大きな遠征を終えて、少しばかり長めの休暇が申し渡された翌日。ストックは、親友であるロッシュと二人、アリステル市街に立った市場をぶらついていた。
 周辺の町から持ち込まれた農作物に生活用品、それに嗜好品。雑多な品が並ぶ通りは、城下の住人たちでにぎわいを見せている。非番である軍人も混じっているから、ストックが歩いたところで、さほど目立つわけではない。しかしロッシュの側は、ガントレットのせいもあり、歩いているだけで注目を集めてしまっている。
 とはいえロッシュ自身は、己に寄せられる注視など気にした様子も無い。町中どころか城の中ですら耳目を集める男のこと、一般市民の不躾な視線など、慣れっこなのだろう。ストックもそれに倣い、周囲を気にすることなく、店を冷やかすロッシュに付いて歩く。軍に所属して以降、部屋と訓練所を戦場を行き来するばかりの生活を送っていたストックにとって、市場の賑やかさは物珍しいものだ。あるいは、もっとずっと昔には経験のあることなのかもしれないが、その頃の記憶はストックから失われてしまっている。
「何か、面白いもんでもあったか?」
 声をかけられ、ストックは顔を上げた。少し前を歩いていたロッシュが、ストックの方を振り返り、にやりと笑みを浮かべている。それこそ面白いものを見ているような表情に、ストックは少しばかりむっとして、足を早めて親友の隣に並んだ。
「お前の方こそ、目的のものは見付かったのか」
 元々市場に来たのは、ロッシュがストックを誘ったからだ。暇なら一緒に来るかとの誘いに、休暇を持て余していたストックが乗り、こうして二人で市を歩いているのである。ストックは無目的に着いて歩いているだけだが、ロッシュは何か買うべきものがあるのだと、ここに着く前に言っていた。何を買うのかと聞いてみても、曖昧に誤魔化されてしまったのだが。
「いや。中々、これってもんが無くてな」
 言いながらロッシュはまた足を止め、傍らの露天をのぞき込んだ。ストックもつられて視線を落とすと、色とりどりの可愛らしい小物が、視界に飛び込んでくる。無骨な親友に対してあまりに不釣り合いな品に、ストックは目を瞬かせた。
「……随分、面白い趣味を持っているな」
「馬鹿、何勘違いしてんだ。俺が使うわけねえだろ。これは、その」
 ロッシュは何故かそこで言葉を切り、躊躇いを浮かべながら視線を彷徨わせる。
「ソニアにやるんだよ。もうすぐ、あいつの誕生日なんだ」
 そこで出てきた、もう一人の友人の名前に、ストックはまた目を丸くする。ソニアについては、しばらく前にロッシュに引き合わされ、共通の友人となったばかりだ。ストックが彼女の誕生日を知らないのは当然のことだが、逆にロッシュがそれを知っているという事実に驚きを覚える。ストックよりも付き合いが長いにいしろ、女性の誕生日を聞き出せるような、器用な男には見えない。ロッシュ自身もそれは自覚しているのだろう、ストックとは視線を合わさないまま、照れくさそうに頬を掻いた。
「まあ、説明すると長いんだがな。前に、話の流れで、俺とソニアの誕生日が近いってことになって……それで、まあ、それ以来お互いにちょっとしたものを贈ってるんだよ」
「……成る程」
 唐突に歯切れが悪くなってしまった親友の顔を、ストックはまじまじと見詰める。白い頬に血の気が上っているのは、陽気のためでは無いだろう。軍に居れば、アリステル最強とも謳われる実力で周囲を圧倒する男だが、その威厳も今は形無しだ。
 ストック自身は表情を変えていないつもりだったが、どこかに好奇心がにじみ出ていたのかもしれない。赤面を引っ込めたロッシュが、厳めしい表情でストックを威嚇してくる。
「何だその顔は。言っとくが、お前が考えてるみたいなもんじゃないからな」
 低めた声で詰め寄られても、背後の小物が邪魔をして、大した効果は発揮できていないのだが。しかし、取り敢えずはロッシュの矜持を慮ることにし、ストックは大人しく頷いておく。その態度を信じたのか否か、ロッシュは顰めた眉を戻し、少しばかり眦を緩めた。
「ほんとに、単なる勢いなんだよ。別に何がどうってわけじゃなくて、その場の勢いで――大体、俺の誕生日だって適当なもんで、ほんとにこの時期かどうかなんて分からんのに」
「そうなのか?」
「ああ、自分の産まれた日付なんて覚えちゃいなかったからなあ」
 その発言に安心を覚えて、ストックは密かに構えていた力を抜いた。記憶の無いストックにとって、過去に関する話題は、忌避すべきものだ。ロッシュと付き合いやすいのは、そういった話を持ち出してこないからというのもある。珍しく過去に関わりそうな話題になって、自分の誕生日まで聞かれたらどうしようかと思っていたが、この分なら心配することもなさそうだ。
「適当に誤魔化したら、たまたまソニアの誕生日と近くてな。流れで、お互い交換――ってことになっちまって」
 困ったよ、と言って息を吐くロッシュは、実際のところ言葉ほど困惑しているようには見えない。むしろ、その奇禍を喜んでいると言っても不自然ではない様子である。その表情が意味していることが察せられない程、ストックは愚鈍な男では無かった。
「それで今年も、律儀に贈り物を選びに来たと」
「ああ。若い女に何をやったら喜ぶかなんて、さっぱり分からねえんだけどなあ」
 ぼやきながら、露天に並んだ物入れを、右手に取って眺めて見ている。瀟洒な細工がされた小箱は、見ればそれなりに良い品だ。ちょっとした装身具を入れるのに丁度良い大きさで、贈り物としては悪くない選択だろう。女遊びの激しい貴族であれば、これに指輪を入れて贈ったりもするのかもしれない。そんなことがふと思い浮かび、ストックは首を傾げた。一体何処でこんな手管を知ったのだろうか。それ以前に、行うのがロッシュであれば、出来るはずも無い行為なのだが。
 そんな思考をなぞるかのように、ロッシュは小箱を戻し、隣の手鏡を手にとっている。やっぱり実用品かな、などと呟かれ、ストックは内心苦笑した。
「装身具でも贈ったらどうだ? 小物よりも選び易いだろう」
 洒落たやり方でなくとも、身に着けるものを贈るというのは、ひとつの意思表示になる。ロッシュがソニアを想っているのではないかと、ストックは以前から考えていた。というより、殆ど確信を持っていたと言っても良い。無骨で不器用な親友がソニアを見る目には、明らかに友情以上のものが宿っているように感じられる。あるいはそれがストックの勘違いという可能性もあるが、似合わぬ小物を必死で選んでいる姿は、疑惑に対する証左であるとも思われた。
 例え偶然であろうと、贈り物を交わすようなきっかけが得られたのだから、それに乗じて想いを伝えてしまえば良い。そう思っての提案だったが、ロッシュは妙にきっぱりと、首を横に振るばかりだ。
「まあな。だがソニアは、あまりそういったものを着けねえだろう」
「仕事の時はそうだろう。だがソニアも女性だ、着飾ることを嫌っているわけでは無いだろうし、贈られれば嬉しいんじゃないのか」
「そうだなあ……」
「あら、何を見ているんですか?」
 捗々しい反応を返さない親友に、ストックは呆れて眉を顰める――そこへ唐突にかけられた声に、二人は揃って飛び上がった。
「ソニア!?」
「お前、どうしたんだよこんなところで」
「それはこっちの台詞ですよ。市場に来るなんて珍しいじゃないですか、しかも二人揃って」
「まあ、それは、その」
 丁度話題となっていた人物の登場に、何とも言えぬ気まずさを覚え、ストックはロッシュを見る。ロッシュの側でもストックを見ていて、ばちりと視線がかち合い、どちらからともなくそれを逸らした。珍妙な友人二人の態度に、ソニアは不思議そうに首を傾げる。そのまま、当然のように二人の背後に視線を走らせ、そこに並んでいるものに気付いて目を丸くした。
「あら。随分可愛いものを見てるんですね」
「……これは」
「あー、丁度良いや。お前の誕生日に贈るもんを選んでたんだがな」
 この状況をどう誤魔化すか、一瞬にして考えを巡らせたストックだったが、その思考はロッシュの一言で破られた。ストックは驚いて、あっさりと目的を明かしてしまったロッシュを見る。
「言っても良いのか?」
「隠すようなことじゃないだろ。それに、意見を聞いて選んだ方が、妙なもんを贈らなくて済むしな」
「まあ、有り難うございます。ストックも一緒に?」
「いや、俺は――付き添いだ」
「こいつに女の趣味が分かるとも思えんしな。まあ、俺だって人のことは言えないが」
 笑いながら頭を叩かれ、恨みがましく睨みつけるストックの視線は一顧だにせず、ロッシュは一歩下がって店の前を開けた。
「どんなのが良いとかあるか? 別に、この店じゃなくたって構わないんだが」
「あら、選んでも良いんですか?」
 ストックも後ろに下がり、ロッシュとソニアが並べるようにする。友人なのだから、ストックもソニアに対して何かを贈るべきなのかもしれない。だが少なくとも今は、二人の間に割って入るべきでは無いだろうと、少ない人生経験で判断する。折角ソニアと二人で共有できる思い出なのだ、態々ストックが混じって、ロッシュの感情を害することはない。親友二人の話に混じれないのは寂しいものだが、唯一と言って良い親しい友人との間に亀裂が入ることを考えれば、少しの忍耐は必要だ。
「可愛い…」
 露天の商品を覗き込むソニアの顔は、楽しげに綻んでいる。それは目の前の小物の可愛らしさだけが理由だろうか。ロッシュの想いも、あながち独りよがりなものでは無いと、ストックには感じられるのだが。
「ストック、お前はどれが良いと思う?」
 しかしロッシュ自身は、それを分かっていないのだろう。その朴念仁ぶりこそが彼らしさだとしても、押すことを考えてもいないような態度は、ストックですら呆れるものがある。
「ストック?」
 様々に考慮した立ち位置を無にする呼び出しに、ストックは苦笑を浮かべる。今後が思いやられると、自分のことは棚に上げて、内心で溜息を吐いた。
「……俺の意見は、参考にならないんじゃなかったのか」
 せめて邪魔をしないように、ロッシュとソニアの間に入らないように立つ。
 そんなささやかな気遣いを、果たしてロッシュは気付いたのだろうか。








セキゲツ作
2014.08.31 初出

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