯えて歪んだ表情があるのみとなっていた。
「将軍。手を離したまえ」
 ビオラが言うと、ロッシュの手が広げられる。弾かれたように男が手を引き、自らの胸元に抱き込むようにした。恐怖を隠そうともしない男に呆れるが、それを表に出さぬように表情を繕う。
「私の部下です。有能な男ですが、忠実すぎるのが欠点でしてね」
 ロッシュは何も言わない。恐らく、表情ひとつ動かしていないだろう。見上げずとも、男の反応を見れば分かった。
「どうやら私が、酔漢に絡まれているとでも思ったようです。軍人故、貴方がたの流儀に慣れていないのですよ」
 笑顔。嫣然とした、目を奪わずにはいられない魅力を伴ったものだったが、男がそれに見惚れた様子は無い。
「何も危険は無いのだと、後でよく言い聞かせておきましょう。ところで、先程のお話ですが」
「いえっ、失礼致しました! お話できて光栄でした、私はこれで」
 先程までの押しはどこへやら、ほうほうの態で去る男の後ろ姿を、ビオラは苦笑して見送った。貴族と軍人は根本から違うが、それにしても芯のない男だ。見る目のある者ならば、実のある害意は無いことなど、簡単に見抜けるだろうに。
「大丈夫ですか? 大将」
 改めてロッシュを見ると、鉄面皮を一転させ、人好きのする笑顔を浮かべてビオラを見下ろしている。余裕のある部下に対して、ビオラは疲れた様子を隠そうともせず、小さく嘆息してみせた。
「大丈夫だ、とはとても言い難いな。貴族というのは誰を取ってもああなのか? この会場で、中身の有る話が出来た覚えが無い」
「そりゃお疲れさまです。まあ、向こうも様子見ってなとこなんでしょう、何せアリステル軍の総大将が相手ですからね」
 この舞踏会は、公式の席ではない。アリステルから訪れた使節を歓迎するために、女王個人が主催した宴席という体裁を取っている。会話が記録される訳ではなく、従ってこの場で何かを言ったからといって、公的な拘束力が発生することはない。
 ――ということになっているが、当然単なる建前だ。一定の地位を持つ者が、例え戯れ言でも何らかの言葉を発すれば、実際に影響が生じないわけがない。有力者への根回しや、公式の場に出る前の意見調整も、多くはこういった場で行われている。舞踏会という形こそ取らなかったが、アリステルでも似たようなことはあったから、ビオラもそれは理解できた。
 そしてビオラは、立場上はアリステル軍部の最高責任者である。貴族達からの接触が慎重になるのも、無理の無い話だ。娯楽と政治、体面と本音。入り交じる複雑な思惑を考え、ビオラはまた溜息を吐いた。
「全く。面倒なことだ」
「まあ、仕方がありませんや。ともかくもう少しは辛抱してください、明日のことがありますから、そう遅くまでは続かないでしょう」
「分かっている、これも任務だからな」
 自分よりも大分年下の部下に諭されるのは情けないが、今は気の利いた切り返しをする余裕も無い。ともかくロッシュの言う通り、途中で抜け出すわけにはいかない以上、終わるまで耐えて乗り切るしか無いのだ。一礼して離れていくロッシュを見送りながら、一体この宴はどれくらい続くのだろうと、戦女神らしからぬ弱気でビオラは頭を抱えた。


 ――事の始まりは、一ヶ月ほど前に遡る。
 いや、ビオラが認識したのが一ヶ月前というだけで、実際はもっと前から進行していた事項なのだろう。しかしビオラにとっての始まりは、一ヶ月前、ビオラの執務室においてのことだった。
「建国式典、ですか」
 珍しく部屋を、それもロッシュを伴って訪れたラウルが始めた話は、その時点ではさほど意外なものでは無かった。近く行われるグランオルグの建国式典に、国の代表として、ロッシュを伴って出席して欲しいとの要請である。
「ああ、本来なら僕かその代理が出席するべきなんだけど、どうしても都合が付けられなくてね。軍も忙しいのは承知しているけど、お願いできないかな」
「いえ、私はそれ程多忙なわけではありませんので」
 それは実際、誇張のない事実だった。ビオラは軍の代表だが、戦中に得た病の治療にかかっている為、あまり仕事は割り振られていない。勿論暇なことはないが、負担のかかる遠征や演習の指揮は殆どロッシュに任せてしまっているから、気遣われる程忙しいわけでもないのだ。
 気にするならば、ビオラの名代として多忙を極めている男の側である。ビオラがロッシュを見ると、ロッシュは渋面を浮かべて首を振ってみせた。
「俺も今のところでかい遠征は無いんで、空けられないことはないです。ただ」
「帰った後の書類が怖いかい?」
「それはいつもの事ですから。そうじゃなくて、ビオラ大将のお身体が心配です」
 ラウルの茶化すような口調には取り合わず、ロッシュは口を引き結んで不満の意を示している。ラウルは少しばかり寂しそうに肩を竦めると、机から書類を一枚、取り出してみせた。
「それについては、医療部に許可を貰っているよ。戦闘を伴わない、短期の遠征ならば問題ないそうだ」
 ロッシュはその紙を受け取り、ざっと目を通す。そして不承不承、ラウルに頷いてみせた。次いでビオラにも差し出されたそれを一瞥する。医療部が発行した、外出許可証のようなものだ。ビオラは入院しているわけではない、何処へなりとも出かけようと思えば出来るのだが、こうして形にすることで心を落ち着ける人達も居る。ロッシュがそうだし、軍に属する多くの兵、あるいはビオラを英雄と見る一般市民達もそうだ。もっともロッシュは、公式の書類を見ても、完全には納得していないようだったが。
「了解しました、ラウル首相。この件、軍部にて引き受けさせて頂きます」
「ああ、そう言ってくれると助かるよ。ビオラ将軍、確かグランオルグは随分久し振りだったんじゃないかな」
「条約締結の際に赴いて以来ですね。エルーカ女王にも、無沙汰を詫びなければなりません」
 ビオラが他国に赴くのは、正式に軍の総大将として着任して以来初めてのことだ。エルーカの側がアリステルを訪問することも多く、会うこと自体が久しいわけではないが、迎えられる側となるのはまた違う感覚がある。
「ビオラ大将、本当に良いんですかね?」
「勿論だよ、将軍。戦闘があるわけでなし、これくらいの仕事がこなせなくては、飾りとしての用も足りないだろう」
「飾りだなんて、そんなこと誰も思っちゃいませんよ。ただ、これはこれで結構しんどいと思うんで」
「本当に君は心配性だな」
 体も大きく、力も並外れて強いロッシュだが、見た目にそぐわず害に対して敏感過ぎるきらいがある。慎重という美徳で語られるべき素質ではあるが、さしたる危険があるわけでもない局面で発されると、さすがに苦笑せざるを得ない。
「君を随伴する必要もないと思うのだがな。将軍が二人共に居なくなってしまうのでは残された者も大変だし、私一人でも」
「やる気になってくれているのは嬉しいけど、将軍にとっては慣れない世界だ。何度かは、ロッシュ将軍に補佐させた方が良い」
 ふと真剣な顔になったラウルと、それに深く頷くロッシュに、違和感を覚えてビオラは首を傾げた。表敬訪問の何に、それ程の難しさがあるというのか。特にビオラは、本来ノアの傍付きであった経験から、一通りの作法は心得ているのだ。軍人になって長くはあるが、公式の使者に立ったとしても、恥じない所作で振る舞える自信はある。それともやはり歴史有る国の王宮、アリステルの常識を遙かに越えて厳しい礼儀作法があるのだろうか。ロッシュを見ると、沈鬱な顔でビオラを見ている。
「まあ、ともかく一度経験するのが一番だろうね。建国式典は来月、君達はその五日程前にグランオルグに行って欲しい」
「五日? それは、随分と時間を取りますね。式典の他に、何か任務が?」
「色々と準備があるからね。特にビオラ将軍は、ドレスの合わせもしないといけないし」
「ドレス?」
 耳慣れない単語に、一瞬目が点になる。
「式典で着用すると? しかし軍の代表として訪なうのであれば、礼式の鎧が適当では」
「いや、式典本番に着るものじゃないよ。そうじゃなくて、前夜に行われる舞踏会のね」
「――舞踏会、ですって?」
 ビオラはラウルを見た。困ったような苦笑が返る。ロッシュを見た。ロッシュはやはり沈鬱な表情のまま、大きくひとつ頷く。
「グランオルグに貴族制が残っているのは、将軍も知っているだろう」
 ラウルの説明に、ビオラは黙って首肯を返す。
「エルーカ女王の代になって随分縮小したけど、未だに大きな力を持っている貴族も多くてね。戦前、戦中に盛んだった貴族文化も、完全に無くなったわけじゃないんだ」
「それで舞踏会、ですか」
 着飾った男女が音楽に合わせて踊るのだと、ビオラも話にだけは聞いたことがある。一度だけ訪れたことのあるグランオルグ王宮には、確かに似つかわしい光景だろう。しかしそんな中に、剣を振るう以外のことを忘れてしまった軍人が入り込むのは、如何にも不自然に感じられた。
「あまり深刻に考えないでくれ、あくまで目的は式典への参加だ。舞踏会は親善の場に過ぎないからね」
 浮かない表情を見て取ったのだろう、ラウルは取りなすように笑ってみせた。
「僕もロッシュ将軍も、これまでに何度か参加している。公式の行事じゃ無いから、気楽なものさ」
「ロッシュ将軍、君も舞踏会に?」
 その言葉で思い出した、確かにロッシュからの報告で、何度か類する内容が記載されていたことがある。今まで、他国に遠征するとなるとロッシュの役割だったから、グランオルグの貴族文化に巻き込まれる機会も多くあったということか。
「ええ、まあ。任務みたいなもんですからね」
 あまり良い経験では無かったようで、応えるロッシュの表情は厳しい。彼も叩き上げの軍人だ。武器を取って戦うのは得意でも、華やかな場所で舞踏に興じるなど、得意な訳がない。
「成る程……すまないな、君にばかり苦労をかけて」
「いえ、それが俺の仕事です」
 生真面目な部下が、ドレスを着た女性と踊っているところを想像してみたが、全く想像が付かない。今回はビオラとロッシュで参席するのだから、これから確認することになってしまうのだろうが。
「会の際に使う衣服や装身具に関しては、エルーカ女王が用意してくださることになっている。話が決まったら身体を採寸して、グランオルグに送っておいてくれ」
「採寸……まさか、態々このために仕立てるのですか? そこまでして私がドレスを着る必要も無いでしょう。軍の礼装であれば格式もあります、それを軽装化すれば」
「公式の行事ならそれで良いんだけどね、これはあくまで非公式の歓迎会なんだ。畏まりすぎるのもよくないんだよ」
「だからといって……」
「すまないとは思うけど、女王直々の申し出でね。。おいそれと却下するわけにはいかないんだ」
 以前に会ったエルーカの顔が、ビオラの脳裏に浮かんだ。国家の最高権力者であるとは思えない程、優しく、聡明で、驚くほど細かいところにも気の付く性であった記憶がある。ビオラの公式訪問に際し、問題が起こらぬよう配慮してくれたのであれば、確かに無碍に拒絶することはできない。ビオラはようやく諦念に達し、肩を落とした。
「分かりました。では、そのようにしましょう」
「すまないね、本当に。色々と大変だとは思うけれど、君達に任せるのが一番安心できるからね」
 だが、ふとラウルの発言に違和感を感じて、顔を上げる。内容自体に不自然は無い、だが発せられた言葉の調子が、奇妙に深刻に感じられたのだ。仕事の最中だ、これまでが真剣で無かったわけではないが、それに比べても深く沈んでいるように聞こえる。
「ロッシュ将軍も、宜しく頼むよ」
 続けて名を呼ばれたロッシュが、素直に頭を下げる。ラウルの様子に気付いているのかいないのか、ロッシュの表情は変わらない。ビオラはラウルの意を訪ねようとしたが、それより早くラウルが、辞意を口にした。
「それじゃ、失礼するよ。何か必要なことがあったら、内務に伝えてくれ」
「はい。有り難うございます」
 それを遮って問いかけを続ける気にもなれず、ビオラは席を立ち、ラウルを見送った。扉が閉まるのを見届けると、部屋に残ったロッシュに向き直る。
「遠征は久々だな。宜しく頼む」
「はい。しかし、大変なことになりましたね」
「何、そう暗い顔をするものでもない。前線でのぶつかり合いを思えば、むしろ楽なものさ」
 その言葉は、半ばまで自分に言い聞かせるものでもあった。ラウルは、補佐の意図を込めてロッシュを付けるよう勧めたのだろうが、彼の力が社交界で有効なものとも思えなかった。むしろ彼にとっては、明らかに苦手な部類の世界で、ビオラの側が彼を助けるべきものだろう。
「確かにお身体の負担を考えれば、そうなんですがね。これはこれで、大変なもんですよ」
「ふむ、そういうものか」
 華美なドレスを着るのも、貴族と呼ばれる人間と付き合うのも、ビオラにとって初めての経験だ。どんな辛さがあるのかすら、想像出来ない。
「だが私も、仮にも将軍と呼ばれる身だ。対外交渉を君にばかり任せている、というのも情けないものだろう。偶には仕事をしないとな」
「お身体のことがあるんですから、それは」
「大丈夫さ、私とて、そういつまでも病に負けているわけにもいかない。少しは君の負担を軽くしないと、ソニアさんに恨まれてしまう」
 唐突に出てきた愛妻の名に、ロッシュが目を白黒させる。それは関係ないでしょう、と呻く部下を無視して、ビオラは書類に手を伸ばした。
「ともかく、出ることは決定してしまったんだ。後は精々手落ちの無いよう、入念に準備しておくことにしよう」
「はい。了解です」
 それでも尚浮かない顔のロッシュは、余程不安を募らせているのだろう。ならばその分まで自分がしっかりせねばと、ビオラは改めて気合いを入れる。ラウルが言う程気楽とも思えないが、少なくとも、命の危機を心配しなくて良い場所なのは確かだ。そう考えれば、さほど悪いものでも無いだろう。自らの考えに力を得て、ビオラは気持ちを前向きに保つと、久々の遠征に気持ちを切り替えていった。


 ――と、アリステルでは考えていたのだが。
 実際に経験する舞踏会は、様々な形で、ビオラの想像を全く越えるものだった。初めて着るドレスは落ち着かず、貴族達の会話は、普通に受け答えするだけでも疲労を蓄積させる。煌びやかな世界は一見に値するかもしれないが、一見以上長居したいものとも思えなかった。
 勿論、だからといってこの場を去るわけにはいかない。会が始まってからやったことといえば、若い貴族の愚にも付かない会話に付き合ったくらいで、一国の名代として成すべきことなど何もしていないのである。何をするのが相応しいのかは、ビオラにはさっぱり分からなかったが。
 一方でロッシュは、事前の心配からすれば意外な程順調に、この試練を乗り越えているようだった。初めてでは無いのだから、場の空気にも慣れたということなのだろうか。ぎこちなくはあるが参席者と言葉を交わし、交流と言えなくもないことをしているようである。ビオラの様子を窺い、助けに入る余裕すらあるのだから大したものだ。助けなくてはならないと思っていたのが恥ずかしい、とビオラは内心で反省する。彼を見習い、自分も何か行動せねばならないだろうか。そう自省している、丁度その時。
「ビオラ将軍。宜しいでしょうか」
 落ち着いた、少女の声だった。舞踏会に参加している女性は数多いが、美しく可憐なその声を、他の者と聞き間違える筈もない。
「エルーカ女王。勿論です」
 ビオラが振り向くと、そこには果たして、女王であるエルーカの姿があった。ほっそりとした姿を、華やかな色合いのドレスに包み、優雅に微笑んでいる。ビオラは身体ごと向き直り、他国の元首に対する正式な礼をしてみせた。
「この度はこのような素晴らしい場にお招き頂き、有り難うございました。常のご親愛も含めまして、アリステルを代表して、御礼を申し上げます」
「こちらこそ、遠方よりお越し頂いたこと、心より感謝いたしますわ。ビオラ将軍には、煩わしいばかりの場所にお付き合い頂いて、申し訳なく思ってはおりますが」
 柔らかなドレープが、華奢な身体を包んでいる。整った顔に、華美なドレスはよく似合っていたが、唯一髪だけは不自然に短かった。伸ばせばさぞかし美しいであろう巻き毛だが、長く垂れ下がることはなく、頭蓋の形に添って柔らかな陰影を描いている。
「煩わしいなど。我がアリステルでは考えることもできない、優美な宴です」
「有り難うございます、歴史ばかりは長い国ですから」
 エルーカは、付き従う侍女と護衛に視線を走らせ、手振りで下がるように指示した。護衛たちは一歩だけ位置をずらすが、それ以上は動こうとしない。エルーカは小さく溜息を吐くと、バルコニーに通じる扉を示した。ビオラも察して頷き、扉を開いて外に出る。
 夜気がビオラの頬を包み、温度の上がった身体を冷やした。地上から離れた高さからは、昼間であれば整えられた庭が見下ろせるのだろうが、今は黒々とした木々が横たわっているばかりだ。エルーカに付き従う者たちは、バルコニーまで出ることはせず、扉の前に陣取る形で警備を続けている。
「申し訳ありません。ビオラ将軍を――いえ、アリステルを疑っているというわけではないのですが」
「お気になさらず、当然のことです。むしろ、彼らが職務に忠実であることを賞賛するべきでしょう」
 ビオラの感覚から言えば、女王に対するものとしては、当然の警戒だ。
こうして二人になるのを許された分だけ、破格の信頼を示されているとも言える。僅かにも離れぬ警備は、エルーカという存在が持つ重要性を考えれば、当然のことだ。外部に通じる空間に女王が一人、地上の警備も数えるばかりという今の状況はむしろ、ビオラが心配になる程に無防備に感じられた。
「ここならば、聞き耳を立てる者もおりません。中はどうしても――落ち着きませんからね」
「そうですね。と、同意してしまっては失礼でしたか」
「そのようなことは。実際、あの中では、気軽に話をすることも出来ません」
 グランオルグ女王と、アリステルの将軍。どんな話をしているのか、知りたい人間は数多くいることだろう。窓の外に、誰かの気配が生じて、そして消えた。様子を窺おうとした参席者が、護衛に追い払われでもしたのだろう。
「エルーカ女王も、苦労が多くていらっしゃる」
 しみじみと、ビオラが嘆息する。グランオルグは王政だが、女王に全権が集まっているのかと言えば、そんなことはない。グランオルグの政治に強い影響力を持っているのは、相変わらず王家を取り巻く貴族達だ。長く続いた戦争、そしてその終結に伴って彼らの力は減少しているが、それでも残った権力は大きい。だが、エルーカは何でもないことのように微笑んで、柔らかなドレスの裾を揺らした。
「このようなことを苦労と言うわけにはいきません。笑われてしまいます」
「笑われる? 一体誰がそのようなこと」
 エルーカは応えず、静かに微笑んでいる。その表情が、彼女の年齢よりもずっと年かさに感じられて、ビオラは目を瞬かせた。
「そう。そういえば、ドレスの御礼を申し上げておりませんでしたね」
 静かに堅くなった空気を解そうと、ビオラが明るい声を上げる。エルーカの表情も、それを受けて明るい笑顔に変わった。
「ああ、そう! 着てくださって有り難うございます、思った通り、とてもお似合いですわ」
 宝石も無いのに青く煌めく生地で作られたドレスは、エルーカの言う通り、ビオラの凛々しい美しさをこの上無く引き立ててくれている。
「ご招待頂いたばかりでなく、このような気遣いまで。本当に、感謝してもし足りません」
「いえ、これは私の我が儘のようなものですから。一人で着飾っているのもつまらないものですわ、ビオラ将軍がご一緒してくださって、とても嬉しいんです」
 目を輝かせるエルーカの表情に、確かに嘘は無いように思われた。世界の命運を握る女王といえど、きらきらしいものに憧れる、年頃の少女の心も持っているらしい。少女らしい無邪気な様子に、ビオラはたまらず頬を緩ませた。
「それでは、年甲斐もなくこのような格好をした意味も、少しはあったというものですね」
「少しどころか。中の者達は皆、ビオラ将軍に目を奪われている様子でしたわ」
「そうでしょうか? 物珍しいだけでしょう」
 それは必ずしもエルーカの世辞ではなく、ビオラを目で追う男も確かに多く居た。しかしそれを政治的なものと切り分けることもできず、ビオラとしては、曖昧に笑う他出来ない。そんな態度に、エルーカは不満げな顔になったが、それは少しだけのことだ。直ぐに諦めに似た色がとって変わる。
「確かにそれは、間違った受け取り方では無いでしょうね。彼らは、思ってもいないことを口にする機会の方が、常に多いのですから」
 皮肉の混じったその口調は、先程の無邪気なものと、大きく隔たっている。
「彼らにとって、言葉は武器です。戦争が終わった今となっては、特にそうでしょう」
「――確かに、このような会も、単なる娯楽で開かれているわけではなさそうですね」
「ええ、以前からそうでしたが、特に今は。武力の持つ意味が大きく減退した今、政治そのものでしか、彼らは権力を得られないのです」
「彼らにとっては、ここが戦場ということですか」
「戦場――ええ、確かにそうかもしれません」
 エルーカが息を吐く。視線は、暗く、何も見えない筈の外へと向けられていた。ビオラは、若い女王の横顔を見詰める。
「戦いならば、無くすべきなのです。ですが彼らは争うことを、愚かな権力争いを止めようとしない。驚かれたでしょう、戦後の疲労を謳いつつ、このような有様で」
 伏せた目には、濃い憂いが漂っている。それは、彼女の担う責務の重さを、言葉そのものよりも余程雄弁に語っていた。それは、あるいはアリステルで見た時よりも、ずっと強いものだ。
「本当はもっと別のことに力を注ぐべきだと分かっています。時間も資金も人員も、いくらあっても足りないのに」
「女王は、このような場がお好きでは無いようですね」
「好む人間が居るということが信じられません」
 きつい口調で言い切り、直ぐに気付いて首を横に振った。
「失礼致しました、アリステルの皆様を歓待させて頂くことに、異議はありません。ただ、もっと小規模な、負担を抑えた方法もある筈なのです」
 その潔癖な物言いに、ビオラは改めて、彼女が自分の半分ほどの年であることに思い至る。ここが戦場だと言うなら、彼女はずっと戦ってきたのだろう。その厳しさは、二十にもならぬ少女が背負うには、重すぎるものだというのに。
「貴族達にも法で認められた力があり、私の一存でそれを妨げるわけにはいきません。無駄と分かっていても、彼らが満足するように、ある程度は希望を叶えてやらなくてはならないのです」
「権力を握った者の暴走は、アリステルでもあったことです。それに比べれば、グランオルグは随分と落ち着いていらっしゃる」
「戦争で、有力な貴族の多くが処断されましたから。お義母様――プロテアの統治時には、もっとずっと盛大な規模の宴席が、頻繁に行われていました」
「ならば、確実に良い方向には向かっているのでしょう。焦ってはいけません」
 穏やかな口調で諭すと、エルーカが顔を上げた。大きな瞳を縁取る睫が、ゆっくりと上下に揺れる。
「こうして私と貴女が話せているのも、平和に近付いている何よりの証左です。今は前に進めていることを喜びましょう、急ぎすぎて躓くよりは余程良い」
「ビオラ将軍……そう、ですね」
「それに、悪いことばかりではありません。おかげで私のような者でも、美しいドレスを着ることが出来た」
 おどけた調子でビオラが言うと、エルーカが声を立てて笑った。改めて、上から下までビオラを眺め、満足げに頷く。
「ええ、確かに。ビオラ将軍にそれを着て頂けたと、その点に関してだけは、舞踏会も悪くないと思えます」
「それは光栄です、エルーカ女王」
 青い生地をふわりと揺らして、ビオラはエルーカに礼をしてみせた。エルーカも笑顔を浮かべ、女王としての礼を返す。
「では女王、そろそろ中に戻りましょうか。身体が冷える前に」
「ああ、そうですね、申し訳有りません。ビオラ将軍、お身体の調子は大丈夫ですか?」
「お気遣い有り難うございます、この程度ならば何ほどのこともありません。ですが、女王のお身体に障りがあっては一大事ですから」
「まあ、有り難うございます。私の方こそ、それ程柔ではありませんよ」
 笑い合いながら扉を開き、人の放つ熱気が満ちた室内へと戻った。肌を包む暖かさに息を吐いたのもつかの間、ビオラはふと、扉の脇に控えていた兵に目を留る二人の兵が警備に付いていたのだが、彼らは扉の脇で、他の兵と共に何やら言葉を交わしていた。それも雑談などではなく、酷く深刻な言い争いだ。会場に似合わぬ語調が気になり、ビオラは聞き耳を立てた。
「――だから、我々は女王の護衛任務の最中だ。女王の傍を離れるなど、出来るわけがない」
「しかしな、無礼にならぬよう、警備は室外に纏まるようにとの命令だ」
「一般の警備に限った話だろう。我々がここを動くわけにはいかない」
 エルーカとビオラの方を気にしながら交わされる会話に、ビオラは改めて舞踏会の会場へと意識を向けた。警備が厚くないのは先程から気付いていたが、バルコニーで話をしている間に、少なかった兵がさらに数を減じている。国外の賓客を招いた宴席だというのに、異常なまでの警備の薄さとなっていた。しかもそれを命じた誰かが居るという。エルーカに目線を向けると、女王はビオラを見て、首を横に振った。嫌な予感が、ビオラの背に這い上ってくる。越権を承知で、状況を把握するため、兵に声をかけようとする。

 ――その瞬間、音が響いた。
 広間の扉が、力尽くで押し開かれる音だった。



 複数の男の怒声と足音。剣を突きつけられた女性が悲鳴を上げ。それは連鎖的に広間中に広がった。ビオラは素早く状況を見て取る。武装した男が、二十と数人。軍隊の動きとは異なるが、それぞれに武器を扱い慣れているようだった。相対する警備兵は、やはり殆ど居ない。
 叫びと音に混じって、誰かが上げる声明が聞こえる。曰く、我々は革命軍である。腐敗した王侯貴族の支配を打ち倒すため、云々。崇高な志のようだが、逃げ惑う貴族達がどれだけ理解したかは分からない。
「女王だ、女王を引きずり出せ!」
「他は構うな、女王の首を取れ!」
 反乱者達は大胆にも広間の中央に踏み込み、最奥に居るエルーカの姿を求めている。敵の力が周到に取り除かれているのを、十分に承知しているのだろう。己の道を遮る者など、一人も居ないと考えている動きだった。
 だが彼らの作戦には、大きな誤算が有った。確かにこの広間に、武器を持った人間は殆ど残されていない。しかしそれは、戦う力を持った者が居ないということにはならないのだ。
「わたくしはここに居ます!」
 エルーカが声を上げ、一歩を踏み出す。数少ない護衛に守られた女王に、混乱した貴族達を掻き分けて、叫びを上げて男達が殺到した。兵達も雄雄しく立ち向かうが、多勢に無勢と蹴散らされる。自身に迫る刃を見ても、エルーカは表情ひとつ変えない、そして。
「――シャイン!」
 握り締めた掌を開くと、そこから目映い光が走った。まともに食らった男達が、悲鳴を上げて後方に飛ばされる。女王にして大陸有数の魔法使いであるエルーカは、武器を持たぬからといって、戦う力を奪われたことにはならない。可憐なドレスが翻り、細い身体が広間の中央へと踊り出た。
「他の者への狼藉は許しません。私に用があるならば、正々堂々来なさい!」
 反乱者達が動揺し、視線がエルーカに集まる。その隙を、歴戦の戦士は見逃さなかった。ロッシュが駆ける。武器は全て預けてしまっていたが、彼の最大の武器は、身体と同一のものだ。左腕のガントレットが、反乱者の一人を吹き飛ばす。貴族を纏めて剣を突きつけていた男は、不意を突かれて、為す術も無く床に叩きつけられた。手から離れ、床を滑った剣をロッシュが取り上げる。しかし彼はそれを自ら使うことはせず、一点へと向けて真っ直ぐに投擲した。
「ビオラ将軍!」
 人の隙間を縫って飛来する剣の柄を、ビオラは過たずに掴む。その勢いのまま剣を掲げ、石の床を蹴って飛び出した。
「よくやったぞ、ロッシュ将軍!」
 青いドレスが翻る。繊細なつくりの靴が舞踏場の床を叩き、打楽器のような小気味良い音を立てた。三歩で、反乱者の群に飛び込む。青に彩られ、鈍色の光が閃いた。一度、二度とビオラの周りを閃光が舞う度、男が地に倒れ伏す。
「抵抗は止めろ! お前達の企みはもはや敵わない!」
「煩い、お前等こそ剣を捨てろ、こいつらがどうなっても――」
 皆まで言い切ることはできず、ロッシュの一撃を受けて男が吹き飛ぶ。女王の急襲に失敗した反乱者達が、烏合の貴族達を人質とすべく動き始めたが、完全に後手だ。切っ先の方向を変えるよりも早く、ビオラの剣が、ロッシュのガントレットが、彼らの動きを止めてしまう。二十人を越える武装者達は、たった三人を相手に、壊滅を余儀なくされようとしていた。
「無駄なことはお止めなさい。これ以上の抵抗は、あなた方の立場を悪くするばかりです」
「煩いっ!」
 振り回される武器を、エルーカは後方に下がって避ける。二回目の足音が響いた瞬間、彼女の存在が視界から消え、気配までもが完全に絶たれた。唐突に標的を見失って慌てる襲撃者の背後に、またしても突然エルーカが現れると、相手の後頭部に一撃が加えられる。女王らしからぬ戦いの技術にビオラは舌を巻くが、襲撃した側からすれば、暢気に感心などしていられるものではないだろう。
「退け! 今日のところは退却だ、一度体勢を立て直すぞ!」
 殆どの構成員が床に転がったのを見て、反乱者もようやく逆転の目が無いと判断したようだった。残った数少ない仲間に呼びかけるや否や、迷い無く入り口の扉へと走る。
「待ちやがれ、この野郎!」
「ロッシュ将軍、追うぞ! 逃がすわけにはいかない!」
 ビオラは倒れた男から剣を一本奪うと、双剣を携え、ロッシュの後から走り出した。
「ビオラ将軍、お願いいたします。わたくしはこの部屋を収めますから」
「承知致しました、お気を付けて!」
 エルーカは護衛の兵に賊の拘束を命じている。ビオラとロッシュは、女王の声を背に、広間から飛び出した。周囲の気配を探るが、想像していた通り、警備兵は居ない。周到に手を回し、広間の警備を引き上げさせてしまったのだろう。ただの賊に出来ることではない、手引きした内通者が居るのだ。しかも、警備兵に命令を回せる程の、大きな権力を持った者が。
 襲撃の根が思ったよりも深い予感に、ビオラの心臓が脈打つ。絶対に首塊を捕らえて、裏を証言させなくてはならない。脚に力を込め、走る速度を上げた。ビオラがロッシュの背に追いつく、ロッシュも鎧を着けていない分普段より身軽になっているが、それでもビオラの方が圧倒的に速い。
「ロッシュ将軍、君は警備兵を探してくれ。城の出入り口を全て封鎖し、手伝いの兵を広間に回すんだ」
「了解です」
 ロッシュが踵を返し、返事の間すら惜しむ程の勢いで走り去る。ビオラは一人、先を走る男の背を睨み付けた。向こうも必死だろうが、おめおめと逃がすわけにはいかない。廊下に置かれたランプの灯りが、ビオラの影を大きく揺らめかせた。
「止まれ! 逃げ場は無いぞ!」
 ビオラは、来た時に辿った道を元に、王宮内の間取りを思い出す。この先はいくつかの部屋があるのみで、階下に降りる階段は存在しない。後は追い込み、捕らえるだけだ。
 しかし男の側でも、その事実には気付いていたようだ。唐突に足を止め、身体の向きを変える。観念したかと思ったが、それは早計に過ぎたらしい。男は徐に、廊下に開いた窓を叩き壊すと、そこから外へと飛び出した。
「逃がすか!」
 ビオラもまた、一瞬の躊躇いも無く、虚ろな窓枠に身体を投げる。直ぐ下は屋根となっており、着地と同時に身体の均衡が崩れそうになるのを、体幹に力を込めて堪えた。壁に沿って吹き上げる風が、ドレスの裾をはためかせる。
「観念するがいい。もう、何処にも逃げられないぞ」
 飛び出した拍子に体勢を崩したのか、男はようやく立ち上がったところだった。ビオラは双剣を構え、じわりと近寄る。遠くから喧噪が聞こえてくるのは、ロッシュが警備兵と合流し、賊の確保に動き始めたのだろう。
「聞こえるか? お前達が追い払った兵も動き出したようだ。例えここから飛び降りたとしても、城外に抜けるのは不可能だ」
 ビオラの勧告を無視して、男は剣を構える。腕はそれなりに立つようで、隙の無い構えだ。
「抵抗は無意味だ。大人しく降伏した方が良い、持てる情報全てを差し出せば、死罪は免れるだろう」
 女王の暗殺は未遂であっても大罪だ、通常ならば極刑は間違いない。だが、彼らの計画には、不審な点がいくつもある。王宮の奥深くに位置する広間まで辿り着けたこと、事前に警備兵が追い払われていたこと。それらは明確に、内通者の存在を指し示している。暗殺の危険は、有力貴族の中に潜んだ反女王派を特定する、絶好の機会でもあるのだ。
「お前達を手引きした人間は誰だ」
「命が惜しければ仲間を売れ、と?」
「仲間か。相手もそう思っているとでも?」
 ビオラの整った相貌に、壮絶に酷薄な笑みが浮かんだ。
「お前達が失敗して殺されても、お前の『仲間』は安全な場所で安穏としている。情報が漏れることを考えれば、いっそ殺されることすら願っているだろう。全く、大した仲間だよ」
「黙れ戦女神ビオラ、堕落したお前に何が分かる! 私達は理想の為に戦っているのだ、グランオルグを売り渡したエルーカを排除し、誇り高き祖国を取り戻すと!」
 ビオラは男の目を見た。真っ直ぐに強く、自らの信念を欠片も疑わない――狂信者の目だ。かつてのアリステルに蔓延していた盲目を想起し、ビオラは密かに柳眉を顰める。グランオルグの民は、独裁者プロテアから国を取り戻したエルーカを崇拝していると思っていたが、こういう輩もまだ残っていたらしい。あるいは、誰かに思想を歪められ、利用されているのかもしれないが。
「そして再び戦争を繰り返すというのか? 平和を得た世を乱して」
「まさか! 俺達は利益の為に国を乱す奴等とは違う。民を食い物にする王侯貴族共を排除すれば、アリステルと争う意味など無いさ」
「随分楽天的な計画だ。グランオルグ王族を滅ぼすのは、この大陸を滅ぼすのも同様。アリステルとしても、静観する訳にはいかない」
「まさかお前も、王家の妄言を真に受けているわけでは無いだろうな? 自らが大陸の命運を握っているなどと、図々しいにも程がある言い草だ」
 ビオラの眉が持ち上がった。長く秘事とされてきた大陸の真の歴史、そしてグランオルグ王家の担う責務については、戦後民間への情報開示が進められている。知らされた真実はあまりに衝撃的で、様々な議論が紛糾しているのは、ビオラもよく知っていた。中には、最初から全てが都合の良い創作だと見なしてしまう人間も居ると聞く――目の前の男のように。彼らを責めることはできない、根幹に関わらない人間にとっては、あまりに唐突な上荒唐無稽過ぎる話なのだ。状況証拠のみを礎として全てを頭から信じろというのは、難しい話である。だから、彼のような人間が出てきてしまうのは仕方のないことであるが、だからといって野放しにするわけにはいかない。
「王家は一度滅ぶべきだ。そこから全てが始まる、王家も貴族もない、新しい国が」
「お笑い草だな。頂点を崩せば全てが変わるなど、単純すぎる考えだ。生まれるのは新しい国ではなく、別の支配者に過ぎない」
「黙れ!」
 男の足が屋根を踏み込み、その身体がビオラへと突進した。繰り出された突きを、ビオラは僅かに身体を捻って交わす。動きに従ってドレスの裾が翻り、男の目を幻惑した。
「お前達に協力した貴族が居るだろう、黙って己の権力を手放し、民衆の蜂起を受け入れると思うか? 何か目的があって協力したのだと、私であれば思うがな」
「黙れ、この売女! ノアの語った理想を捨て、敵国に媚びて生き延びた女が!」
 悲鳴に似た音が夜空に響く。無闇と振り回された剣が、ビオラのドレスに掛かり、美しい布を斬り裂いたのだ。
「……ノア様の名を、このようなところで聞くとはな」
 深い青の切れ間から、ビオラの顔が覗く。美麗なその造りは、強い不快に歪められていた。
「グランオルグの者がノア様を理解できない、などと言うつもりはない。だが、さりとてお前がノア様の御心を分かっているとも思えん」
 屋根の上という安定しない足場であっても、その動きは舞踏場と同じ程に優雅だった。円を描いて足が動き、滑らかに重心が移動する。二つ名ともなった両手に持つ剣は、敵から奪った量産品の筈なのに、神剣の如く輝いて見えた。
「涙を流す者の居ない国を。それが、ノア様の願いだった――それを胸に、あの方はグランオルグを捨て、不毛の土地にアリステルを建国なさったのだ」
 翻った裾が、ふわりと彼女に纏わりつく。夜の風に揺らされる布は、月光の陰影を艶やかに描き出した。束の間、動きが静止する。
「戦いが何を救うというのだ、互いに剣を置く道を、ずっと私は願っていた。今この姿がノア様の願いを裏切っているというなら、私は今すぐこの剣で己が喉をかき斬るだろう」
 月光を背負った白い面に、青い瞳が輝いている。その瞬間、ビオラは確かに女神だった。男が剣を握る。打ち込もうとしても、隙など一筋も見当たらない――それ故の、戦女神。
「だ、黙れ! 富と権力に墜した身で何を言う、我々の理想は」
「黙るのはお前だ。喚きたいなら、牢の中で好きなだけ喚けば良い」
 兵達の声はもう随分と近く、二人が立つ屋根の下まで近付いてきている。ビオラの名を呼ぶ声が聞こえた。上階にも人を回しているだろうから、この場に兵が辿り着くのももう間もなくだろう。男の顔に絶望が広がり、構えていた剣がすっと下げられた。
「血を省みぬ理想を必要とする程、今の世は悪いものではない。お前も、そう思えれば良かったのだがな」
 後は、到着した兵に任せれば良い。ビオラの身体からも力が抜け、二振りの剣が下げられた。ふと、外気の冷たさを意識する。美しくはあるが、保温性など一切考慮されていない衣服だ。吹き抜ける夜風が冷たく、ビオラは小さく身体を震わせた。
 と、男の目が光る。諦めていなかったのか、それとも最期の道連れを求めたのだろうか。意味の取れない叫びを上げ、構えも何も無くビオラに飛びかかってきた。不意を突いた襲撃を、しかしビオラは難なくかわす。小さく地を蹴り、突き進む直線と振り回す剣の範囲から、己の身を外して。
「――!?」
 しかし突然、身体を支える筈の脚が、大きく崩れた。ビオラは一瞬混乱し、直ぐに事態を理解する――靴だ。華奢な夜会靴が、悪い足場での激しい動きに耐えられなかったのだ。踵が剥がれた靴は、掛けられた力をそのまま横に投げ出してしまう。大きく傾いだビオラの身体に、勢いのまま男が激突した。上半身の動きで剣を弾き飛ばしたが、二人分の体重を立て直すことはできず、ビオラは屋根に転がった。薄いドレスでは衝撃を殺しきれず、叩きつけられた痛みにビオラが呻く。屋根の傾斜が転倒の勢いを回転に変えた。危険を感じて剣を手放し、体勢を立て直そうと足掻くが、既に遅い。
 転がる。
 数瞬後の、浮遊感。
 広がった視界に、輝く月。
 白く、輝く、丸い――



 ――落下に要したのは、どれくらいだったのだろうか。長い一瞬の後、ビオラの身体に衝撃が走る。だがそれは、予期したよりも随分と優しく、柔軟な感触をしていた。痛みの無い身体を不思議に思うよりも先に、視界の中に見慣れた顔が現れる。
「ビオラ大将! 大丈夫ですか」
「……ロッシュ将軍」
 どうやら、彼が落下するビオラを受け止めたらしい。よく間に合ったものだと。ビオラは人事のように感心する。視界の端に、布団らしき固まりを担いで近付く兵士が見えた。落下を予想して準備するよう、ロッシュが指示していたのだろう。
「優秀な部下を持ったことを、ノア様に感謝するべきかな」
「そりゃどうも。お怪我はありませんか」
「大丈夫だ、君のおかげだよ」
 屋根といっても高さは二階、落ちたところで生死に関わるようなものではないが、無傷で居られたということも無いだろう。と、そこまで考えて、一緒に転がり落ちた筈の存在を思い出す。
「賊は? 私と共に落ちてきた筈だが」
「今拘束してます。死んじゃいないでしょう、骨の一本や二本は折れてるかもしれませんが」
 身体の向きが変わり、男の姿が視界に入る。地面に転がったところに兵が群がり、伸びた身体に縄を打っているところだった。
「広間に侵入した奴等も捕縛しました。他に潜んでる奴等が居ないかも、今確認中です」
「そうか。ならば、一先ずは息を吐けるな」
「はい。お疲れ様でした」
 ロッシュが、ビオラの脚を地面に下ろす。体重を支えようとして、靴が破損していることを思い出した。傾ぎかけたビオラに気付き、ロッシュが腕を差し出す。
「大将、脚が?」
「いや、靴が壊れてしまった。美しいのは良いが、実用には耐えないな」
「その靴で戦われたんですか? 屋根の上で? 無茶しますねえ」
 苦笑するロッシュの腕を支えにして、身体を安定させる。そうしてから、改めて自らの格好を確認し、ビオラは溜息を吐き出した。
「どうかしましたか?」
「うむ、靴もだが、ドレスもすっかり破れてしまった。繕ってどうにかなるものではないだろう、アリステル側で弁償することになるかもしれないな」
「……いくらくらいするもんなんですかね?」
「さあ? 高価なのは分かるが、具体的にはな。さて、何と言って経理を通すか」
「遠征費用に付けて、誤魔化せませんかね……」
 渋い顔で肩を落とすロッシュに、思わず笑いが零れた。
「大丈夫だ、それくらいは何とでもなる。君は気にしすぎだ」
 笑いながら、ふと寒気を覚え、ビオラは手で肩を覆う。衝撃で忘れていた寒さだが、気温の低さは変わっていない。見咎めたロッシュが、上着を脱ぎ、ビオラに着せ掛けた。
「すまないな、有り難う」
「いえ。お身体の方は大丈夫ですか?」
「ああ、これくらい大したことではない」
 だが、そう言う端から小さく咳が出て、ビオラは顔を顰めた。戦いが悪かったのか、身体を冷やしたが悪かったのか。
「中に入りましょう、将軍。後はグランオルグ側に任せて大丈夫です」
 賊は既に縄で括られ、牢へと連行されている。この後の取り調べも、アリステル軍が出張るものではない。ビオラは納得すると、ロッシュと共に、城の中へと足を向けた。
「エルーカ女王はどうなさっている?」
「広間に残ってるか、部屋に戻られてるかですね。まあ、賊に怯えて部屋に閉じこもるような方じゃあ無いですが」
「確かに。まあ、護衛の兵と合流したなら、問題ないだろう」
 女王の前に出るのに、この破れたドレス姿で問題ないものか。出来れば着替えてしまいたいが、巧遅より拙速を尊ぶことが多い戦場で長い間過ごしてきたビオラからすれば、身繕いなどのために報告を遅らせるのも躊躇われる。
「将軍も、一度部屋に戻られますか?」
「いや、先に女王に状況をお話したい」
 ロッシュが頷いたのを確認し、ビオラは広間へと足を向ける。彼女を支えるロッシュも、それに着き従った。淑女をエスコートするように丁寧に、ビオラの歩みを助けている。
「明日の式典は大変でしょうね」
「ああ、中止はしないだろうが、警備の増員は必至だな」
「うちの軍からも、助力を申し出ておきます。要らないかと思いましたが、隊で来ておいて良かったですよ」
「ああ、頼んだ。まさかこんなことになるとは思わなかったが」
 最初はビオラとロッシュ、それと補佐の数人のみという極少数の人員で訪れる予定だったのだが、国の権威だの他国への敬意だのと主張され、結局一個小隊を引き連れての訪問となったのだった。決まった当初は無駄と考えたものだが、こうなってみると、結果的に正しい選択だったと言えるのかもしれない。
 そういえば、人数を連れるべきだと主張したのは、ラウルだった。そんなことを思い出し、ビオラは首を傾げる。
「どうしました?」
 気配に気付いたロッシュが、上から見下ろしてきた。一瞬考え込んだ後、ビオラの唇の端が持ち上げられる。
「いや。こうしていると、舞踏会に向かう男女のようだ、と思ってな」
 楽しげに笑うビオラに、ロッシュの表情が渋く顰められた。勘弁してください、と首を振るロッシュに、ビオラは笑いかける。
「急ごう、明日までにやるべきことは山とある」
 長い夜になりそうだ、と呟くビオラの表情は、既に鋭いものに戻っていた。ロッシュも、鉄腕将軍の異名に恥じぬ、険しい表情に変わっている。
 優雅な衣装に身を包んだ軍人達は、それ以降は無駄な言葉を一言とて発せず、自らの戦場へと身を投じていった。


 彼らの努力の甲斐あって、それからの数日は平穏に過ぎ去った。
 心配されていた建国式典は、増強された警備の元、何事もなく終了した。国民の前で演説するエルーカ女王からは前夜の戦いの気配など僅かにも感じられなかっただろう。彼女もまた、幾度と無く命の危機を潜り抜けてきた戦士なのだ。
 それを見届け、使節としての役目を果たしたアリステル軍は、今日ようやくアリステルへの帰途に着いていた。女王は名残を惜しんでくれたが、ビオラは正直なところ少しばかり安堵していた――グランオルグに居ると、新しいドレスを作っては、という誘いが多いのだ。戦いで駄目にしてしまったドレスの弁償を求められなかったのは有り難いが、代替のドレスを作るようにと進められるのは、全く納得できない。断り文句の種類も尽きてきた頃であったから、このあたりで帰還するのは心底有り難いところだった。

 ほっとした心持ちで行軍を続けるビオラに、一人の兵が近づく。周囲に聞こえぬようにとお耳元で囁かれる報告に、ビオラは途端に真剣な表情となる。
「どうかしましたか?」
 様子に気付いたロッシュが、ビオラに歩み寄ってきた。他の兵の耳が届かぬ位置に移動してから、ビオラは改めて口を開く。
「例の賊が口を割ったらしい」
「舞踏会の時の奴ですか。やはり内通者が?」
「ああ、有力貴族の一人だそうだ」
 警備の兵にまで手を回せる等、余程内部に対する影響力が強くなければ不可能だと推測していたが、それが見事図に当たった形だ。反乱に協力したのか、あるいはその貴族本人が扇動したのかは分からないが、処罰で済む話では無いだろう。
「事態が事態だ、公的に処断されることは無いだろうな」
「裏でこっそり、ってことですか。あんまり良い気持ちはしませんね」
「仕方が無いことだろう。有力者が女王の暗殺に組みしていたことが広まれば、政権の信頼にも関わる。今国を不安定にさせるわけにはいかないだろうからな――それと」
 一段声を低くしたビオラに、ロッシュは小さく返事をして、耳をそばだてる。
「これも賊が吐いたことだが、どうやら、アリステル内の反乱組織とも繋がりがあったらしい」
「……なんですって?」
 自国に直接関わってくる情報に、さすがにロッシュの顔が厳しいものとなった。
「詳しいことはまだ調査中だが、情報提供や、戦力の供給において協力関係にあったようだな」
「そんでお互い革命を目指しましょう、ってことですか。まあ、悪い手じゃないかもしれませんね、上手くいけば」
「そうだな、上手くいけば。失敗すれば共倒れだな、そして今現実にそうなろうとしている」
 先程送られてきたのは漠然とした話のみだったが、詳しい情報が確保でき次第、新たに連絡するとも伝えていた。ラウルも独自に調査を開始するだろうし、アリステルに潜む反乱勢力も、遠からず捕縛されるのは間違いない。帰国後も忙しくなりそうだが、未来の危機が未然に防げるとあれば、否がある筈もなかった。ロッシュも、険しくはあるがどこか安心した様子で、神妙に頷いている。
 ビオラも息を吐き、ふと苦笑を浮かべた。旅の始まりより感じていた疑念が、ひとつの仮説として形となっている。
「どうかしましたか?」
 その変化に気付いたロッシュが、不思議そうに声をかける。ビオラは僅かに迷いつつ、口を開いた。
「いや。――首相は、最初から予測していたのではないか、と思ってな」
「予測、って」
「今回の舞踏会に、賊の襲撃があることを、だ」
 元々彼らが二人で舞踏会に出席したのは、ラウルの依頼があったからだ。その時は納得したが、軍のトップが二人揃って出席するというのは、やはり奇異なことである。そして実際には、彼ら二人が居たからこそ、襲撃を無事撃退することが出来た。
「グランオルグの賊から情報を得てた、ってことですか? ……いや、アリステルの賊と繋がってたってんなら、そっちの方ですか。ややこしいな」
「そうだな、恐らくは。泳がせておいたのか、あるいは組織の中に内通者でも作ってあったのか」
 アリステルにも反乱者は居る、そんな者達を直ぐに捕らえず情報を得ていたというのも、ラウルであれば有り得る話だ。戦中に存在した情報部は、今は形を変えて、政府の直属組織となっている。
「勿論、証拠は何もない。推測に過ぎない話だがな」
「けど、有りそうな話ですよ。帰ったら首相を締め上げて――や、聞いてみましょう」
「そうだな」
 ちらりと物騒な物言いが漏れているが、ビオラは指摘せず、口角を持ち上げた。戦うことが仕事であるから、戦場に放り込まれるのは構わない。だが、事前に何も知らされなかったというのは、少々業腹だ。
「聞いて、事実だったら、少しばかり鬱憤を晴らさせてもらいたいな」
「そうですね。……って、何をする気ですか、大将」
「何、もっと周りを信頼するように、『説得』するだけさ」
 涼しい顔のビオラを、ロッシュは少しばかり胡乱げに見ていたが、やはり何も言わずに肩を竦めた。
「そうですね。必要なら、協力しますよ」
「頼もしいな、うむ、いざという時は頼む。ついでに、軍の予算拡張についても『お願い』してみるか」
「いいですね」
 話が逸れていることに、本人達が気付いているのか否か。ともかく、現アリステルにおいて最強の二人は、実に和やかに談笑しながら行軍を続けたのであった。





セキゲツ作
2015.07.02 「アナザー・コントロール」にて発行
2017.01.09 web再録

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