レイニーがストックと共に通されたのは、どうやら貴賓室と呼ばれるような場所であるらしかった。王宮の入り口から程遠くにあるその部屋は、極端に広いわけではないが、豪奢な飾りが品良く配置されている。傭兵団に所属していた間は勿論、兵士としてアリステル城に出入りしていた頃でさえ、見たことが無いような光景だった。
 飾られた花瓶に施された細工の細かさを見て、溜息を吐く。レイニーがグランオルグ城に足を踏み入れるのは、これが最初ではない。だがその時は戦時下で、さらに言うなら最初の一度は密偵として地下水路から忍び込んでのことである。王女を殺すという密命を受けての侵入中に、じっくり内装を観察する余裕などある筈も無い。その次に訪れたのは女王プロテアを玉座から追い落とす時、そして儀式のために地下に向かったエルーカを追う時。どちらにしても戦争の混乱の中、案内を乞うこともなく、真っ直ぐに謁見の間に向かっている。こんな風に客として招かれ、ひとつの部屋に居座るのは、これが初めての経験だった。
「な、何か……すごい部屋だね」
 並んで座っているストックに、小声で話しかける。別段声を張ってはいけないということもないだろうが、雰囲気に飲まれている今の彼女に、普段通りに振る舞えというのも無理な話だった。何しろ目の前に並べられた紅茶にも、緊張して手を付けられずにいる程だ。
 そもそも、ソファは向かい合って置かれているのだから、二人が隣合って座る必要は無い。だが何となく、レイニーはストックに寄り添うようにして腰を下ろしたし、ストックも咎めることは無かった。もっともそれは、緊張が理由ではなく、彼らが結婚したばかりの夫婦だからなのかもしれない。二人で旅をしている新婚夫婦が肩を寄せるのを、眉を顰める人間は居ない。
「そうか?」
 身を寄せるレイニーの肩を抱き寄せながら、ストックが首を傾げた。落ち着かないレイニーとは対照的に、ストックはこの豪華な部屋でも、全く普段と様子を変えていない。身体を包むようなソファに平然と座り、出された紅茶を口に運んでいる。
「うん。アリステルもシグナスも、お城って言ってもそんなに豪華じゃなかったのに」
 彼らはグランオルグを訪れる前に、シグナスにも立ち寄って、国王のガーランドに挨拶をしていた。当然シグナス城の一室で王に拝謁したのだが、その際の記憶をどう思い起こしても、今居る部屋程きらびやかな光景は見付からない。見た目の虚飾を厭うガーランド王の性質が影響しているにしても、同じ一国の王城が、これほど異なるのかと嘆息したくなる。
「アリステルもシグナスも、古い国では無いからな。軍事力や産業はともかく、文化の面では、まだ発展途上だ」
 当然のようにストックが説明する、確かにグランオルグは、三国の中で最も古い。セレスティアやフォルガを数に入れれば話は違ってくるが、人間が建国した中では、今のところ最も長い歴史を持っている国だ。
「加えてこの国には、帝国時代の調度や美術品が、未だに残っている。見た目が派手になるのは当然だろうな」
「……そうなの?」
「ああ。この部屋にもいくつかはあるんじゃないか」
「え、えええっ」
 ストックに言われて、レイニーは慌てて室内を見回した。彼女も歴史に詳しいわけではないが、先の大戦に関わった者として、帝国の名くらいは知っている。大陸を統一し、現在とは比べものにならない程発展した技術を持っていたというその国を礎として、グランオルグは建国したということも。おとぎ話のように聞いていたその国の遺物が、同じ部屋に置かれていると聞いて、それまで以上に身を縮めてストックにしがみついた。
「そんなに落ち着かないか?」
 戦場とは別人のように小さくなってしまっている妻に、ストックは苦笑して、その髪を撫でる。
「そりゃそうだよ、そんな古くて貴重なもの、もし壊しちゃったら弁償のし様が無いじゃない」
「大丈夫だ、そう簡単に壊れるようなら、今まで残ってはいない」
 ストックは平然とした様子だが、それでレイニーが安心できる筈も無い。冷め始めている紅茶を恨めしそうに眺め、繊細な茶器を気にせず持ち上げているストックに、感嘆混じりの視線を向ける。
「ストックはほんと、大物だよね」
「何だそれは」
「何処でも態度が変わらないっていうか」
 実際それは事実だった、堂々とした彼の態度は、何時どんな時でも変化した試しが無い。シグナスの武王に相対した時も、人を嫌うブルート族の里に向かった時も、ストックは顔を逸らすことなくそこに居た。普通の人間で在れば萎縮して当然の状況であろうとも、ストックにとっては、何程の圧力も感じていないように見えるのだ。いや、レイニーとてそこが戦場であれば、一々物怖じしたりなどせず、己の態度を貫くことができる。だが戦いが終わり、こんな風に平和な時間がやってくれば、自分の不作法さを意識せずにはいられない。住む世界が違う、というのはこういったことを言うのだろうと、豪奢な部屋を眺めながら思う。
 だが考えてみれば、ストックはそもそも、この王宮に住んでいたのだ。ストックではなくエルンストという名で、アリステルの密偵ではなくグランオルグの第一王子という立場で。話によれば当時の記憶は残っていないらしいが、落ち着き払って紅茶を飲む姿を見る限り、こういった場所に慣れているようにしか思えない。例え記憶が無くとも、染み着いた習慣や感覚までもが消えることは無いといったところなのだろうか。十五歳で奇禍に遭うまでの間、ずっとこの王宮が彼の家だったのだから、寛いでいるのも無理はない。
「王宮といっても単なる建物だし、住んでいる王族も俺達と何も変わらない、ただの人だ。お前も、あの旅で分かっただろう」
「それはそうだけど」
 それとこれとは別、とレイニーは口に出さずに呟く。確かに、グランオルグの王女――現在は女王となったエルーカとは、あの旅で寝食を、そして命運を共にした仲間だ。それは彼女が国に戻り、女王となった今でも変わらないと、レイニーの側では思っている。だがその心は、彼女と仲間達の間だけで通じるもので、部外者が共有することは絶対に出来ない。そしてこの城に居るのは、殆ど全てが単なる部外者だ。その中で、自分はここに居て当然なのだと胸を張ることは、少なくともレイニーには出来そうに無かった。
 例えばここにマルコが居たら、まだ少しは違ってくるのだろう。同じような人生を歩み、長くを共にしてきた友人の存在は、レイニーの感覚を孤立から救ってくれる。だが戦場では常に共に居た相棒も、さすがに新婚夫婦の旅路にまでは付いてきていない。傍らに居てくれるストックも、この部屋の中では妙に遠く感じてしまう。緊張に身を縮めるのをストックが察して、そっと頭を撫で、片手で柔らかく抱き寄せた。
「あまり気にするな、俺達はエルーカに呼ばれてここに来ている。誰かに文句を言われる筋合いは無い」
「うん……」
「エルーカも、お前に元気が無いと悲しむだろう。……大丈夫だ」
「うん、有り難うストック」
 躊躇いながら浮かべた笑顔が、常のそれとは異なることを、ストックも察していたのだろう。レイニーが笑うのにも関わらず、腕を離そうとはせず、より一層優しい手つきで撫でることを止めない。レイニーもその感触が心地よく、感じた不安を束の間忘れて、夫となった想い人の手に身を任せた。
 と、その空間に、軽やかな打音が響く。
「失礼致します、エルーカ様がお入りになられます」
 一拍後に聞こえた女官の声と同時に、二人は慌てて身体を離した。通常の体制に戻ったストックが入室を促すと、重い扉が開き、侍女を従えたエルーカが入ってくる。
「ストック、レイニーさん。よくいらしてくださいましたね」
 頬を紅潮させたエルーカの様子に、レイニーも先ほどまでの落ち込みを吹き飛ばして、明るい笑顔を浮かべた。
「エルーカ王女、じゃなくてエルーカ女王!」
「忙しい中すまないな」
「何を言っているんですか、仲間が来てくれたんです。むしろ、待たせてしまってすみません」
 朗らかに微笑むエルーカだが、その格好は普段の動きやすいものではなくドレス姿だ。華美ではないが優雅な、女王に相応しいその姿は、恐らく公務のために用意されたものだろう。短い髪は相変わらずだが、共に旅をしていた頃とはあまりに違う格好に、レイニーは一瞬言葉を失う。
「ストックもレイニーさんも、宿は取ったのですか?」
「ああ、観光区に」
「やはりそうですか、残念です。お城に泊まって頂こうと思っていましたのに」
「え、ええっ……そんな、申し訳ないよ、そんなの」
 エルーカの言葉に、レイニーは我に返り、慌てて首を横に振った。少し待つだけでもこれだけ気疲れしてしまうのだ、泊まりなどしたら、身体が持つか分からない。王宮の豪華な食事と寝台に興味が無いといったら嘘になるが、今はとても、気楽にそれらを楽しめる気分ではなかった。
「気を遣われる必要はありません、旅の間あなた方にして頂いたことに比べたら、そんなことくらい」
 その慌てぶりが面白かったのか、エルーカが楽しげな笑みを零す。と、ふと思いついた様子で後ろを振り向くと、扉を手で指し示した。
「あなたたち、外で待機していて頂戴」
 控えていた侍女二人に指示すると、彼女らは一瞬ストックとレイニーを見たが、反論はせずに頭を下げる。あるいは女王に対して対等な口を利く彼らを、訝しく思っていたのかもしれない。戦争の中で王女を助けた剣士について、グランオルグ国民の多くがその存在を知っているが、正確な姿形を承知している者はあまり多く無い。特に、戦いに直接関わらなかった女性であれば、散らばった噂話程度の情報しか持っていないだろう。
 あるいは彼女達に人以上の推理力があれば、情報の断片から、真相を察することがあるかもしれない。だがストック達にとっては、そうならない方がむしろ望ましい。特にストックは、騒がれるのが得意な男ではないし、そうされては都合の悪い事情もある。レイニーもそれを承知しているから、殊更に彼の武勲を喧伝するようなことは謹んでいる。
「城の中でくらいは一人で歩き回りたいと、いつも言っているのですけど」
 侍女達が部屋を出て、扉が閉じられると、エルーカも随分と気が緩められたようだった。先程までが堅かったとは思わない、だが今の彼女の雰囲気は、明らかに柔らかさを増しているように感じられる。
「女王となれば当然のことだ。言われるがままに一人にして、何かあったら取り返しが付かないだろう」
 ストックの言葉は、エルーカも理解していることだったのだろう、大人しく頷きを返している。その様子は少しばかり寂しげだったが、反論が為されることは無かった。女王になるというのはそういうことなのだと、レイニーも漠然と感じる。王族どころか貴族とすら縁の無かった彼女だが、女王となったエルーカに対する民衆の反応を見るにつれ、その地位がどれ程重いものかは分かるようになっていた。エルーカ本人は、共に旅をしていた頃と、何ひとつとして変わっていない。だが女王の地位に立つという、言ってしまえばそれだけのことで、周囲との関わり方を大きく変えなければいけないのだ。ストックはそれを理解している、それも当然だろう、何しろ本来であれば彼自身がその地位に昇る筈だったのだ。エルーカと同じく、彼もまた、レイニー達と関わる筈の無かった存在なのである。先程感じた隔たりが蘇り、レイニーは意識せず自らの腕を掴んだ。エルーカとストック、目の前に居るはずの二人との間に、大きく距離があるように感じられる。
「レイニーさん? 何かありましたか」
 その様子に目敏く気づいたエルーカが、レイニーに視線を向けた。案じる声音に、レイニーは慌てて首を横に振る。
「え、な、何でも無いよ! 女王様も大変だなって」
「レイニー」
 だが彼女の夫は、そんな態度で誤魔化される程愚かではない。妹の手前か抱き寄せることは無かったが、そっと腕に触れ、体温を伝えてくる。
「妙な気を使うことはない。エルーカは、エルーカだ」
「レイニーさん……?」
「先程から少し、調子が悪そうなんだ。慣れない環境だからな」
 ストックに庇われ、エルーカにも心配げな視線を向けられ、レイニーは申し訳なさに顔を俯かせる。ストックの言うことは分かる、だがそれを実感として据えることが出来ないのは、やはり彼とレイニーの間にある決定的な差異なのだろう。落とした視線の端に己の旅着が見えて、そのみすぼらしさにまた気分が沈んだ。女王に会うのだからと、可能な限り埃を落として身繕いをしてきたつもりだが、このきらびやかな部屋にあってそれにどれ程の効果があっただろうか。少なくともレイニーは、王宮に相応しいような衣服も、化粧ですら持ち歩いてはいない。
「申し訳有りません、やはりここでは落ち着きませんでしたね。私が宿に行ければ良かったのですが」
「そ、そんなこと無いって! エルーカ女王は女王様なんだから、そんなことしたらそれこそ大騒ぎになっちゃうよ」
 慌てて否定するも、エルーカの表情は心配げなそれのままだ。その手がレイニーの手を取り、躊躇いがちに握り締める。ドレスに合わせた手袋は、驚く程滑らかな感触だ。それが触れる己の皮膚の粗さを、レイニーに否が応でも意識させてくる。
「レイニーさん、本当に遠慮はしないでください。私たちは」
 だがエルーカの側では、そんなことに気付いてすらいないようだった。真剣にレイニーを見詰め、語る口を一瞬止める。
「――家族、なんですから」
 そして続けられた声は、周囲の耳を恐れてか、とても小さなものだった。だがレイニーの耳には届く、その言葉に込められた心に、偽りが無いことも。手を握る力が強まったのを感じて、レイニーは顔を赤くした。言葉が見付からずにストックを見ると、彼の側も微かに笑みを浮かべ、レイニーに向けて頷いてみせる。
「お兄様と結婚なさった方なのですから、私にとっては義姉です。そうでしょう?」
「義姉って、そんな……有り難う、嬉しい、でも」
 エルーカの気持ちは分かる気がする、それはきっと優しさではなく、心からの愛情だ。レイニーも家族の縁に薄い生い立ちだ、本当の家族は戦禍で失ってしまったし、家族のように接してくれた傭兵団も不幸な事故で壊滅してしまった。だからエルーカが、自らを義姉だと呼んでくれると、胸が暖かい何かで満たされる気がする。
 だがその気持ち対して、素直に甘えるのに、先程からの躊躇が邪魔をしてしまっていた。
「でも私みたいなのじゃあ、女王様の家族になれないよ。育ちも悪いし、ガサツだし」
「何を言っているんですか!」
 俯いて呟くレイニーに、エルーカは本気で怒った様子で食ってかかる。ちらりとレイニーがその顔を見ると、美しい青い瞳には、真剣な情熱が湛えられている。痛いほどに握られたレイニーの手が、ドレスに覆われたエルーカの胸元に引き寄せられた。
「育ちがどうだとか、そんなことは関係ありません。レイニーさんが素敵な女性なのは、私とお兄様がよく知っています」
「でも、エルーカ女王がそんな風に言ってくれても、やっぱり他の人が」
「レイニー、お前は」
 それまで、妹と妻のやり取りを見守っていたストックが、静かに口を開いた。
「周りの言葉で、俺を選んだのか? 違うだろう」
「ストック……」
「他の奴が何と言おうと、俺達の気持ちが確かならば関係無い。エルーカも同じことだ」
「お兄様のおっしゃる通りです」
 ストックの言葉に、エルーカも深く頷き、同意を示す。レイニーから外されることの無い視線は、真っ直ぐで力強い。その強さにレイニーは目を逸らしてしまいそうになるが、何故か動くことはできず、こみ上げる何かを堪えて義妹の視線を受け止めた。
「私はレイニーさんを、本当の家族だと思いたいんです。もし、それが迷惑でなければ」
 レイニーが一瞬躊躇い、そして首を横に振ると、エルーカの顔がぱっと輝いた。有り難う、とレイニーが呟く。
「エルーカ女王がそう言ってくれて、嬉しいよ。……何だか、恥ずかしいけど」
「恥ずかしい? どうしてですか」
「だって、こんな格好だし。隣に並んだら、ちょっと恥ずかしいかなって」
「……もう、そんなことを気にしていたんですか!」
 唐突に、エルーカがレイニーに抱き付く。小柄な身体の重みを、レイニーは慌てて受け止め、迷った挙げ句に少しだけ抱き返した。
「よ、汚れちゃうよ?」
「構いません。私だって、以前はこんな格好では無かったんですから」
「でもそれは、あんな時だったからでしょ。本当ならお城で綺麗なドレスを着てた筈なのに」
 勿論、旅の最中で身形に構えなかった間でも、エルーカが目を引く存在であることに変わりは無かったが。自分はどうだったのだろうと、口に出さずにレイニーは考える。
「あたしはほら、傭兵あがりの情報部員だからさ。ごついし、エルーカ女王みたいに可愛くないし」
「……そうか? そんなことは無いと思うが」
 ストックが呟いた否定の言葉に、レイニーは一瞬頬を赤くして、伴侶を睨み付ける。
「それは私だって同じです、ドレスで身体の線を誤魔化しているだけなんですよ」
「ええ、そうかなあ?」
「本当です、傷も多いし、侍女に何度も怒られているんですから。ほら、手だってこんなに」
 滑らかな手袋を取り去った後のエルーカの手は、確かに女王のそれとは思えぬ程節が目立つものだった。よく見れば大小の傷も、あちこちに走っている。触れてみると硬い感触が返る、銃を握る際に力の篭もる部分なのか、付け根の一部は特に硬くなっているようだった。
「うわあ、ほんとだ……頑張ってるんだね」
「エルーカ、お前はまだ危ないことをしているのか」
「戦いに身を置いているわけではありません、いざという時の為です。それは、ストックも同じでしょう」
 渋い顔の兄には構わず、エルーカはレイニーに笑いかける。
「だから、レイニーさんが恥ずかしく思うことは、何もありません。私達はずっと、戦っていたのですから」
「……うん。ありがとう」
「そうだ、やはり今日は城に泊まられませんか?」
 そしてふいに、エルーカの顔がぱっと輝いた。何を思いついたのか、大きな目には実に楽しげな輝きが満ちている。
「私の服をお貸しします。レイニーさんがドレスを着たら、きっととても素敵だと思うんです」
「えええっ!?」
 唐突な申し出に、レイニーの目が丸くなる。レイニーも女性だ、美しい服で着飾ることに興味が無いとは言わない。まして普段は絶対に着られないような、王族が着るような豪奢なドレスとあっては、その魅力は計り知れないものだ。
「宿は引き払えば良いです、私も今夜は予定がありませんから。ね?」
「え、でも……ストック、どうしよう?」
「お前が良いなら、いいんじゃないか」
 それを分かっているのか、苦笑しつつストックが頷く。それでも迷いを示すレイニーの手を、エルーカの素手が取った。
「なら決まりですね。宿には兵を向かわせます、荷物も持ってこさせますから」
「いや、俺達が直接行く。お前も、まだ公務が残っているだろう。待つ間は街を見て、また城に戻ってくればいい」
「ああ、それはそうですね。今日は会食はありませんから、食事の時間までに戻って頂けますか?」
「分かった。レイニーも、それでいいな」
「え、あ、うん……有り難う」
 困ったような表情で、頬を赤らめて頷くレイニーに、エルーカの笑顔が向けられた。
「楽しみです。ドレスは用意しておきますから、夕食が終わったらご一緒してくださいね」
「……うん! 私も、楽しみにしてるよ」
 レイニーもそれに応えて、彼女本来の明るい笑顔になる。ちらりとエルーカの着衣に視線を走らせ、本来であれば一生着ることなど無かったであろう装いへの期待に、改めて胸を膨らませた。そんな女性二人を微笑ましく見守るストックだったが、ふと何かに気付いた様子で真顔になり、ぽつりと口を開く。
「だが、エルーカの服じゃ、大きさが合わないんじゃないか」
 そして零された発言に、レイニーとエルーカは一瞬動きを止め、次いでほんの僅かに視線を動かす。ストックの側では全く他意など無く、ただ二人の身長差を考えての言葉だったのだろうが、にもかかわらず浴びせられるのは冷たい視線である。
「……いや、何でもない」
 その理不尽に反抗する気力も無く、置いて行かれた男一人は、諸々の諦念を込めて降参の意を示すことしか出来なかった。






セキゲツ作
2013.08.13 初出

RHTOP / TOP