最近、周りの者達がおかしい。

「あ、ストック!」
城の入り口で行き会ったマルコは、今日も小柄な身体に似合わぬ鎧を身に着けていた。実働部隊を束ねる隊長として働いている彼は、戦争が終わった今でも殆どの時間を武装した姿で過ごしている。市街の巡回にでも行ってきたのだろうか、外から戻ってきた様子の彼は、丁度城から出ようとするストックと入れ違いの形で城門にやってきたところだった。
「どうしたの、城外に行くの?」
「ああ、市場に用があってな。……お前は、今戻りか?」
「うん、見回りが終わったから、訓練場に回るつもり」
戦争が終わり、多くの者がそれぞれの仕事で忙しくしている中でも、彼は指折りに多忙な部類に入る。その穏やかさで人心を集める彼が、能力の高さ故多くの仕事を任されているのが理由であるのは勿論のことだが、それに加えてストックにも一因を担うところがあった。元々隊長職はレイニーと2人で勤めていたのだが、彼女がストックとの結婚を機に家庭に入った結果として、マルコには多くの仕事が降り懸かることになってしまったのだ。勿論レイニーが担当していた仕事全てが彼に回ったわけではない、しかしそれでも、以前より格段に多くの業務をこなさねばならなくなったのは確かである。
その負い目があって、ストックは彼から回された仕事は、少しだけ優先順位を上げて処理することにしていた。私事と業務を混同するのは褒められたことではないが、マルコが極端に忙しいのは事実であり、他の者の業務に支障が出る程の贔屓はしていないのだから許される範囲だろう。
しかし、それが最近。
「そうだストック、頼んでおいた申請、大丈夫そう?」
「ああ、訓練用具の発注か? ……急げば間に合うと思うが」
「よかった、じゃあお願いするよ!」
にっこりと笑うマルコに、ストックは首を傾げた。彼が申請している新兵用の訓練用具は、確かに必要なものではあるが、その主張ほど急いで用意する必要があるとは思えない。次の新兵が配属される前までに間に合わせれば良く、別段今日明日を急いで発注する必然性は無い筈だ。普通より早い納期で発注をかけるとなると各所への調整が必要になる、余計な手間を減らすためにも、出来れば納品希望日をずらして欲しいと以前に伝えてあった。しかしマルコはその提案に納得せず、あくまで可能な限り急いでの納品に拘っている。
「基本は新兵用だけど、普通の兵も使えるしね。今は人員削減が進んでる割に危険な任務が多いからさ、訓練をしっかりさせて少数精鋭を目指さないと」
そう言われてしまえば、事が兵達の命に関わっているだけに、ストックとしても強く反論は出来ない。諦めて受諾の意を示し、彼の希望を通すために必要な手続きを頭の中で組み立て始める。これでまた彼の仕事は増えることになる、それは構わないのだが、問題なのは最近そんな要望が妙に増えてきていることだった。マルコは公平な性格だ、ストックが友人だからといって仕事上で甘えることは今まで全く無かったのだが、ここのところ少々強引に依頼を回してくることが多くなっている。それも、どれも緊急のものとは思えない、後回しにしようと思えば出来るような業務を急ぎとして頼んでくるのだ。マルコの多忙を知るストックだから、可能な限りは要望に沿うようにしてやってはいたが、それによって最近の彼の帰宅時間はかなり遅くなっていた。
「ごめんね、最近こんなお願いばっかりで」
「いや……お前も大変だろうからな」
「そう言ってくれると助かるよ。今回ので落ち着くと思うから、最後に一回だけ、頼まれてくれないかな?」
「ああ、分かった。今日中に発注するように、手配しておく」
それによって、今日ストックが定時で帰れる可能性はなくなったわけだが、それに関しては言及せずにおく。
「有り難う! 今度僕が手伝えることがあったら、遠慮なく言ってよね」
そんな健気な台詞と共に、嬉しげに笑う友人を見れば、多少の無理は仕方ないという気持ちにもなるというものだ。家で待つレイニーには申し訳ないと思うが――と、そこまで考えてふと、ストックは先日見かけた光景を思い出した。
「そういえば、マルコ。2日前、街でレイニーと会ったか?」
「え? 2日前か、どうだったかな……ああ、でもその日かどうかは分からないけど、ちょっと前にレイニーとは会ったよ」
「そうか……何か、話をしていたようだったが」
「何だ、ストックも居たんだ? 声かけてくれればよかったのに」
マルコは屈託なく答えるが、その時の彼らは妙に真剣で、話しかけるのを躊躇うような雰囲気だったのだ。近寄ることはしなかったので話題までは分からない、しかしその空気は偶然行き会っての世間話とはとても感じられないものだった。
「何か、あったのか?」
「ううん、単に見かけたから声をかけただけ。っていうか正確には、レイニーの方から話しかけてきたんだけどさ」
こっちは仕事中なのに、と溜息を吐くマルコの様子に、嘘の気配は見られない。ストックとて彼らの間柄に何かを邪推するわけでもないが、それでも自分の感覚と相手の証言が食い違う状態には、少なからぬ違和感を覚えるのは仕方のないことだ。
「じゃ、僕はもう行くね。訓練がもう始まってるから、急がないと」
しかし、そう言って切り上げる姿勢を見せられてしまえば、それに逆らうことは出来ない。
「ああ。引き留めてしまって、悪かったな」
「何言ってるのさ、こっちから声を掛けたんじゃないか」
童顔を朗らかに綻ばせるマルコに、ストックもあるかなしかの笑みを浮かべてやると、珍しいものを見たとでも言いたげにマルコの目が丸くなる。しかし本当に急いでいるようで、それに関して話題を投げることは避け、休ませていた己の武器を手に取り直した。
「それじゃあ、またね。街に行くなら気をつけて」
「……ああ」
手を振ってマルコと分かれると、ストックは微妙に残った凝りに首を傾げつつ、とにかく仕事を済ませてしまおうと、城門を抜け街へと足を向けた。



 ――――――



アリステル城下に立つ市には、実に様々な品を商う店が軒を連ねている。周辺の農村から輸送された生鮮品や、被服や小物といった日用品など、売られているのは基本的には街の者が必要とする実用品だ。しかし最近では、安価で庶民的な品々に混じり、グランオルグやセレスティアからの輸入品もここで扱われるようになってきている。コルネ野菜などの高級品はまた別の場所、例えば店舗を構える専門店などで売られることの方が多いのだが、もう少し値段と質が下がる品となれば露天の出番だ。コルネ村のように名前が付かない一般的な野菜や、本物かどうかも疑わしいマナの結晶など――比較的真っ当な品から出自も知れぬ怪しげなものまで、質も種類も多岐に渡る賞品が、この市では商われていた。
戦前に比べて扱う品目が増えた市は、比例するようにしてその規模と人出を増大させ、アリステル市民の生活の拠点であると同時に格好の観光名所ともなっている。人が増えれば金も回る、ということでこの場所はアリステルの重要な税収源となる筈なのだが、如何せん急激に規模を大きくしたために明確な規則というものが存在しない。一応露天を出すには許可が必要だが、売り上げなどは誤魔化し放題だし、中には申請する手間を省いて勝手に天幕を広げてしまっている店も多数存在する。そうして増えた無法の徒によって市場における犯罪の発生率も引き上げられ、困ったことにそれにつられて、アリステル全体の治安が徐々に悪化しつつあった。発展の可能性と共に大きな問題を抱える市場の整備と治安維持は、現在のアリステルにとって可及的速やかに取り組まねばならない課題なのである。そしてその為にストックは、今まで何度となく市場の管理会と会談の場を持っているのだ。
今日もストックは彼らと話し合いをすべく、市場の奥を目指していたのだが、その目と足がふと一点で停止した。
「レイニー」
そして妻の名を呼び、彼女の元へと歩み寄る。市場で買い物をしていたらしい彼女は、大きな袋を両手に抱え、さらに何某かを買い求めようとしているところだった。商店の主に金を払ったところで己への呼びかけに気づき、顔を上げて声のした方向へと目を向ける。
「……あれ、ストック!」
相当に驚いたのだろう、勝ち気に見えるつり目を大きく見開き、可愛らしく手元に口を当てた。その手から荷物が転げ落ちそうになり、慌てて体勢を整え袋を抱え直す。
「手伝おう」
「っと、ありがと。どうしたの? 今日、仕事だったよね」
「ああ、市場の管理者に用があってな」
「そ、そっかあ。凄い偶然だね」
そう言って笑うレイニーの笑顔は、しかし何処かぎこちない。彼女も実は、最近様子がおかしい者達のうち1人だった。普段は何ということもなく過ごしているが、ふとした拍子に今のような不自然さが顔を覗かせてしまう。何か隠し事があるのだと口に出して言ってしまっているような状態だった。
「……そうだな。お前は、買い物か?」
「うん、夕飯のね。あ、ストック仕事中なら良いよ、自分で持つから」
「いや、道が分かれるまでは持っておく」
「……そっか、ありがと」
ストックの気遣いに、レイニーははにかんだ笑顔を浮かべ、大人しく荷物を預けてくれる。妻の可愛らしい反応に目を細めるストックだが、しかしその表情がふと、不思議そうな色を帯びた。
「だが、随分と大量に買い込んでいるな」
ストックとレイニーにはまだ子供が無く、夫婦で2人暮らしだ。かさばる品はストックが休日に同行した時に購入しており、毎日の買い物に関しては、さほど大量になることんどない筈なのだが。
「え? えーっと、いやほら、今日は安売りだったからさ。ほんとごめんね、仕事中なのに」
慌てた様子のレイニーに、ストックはまた首を傾げた。言っていることは納得できないでもないのだが、態度がおかしい。真正直な性格の彼女だ、嘘を吐くのにも慣れてないのだろう、その言い方ときたら実に分かりやすく言い訳と見抜けるものだった。本人にもその自覚はあるらしく、必死で話題転換を謀ろうとしているのが非常によく伝わってくる。
「いや、そんなことくらいは構わない。……家までは、大丈夫か?」
「勿論! 実戦からは退いたけど、まだまだあたしだって衰えてないよ」
「そうか。頼もしいな」
しかしストックは、その嘘を追求することなく、あっさりと矛先を納めた。市場の中を歩いているこの状況では落ち着いて話し合うことなど出来ないし、そもそもレイニーの気持ちを考えず強引に聞き出す必要があるほど、大した秘密であるとは思えない。信じられる相手と思ったからこうして結婚まで至ったのだし、その彼女が言うべきでないと判断したことであれば、無理に知ろうとはしない方が良いのだろう。
だからストックは口を閉じ、それ以上の追求を止めたのだが、ふと。
「そういえば、レイニー。2日前、マルコと会っていたか?」
「へっ? え、えーっと……」
「街で、話しているのを見かけたんだが」
マルコに投げたのと同じ問いをレイニーにも投げてやると、彼女はまた困惑した様子で、視線を明後日の方向へとさまよわせた。
「うん、会った……かも。2日前だよね?」
「ああ」
「多分会ってたんじゃないかなあ、よく覚えてないけど。街で、偶然会っただけだから」
これまた疑わしげな態度だが、それでも一応マルコが言っていたのと同じ状況ではある。何事も無いのに疑う必要はない、そう言い聞かせて口を閉じたが、しかしレイニーはさらに言葉を続けて。
「そうそう、ちょっと思い出してきた。あの時はマルコの方から話しかけてきたんだよね、珍しいなあって思ったんだ」
そんなことを付け加えたものだから、ストックの心にまた疑念が芽生えてしまう。先程マルコは、話しかけたのがレイニーの方からだと言っていなかったか。別段対した差異ではない、どちらかが記憶違いをしているのだと言われてしまえばそれまでだが、積み重なった他の出来事も加われば引っかかりはどうしても大きいものになってしまう。
「……あ、じゃあここまでだね。あたしは家に帰ってるから」
しかしそれ以上会話を続ける暇もなく、彼らの家に通じる分かれ道へと辿り着いてしまった。ストックも仕事中のこと、まさか家まで着いていって話を続けることなどできない。諦めて荷物をレイニーに返し、帰途に着く彼女を見送る。
「そうだな。気をつけて帰るんだ」
「ありがと、ストックもお仕事頑張ってね!」
「ああ、有り難う。……そういえば」
「え、何?」
「今日は少し、帰りが遅くなるかもしれない」
ストックの言葉に、レイニーの表情に一瞬焦りの色が浮かんだ。
「……そうなの? 何時くらい?」
「分からないが……おそらく、7時より前には帰れないと思う」
そう言うと、彼女は考え込むような様子を見せる。しかしそれは僅かな間のこと、直ぐに明るい表情を取り戻してにこりと笑ってみせた。
「そっか、分かった。じゃあ、準備して待ってるからね」
「ああ、すまない。遅くなったら、先に食べていてくれ」
「駄目だよ、そんなの出来るわけないじゃない! ……だから、早く帰ってきてね?」
むくれて不満を示すレイニーに、ストックは苦笑しながら頷きを返す。
「分かった、努力する。……じゃあ、仕事に戻るからな」
「はーい、お疲れ様。それじゃ、またね」
荷物があるから手を振ることは出来ないが、代わりとばかりににこにこと笑顔を振りまいて去っていく妻を、角を曲がって見えなくなるまで見守り。そしてストックも、消えぬまま残された疑問に首を捻りながら、とにかく仕事を済ませるために市場の奥へと歩いていった。



 ――――――



無事会談を終えた後、ストックは再びアリステル城に戻り、執務棟の自分の部屋を目指していた。今日は諸々の仕事が積み重なっている、急いで処理していかなければ、帰宅時間が延びるばかりだ。先程のの会談内容を纏め計画書を作り、数日後に迫った国際会議の段取りを組んで、その後マルコに頼まれた発注の手配をしてしまわねばならない。頭の中で筋道を組み立てつつ、足早に角を曲がった、その途端。
目に飛び込んできたのは、見慣れた親友の姿だった。
「……」
しかしストックは敢えて声をかけず、それどころか足音と気配までも消して、そっと彼に忍び寄る。何事か考え込みながら歩いているロッシュは、ストックの接近に全く気づいていないようだった。それを確認すると、ストックは徐に術を解き、ロッシュの右腕をがしりと掴む。
「ロッシュ」
「……!! って、何だよストックか……驚かせやがって」
一瞬その目に鋭い臨戦の色が浮かんだが、ストックの姿を認めると、それは直ぐに安堵と呆れに取って変わる。厳つい顔を困惑に染め、捕まれた腕とストックの顔を交互に見遣った。
「で、何の真似だよ、これは」
「こっちが言いたい。……最近、避けているのは何故だ」
ストックの言葉に、ロッシュが表情を引き攣らせる。ここのところ周囲の様子に違和感を感じてはいるのだが、その中で最もおかしいのがこの男だった。彼の異常は実に分かりやすい、非常にあからさまに、ストックのことを避けているのだ。
「んなこと」
「ある。会議が終われば直ぐに姿を消すし、行き合っても話しかける前に逃げてしまうだろう」
ロッシュとストックの立場は、軍人と内政官で異なっているが、同じ城で働いているのだから仕事中に顔を合わせる機会は多い。親友同士である彼らは、互いの姿を見かければどちらからともなく話しかけ、そのまま会話となるのが常であった。しかしここ最近は、ロッシュの方から声をかけてくることが全く無くなり、さらにストックが話しかけても一言二言話しただけで話を切り上げられてしまうようになっていた。酷い場合など姿を認めた時点で逃げるように立ち去られてしまったことすらある、だから今も、逃げられぬよう気配を消して強引に腕を掴んでしまったのだ。
ストックの真剣な視線に対して、しかしロッシュは困った様子で顔を逸らすばかりで、目を合わせようとしない。その様子がまた苛立たしく、ストックは舌打ちしかねない勢いで腕を掴む力を強くした。
「あー……いや、その、何て言ったらいいか」
「……ロッシュ」
確かに、親友といえど喧嘩のひとつやふたつをすることはある。そうなった際に、どちらかが折れるまで口も利かなくなる事が、今までにも無かったわけではない。しかし今回は違う、ストックの側に何も思い当たることが無いのだ。言い争いひとつした覚えも無い状態から、唐突に会話を拒んで逃げ出す領域に飛び込んでしまったのだから、混乱しないわけがないだろう。
勿論ストックとて、ロッシュが単なる気まぐれでそんなことをしているのだとは思っていない。きっと何かの理由があるはずだ、今日はそれを聞き出すまで離さない――と、そんな気合いを込めて腕を掴んでいるのだが。
「……すまん!」
ストックが何を言い出すより前に、ロッシュが真正面から謝罪をぶつけてきた。出鼻を思い切りくじかれて、ストックが目を瞬かせる。
「詳しくは言えねえんだが、ちょっと今、お前に近づくなって言われてんだよ」
「……言われている? 誰にだ、何故そんなことをする必要がある」
「それも言えねえ」
申し訳なさそうに顔を歪めながら、それでも譲る気配の無い語調で、ロッシュが言い切る。そして、僅かに力の緩んだストックの手を振り切ると、やはり逃げ出すようにして歩きだしてしまった。
「あ、おい」
「すまん、明日になったら全部話すから! 今日一日だけ、勘弁してくれ……!」
そう言いながら、殆ど走るような勢いで姿を消した友人を、ストックは呆然と見送る。誰かにストックとの接触を禁じられたというのも不可解な話だが、明日になれば話すことが許されるというのもよく分からない。今日のうちに、状況が変わるような何かが起こるというのだろうか、それとも。
「……ストック?」
考え込んでいるうちに近寄られていたのだろう、直ぐ傍から声をかけられ、ストックは素早く振り返った。警戒の混じったその表情は、そこにソニアの姿を見出すと、直ぐに緩められる。研究者である彼女を執務棟で見るのは珍しい、首相あたりに報告でもあったのか、小脇には分厚い資料の束を抱えていた。
「どうしたんですか? ぼんやりして」
「ああ……いや、ロッシュが」
「はい? あの人がどうかしたんですか」
「最近、ロッシュの様子がおかしくないか?」
話そうかどうか一瞬迷ったが、結局真正面から問いを投げかけることにした。何しろ彼女はロッシュの妻だ、彼が抱える事情に気づくとしたら。彼女以外に考えられないだろう。しかしストックの期待を裏切って、ソニアは実にあっさりと首を横に振った。
「いえ、特には何もないと思いますけど」
「……そうか」
「ええ。それよりストック、少し相談したいことがあるんです」
「相談?」
思ってもいなかった単語を発せられ、ストックは怪訝そうに眉を顰める。情報を求めてソニアの表情を伺えば、そこには真剣な色が浮かんでいた。
「はい、私の友人のことなんですけど、第三者の意見を聞いてみたくて」
「ああ……構わないが」
彼女の側から相談を持ちかけられることなど、考えてみれば今まで殆ど無かったことだ。ロッシュとの仲が遠ざかりかけた時も、彼女自身は何も言わなかった、研究員の一人から依頼されなければそのまま気づかずに居た程である。そんな彼女が意見を聞きたいというのだから、余程考えあぐねてのことなのだろう。頭の良い彼女以上に有効な助言などが出来るとも思えないが、可能な限りは手助けをしてやりたい、そう考えてストックは首肯を返す。
ストックの快い肯定に、ソニアは笑みを浮かべ、ひとつ頷くと話を続けた。
「有り難う、ストック。そうですね、ちょっと曖昧な話になってしまいますが……その人は、ある時他の人に、お礼を言われたんですよ」
「お礼?」
「はい、お礼というか、感謝というか、まあそのような感じの気持ちを告げられたんですね。ですが、その人にはそんな覚えが、全く何もないんです」
「……どういうことだ?」
「どうやら、その人が知らないうちに、お礼を言った人の助けになるようなことをしていたらしいんですよ。で、自分にとっては何の覚えも無いのに、お礼を言われることになったと」
ソニアの言葉にストックは考え込み、状況を想像する。その様子を見守りながら、ソニアは改めて、問いかけを投げた。
「こんな時、彼は何と言えば良いと思いますか?」
「……素直に、覚えがないと言うべきだろうな」
僅かな思考時間の後、ストックが返したのは実に真っ当な意見だった。しかしソニアはそれに納得せず、首を横に振る。
「それは、伝えました。その人を助けるためにしたことではないし、お礼を受け取るような理由は無いと。ですが相手は、それでもかまわないからお礼がしたい、と言い張るんです」
「……」
ストックはまた少し考え込んだ。顎に手を当てて思考を巡らせるストックに、ソニアがじっと視線を注いでいる。
「その人は、お礼を受け取るべきでしょうか? それとも、覚えが無いことでお礼を言われるのはおかしいと思いますか?」
「……一般論でどうすべきかは、わからないが」
「構いません、ストック、あなたの考えを聞かせてくれれば」
その言葉にストックはひとつ頷くと、ソニアの強い視線を受け止めて、真っ直ぐに彼女を見詰めた。
「俺は、受け取るべきだと思う」
「何故、そう考えるんです? その人には感謝される覚えが無いんですよ」
「覚えがなくとも自分の行動によって何らかの気持ちが生まれたのなら、受け止めてやるべきだ……礼を告げられないことが、重荷になるということもある」
「……相手が感謝している行為が、その人にとって嫌な思い出に結びついているかもしれなくても、ですか?」
「確かに、覚えていないのだからその可能性も否定は出来ないが」
静かに、揺るぎ無い態度で、ストックはソニアに向かい合う。
「それは、相手には関係のないことだ。感謝したいという気持ちは、そいつの記憶とは何の関わりもない」
「……そうですね」
はっきりと言い切ったストックに、ソニアは神妙な様子で頷いて。そして、何故か嬉しそうな様子で、柔らかな微笑を浮かべた。
「有り難う、ストック。貴方ならそう言ってくれると思っていました」
「……俺は、何もしていない」
「いえ、良いんです。その言葉を聞きたかったんですから」
そう語るソニアの真意は分からない、だがこの話に何の意味があったにしろ、彼女がストックの答えから何某かを得たのは確かなようだった。
「そうか。……それなら良かった」
「すいません、突然妙なことを聞いてしまいましたね」
「別にこれくらいは構わない。……もう、行っても良いか?」
「ええ、忙しいところを引き留めてしまって御免なさい」
「お前も、忙しさでは変わらないだろう」
「そうでもありませんよ、子供が居ますから、随分便宜をはかってもらっていますし」
言いながらソニアは、手にした書類を持ち直し、話を切り上げる姿勢を見せた。
「それじゃ、私も行きますね」
「ああ。ロッシュに、よろしく伝えてくれ」
「はい、分かりました。それじゃあストック、また後で」
ふわりとした笑みを残して、ソニアがその場から立ち去る。手を振ってそれを見送ったストックだが、ふと彼女の言葉に違和感を覚えて、眉を顰めた。
「……また、後で?」
何か今日のうちに予定でも入っていたかと思ったが、特に思い当たることはない。彼女とレイニーは仲が良いから、知らぬ間に夕飯を共にする約束でもしていたのかもしれない、そのこと自体は何もおかしくなどない。しかし今日一日、いやここしばらくの間あちこちで感じてきた違和感と同じものが、ソニアの言葉からは感じられたのだ。
ストックはしばらく考え込んでいたが、やはり明確な回答は見付けられず。諦めて、その日何度目になるかも分からない程頻繁に捻っていた首をもう一度だけ捻りながら、自らの仕事を進めるために執務室へと戻っていった。



――――――



時計を見遣れば、もうすぐ6時を回ろうというところだった。定時である5時を過ぎて、予想通りストックは未だ執務室に釘付けになっている。出来るだけ急いで帰ろうと、可能な限りの速度で書類にペンを走らせてはいるのだが、さすがの彼といえど掛かる時間を一定以下にすることは出来ない。黙々と、止まることなく動き続ける時計を恨めしげに睨み付けていると、突然部屋にノックの音が響いた。
「や、ストック。やってるね」
そして返事を待たずに扉が開かれる、そこから顔を覗かせたのは、アリステルにおける現在の国家元首だ。人当たりの良い、しかし食えない笑顔を浮かべたラウルは、無遠慮に部屋の中へと入り込んでくる。
「……何の用だ?」
「やだなあ、そんな冷たい目で睨まなくても良いじゃないか。別に仕事を押しつけに来たわけじゃないから、安心してくれよ」
ストックの無表情に嘆息しつつ、ラウルは妙に芝居がかった仕草で両手を広げた。
「むしろその逆のことを言いにきたんだ。今日は仕事を早めに切り上げてくれ、ってね」
「……どういうことだ」
訝しげなストックに向かい、ラウルが説明を重ねる。
「明後日、国際会議があるだろう? その準備と警備のために、会議に関わる人員以外は、早めに城から出るよう言われているんだよ」
「……俺は一応、担当の一人だが」
「それでも、特に残るよう伝達されていなければ、7時までには退城してくれ」
それでもまだ納得し切っていない表情のストックに、ラウルは苦笑を浮かべた。確かに、残るように言われたのならともかく、早く帰れという指令に文句を言うのはおかしなことかもしれない。しかしストックにも、そして恐らくほかの者にも、仕事の都合というものがあるのだ。今日明日でこなせる仕事が少なくなってしまえば、そのしわ寄せは明後日以降に行くことになるし、最悪明後日の会議自体に間に合わなくなってしまう。
そんな思考を、表情の僅かな動きから読みとったのか、ラウルが呆れたように言葉を続けた。
「まあ、明日はこんなこと言われないから。仕事が残っているようなら、すまないけど明日頑張ってくれ」
「……どういうことだ?」
「そのままの意味さ、早く帰って欲しいのは今日だけらしいよ」
そしてひょいと肩を竦めると、訳が分からないといった表情を浮かべたストックを見遣ったまま、部屋の扉に手をかけた。
「じゃ、確かに伝えたからね。7時にはここを閉めて、城を出ていること」
「お、おい」
「新婚の可愛いお嫁さんが待っているんだろう? 早く帰ってあげなよ」
そして、ストックが呼び止めるのも聞かぬまま、入ってきた時と同じ唐突さで部屋から姿を消してしまった。残されたストックは、ひたすら浮かぶ疑問符を処理することも出来ぬまま、ただ扉を睨み付けるしか出来ない。
しかし兎に角はっきりしているのは、どうやら夜が更ける前にこの部屋を、というか城を出なくてはならないということだった。意図が読めない命令だが、それを下した当事者が目の前に居ない以上、真意を問いつめることも出来ない。
「……仕方がない、か」
諦めの篭もった言葉を、嘆息に乗せて呟く。まあ、元々今日は深夜帰りになるほど業務が溜まっているわけではない、7時ならば本来の予定とさほど大きくは違わない筈だ。その時間までに、可能な限り多くの書類を仕上げてしまおうと、先程までの勢いを取り戻して机に向かい始めた。



 ――――――



そして予定通り7時になり、警備の兵に追い立てられるようにして帰途着き。すっかり暗くなった空の下、自宅へと続く道を歩きながら、ストックはやはり首を傾げていた。
妙な一日だった、最近おかしなことが多いのは確かだが、その中でも極めつけに妙なことばかり起こっていた。良くないことだと分かってはいるが、誰も彼もがストックに隠し事をしているような、そんな疑念が生じてしまう。ストックは星の輝く夜空を見上げ、小さく息を吐いた。レイニーに対しては、今夜問い質して見るのも良いかもしれない。妻を疑うことなどしたくないが、疑心を抱えたまま時を過ごし、互いの齟齬が大きくなるのを見過ごしてしまう方が余程危険だろう。
そんなことを考えているうちに、ようやく彼の自宅まで辿り着いた。昼間に待っていると言ってくれた言葉の通り、窓には明かりが灯り、料理の良い匂いが漂ってきた。家庭の持つ暖かな空気、それを極間近に感じて、ストックは低く息を吐く。
そして玄関の扉に手をかけ、中の妻に向けて声を上げながら、それを開いた。
「レイニー。帰ったぞ」
――しかし、その声に帰る言葉はない。
明かりは灯っているし、荒らされた様子はどこにもない、しかし本来そこに居るべき人物の姿だけが見あたらなかった。
「レイニー」
再び、奥に向けて声をかけるが、室内からは物音ひとつ返らない。手が放せないにしても声くらいは返してくるだろうし、ストックの呼びかけが掻き消されて彼女の耳に届いていないのであれば、もう少し物音がしていないとおかしいのに。
何かがあったのだろうか、ストックは身を堅くして奥の様子を伺う。足音を消して屋内に入り込むと、居間の中に複数の人間が潜んでいる気配が感じられた。
「…………」
それが誰かはわからない、だからストックは、無言で剣の柄を握りしめる。何かあれば即座に抜刀出来るように身構えつつ、ゆっくりとした幅で呼吸を繰り返し、体の力を抜いて。
そして一気に扉を開き、居間の中へと飛び込んだ――


「ストック! お誕生日、おめでとう!」


――と同時に、部屋の中に拍手の音が満ちる。それに負けぬほど大きな声で発せられた台詞の中身を、ストックは即座に理解できず、硬直したまま立ち尽くしてしまった。
見回せばそこには、大勢の友人達が集まっていた。マルコが、満面の笑みを浮かべて手を叩いている。後ろに居るのはロッシュとソニアだ、ロッシュは苦笑して、ソニアは暖かな笑顔で、やはりどちらも拍手をしてくれている。その隣に居るのはガフカと、彼に抱えられて皆と高さを揃えているアトだ。そして中央には、エルーカとレイニーが、揃って眩しいほどの笑顔を浮かべていた。
「な……これは、一体」
「ストックのお誕生日パーティーなの! ストックが今日お誕生日だって、エルーカが教えてくれたの!」
「正確にはエルンスト王子の、だけどね」
「はい、お兄様は覚えていらっしゃらないかもしれませんが……」
「レイニーが、どうしてもお前の誕生日を祝いたいって、エルーカに聞いたらしいぜ。そしたら皆が集まるって言い出して、こうなったわけだ」
口々に状況を説明してくれる仲間の顔を、ストックは順繰りに眺めた。どの顔も笑顔で、視線は真っ直ぐストックに注がれている。ふと見れば、居間の机にはレイニーが腕を振るったと思われる、沢山の料理が並べられていた。その光景に思い至るところがあり、驚きで強張っていた口を、ぎこちなく開く。
「……まさかマルコ、最近手のかかる仕事を回してきていたのは」
「うん、レイニーがプレゼントの準備をするのに、時間が作れるようにね。ちょっと帰りを遅くさせてもらってたんだ」
迷惑かけてごめん、と手を合わせて謝られ、ストックは思わず絶句する。
「レイニー、昼間市場で大量に買い込んでいたのも、これのためか?」
「そういうこと。まさかストックに見られるとは思ってなかったから、びっくりしちゃったけど」
「それを言うなら、僕とレイニーが話してたところも見られちゃってたしね。ストックは鋭いから、これでばれちゃわないかって随分冷や冷やしたよ」
「そうだね、聞かれたのが今日だったから助かったけど、もっと前から追求されてたら危なかったかも」
レイニーとマルコが顔を見合わせて笑う、それを横目に見ながら、ストックは妻と並んだ親友へと視線を向けた。
「ロッシュ、お前が最近おかしかったのも」
「ああ、悪かったな、気にさせて。俺が下手に話すと今日のことを聞き出されかねないから、準備の間は会話自体避けろと言われてたんだ」
苦笑するロッシュに、ストックは呆れて溜息を吐く。中々無茶な作戦だが、実際それで秘密を暴かれずに済んでいるのだから、思うほど間違った手段では無かったのかもしれない。
最近悩まされていた諸々の疑問が解けて流れてゆき、ストックは大きく息を吐いた。そして改めて友人達の顔を見渡す、彼らも皆それぞれに忙しいだろうに、こうして集まってくれたのだ。ストックの誕生日を祝うために――ストック自身は、己の産まれた場所が何処かすら、覚えていないというのに。こうして祝われても何処か他人事という気持ちが抜けないのは、この誕生日が「エルンスト」の物だからだろうか。彼と自分は同一のものだと、頭で分かってはいるが、記憶が失われたままのストックにとっては実感に乏しい知識としての情報に過ぎないのだ。
黙り込んでしまったストックに、ふと視線が刺さった。見ればソニアが、真っ直ぐな目でストックを見詰めている。その、語るよりも余程雄弁な瞳は、ストックの心に昼間のやりとりを思い起こさせた。

例え、自分が覚えていなくても。

自分にとって、辛い記憶かもしれなくても。

そこに、差し伸べられた気持ちがあるのなら。

「……ストック、あの、ごめんね……ひょっとして、嫌だった? 覚えてないことでお祝いされるなんて」
黙り込んでしまったストックに、レイニーが不安そうな表情を向ける。先程までの笑顔とは一転して、泣き出しそうに目を潤ませている彼女に、ストックは優しく笑いかけてやった。
「……まさか。驚きすぎて、声が出なかっただけだ」
そして、レイニーの肩に手をかけると、そっと身体を引き寄せて。
「有り難う」
思いを込めて囁くと、周囲の仲間達から、再び暖かな拍手が沸き起こった。



 ――――――



「おめでとうございます、ストック」
そして改めて宴が始まり、食事をしつつ一通りの参加者から祝いの言葉を受けた後。最後にストックの隣にやってきたのは、ソニアだった。
「……ソニア。今日はすまなかったな、忙しいのに」
「いえいえ、親友の誕生日ですもの。参加しなくてどうするんですか」
「そうか……有り難う。子供は、どうしたんだ?」
「隣の部屋に寝かせてあります。さっき様子を見てきました、よく寝ていましたよ」
朗らかに微笑むソニアを、ストックは眩しげに見詰める。頭が良く、心根の優しい彼女は、いつでも周りの人間をそっと助けてくれている。今日のこともそうだ、仕事と育児で忙しい中でもレイニーを助け、共に準備を進めてくれたのは彼女なのだ。――それに。
「……昼間は、すまなかったな。気を遣わせたようだ」
「ああ、あれですか。出すぎた真似だったかもしれませんけど」
「そんなことはない。おかげで、直ぐ反応することが出来た」
失われた記憶、エルンストとして過ごした過去は、ストックにとって複雑な気持ちの残る存在だ。自分の中からは消え失せてしまったのに、「エルンスト」は未だ多くの人々の心に大きな影響を与え続けている。その事実に思いを馳せる度、悔恨にも似た重い塊が胸の中に生じるのだ。だから、ソニアからの相談を装った助言が無ければ、望ましい反応が返せたかどうかは分からない。彼女の言葉で、自分の中の気持ち、本当に大切なことに直ぐ気付くことが出来た。
感謝を込めて礼を述べると、ソニアも明るく笑ってみせる。
「それなら、良かったです。……いえ、私は貴方なら大丈夫だと思っていたんですけどね。ロッシュが、心配していて」
「……あいつが?」
「ええ、急にこんなことを言われて、ちゃんと反応できないんじゃないかって。折角皆さん集まってくださるのに変な空気になったら申し訳ないって、随分気にしていたんです」
「成る程……相変わらず、心配性だな」
「あれはもう、病気です。そう簡単には治りませんよ」
さらりと酷い評を下すソニアに、ストックも苦笑を浮かべる。そしてその表情が、ふっと真剣な色を帯びた。
「……だが、それでもやはり、不思議な気分だな。俺自身は覚えていないのに、こうして皆が集まってくれるというのは」
言いながら、参加者の顔をゆっくりと見渡す。セレスティアやフォルガから態々やってきてくれたアトとガフカも、国際会議という口実を作ってまで駆けつけてくれたエルーカも。アリステルに居るロッシュやマルコにしたところで、休みも禄に取れないほど忙しく仕事をしている中で、こうして祝いの席に参加してくれているのだ。そういえばストックが城を追い出されたのも、彼らの手回しがあったからなのだろう、それ程までに皆が心をかけて祝ってくれている。今日という日を、ストック自身は覚えていないというのに。
ソニアはそんなストックを見詰めていたが、やがてふわりと微笑んで、口を開いた。
「それだけ皆、貴方のことが好きなんですよ」
その、あまりにも飾りのない言葉に、言われたストックはどう反応を返して良いのか分からない。戸惑った視線を投げる彼に、ソニアは優しく言葉を続けた。
「世界を救っただとか、昔の記憶が無いだとか、そんなことは何の関係もありません。皆貴方のことが大好きで、貴方がここに居てくれることに、何でも良いから感謝したいんです」
「……感謝?」
「ええ」
その微笑みが、染みひとつ無いほど清らかな愛情に輝いて見えたのは、彼女が子を産んだ母親だからだろうか。命が誕生する、世に当たり前に存在する奇跡をその身で知る者だからこそ、彼女の言葉は重みを持って心に響くのかもしれない。
命の尊さを、人を愛する喜びを、誰より知るからこそ。
「誕生日を祝うというのは、貴方が産まれて、今まで無事に生きてきてくれたことに感謝する日なんですよ」
その言葉は深く、ストックの心の深くまで沈み込んでいく。
その半生は、とても平穏とは言えないものだったかもしれない。覚えている部分もいない部分も、彼の人生は血と憎しみと妄執と、そんな暗いものたちに彩られたものだったのだから。挙げ句の果てに一度命を落とし、借り物の魂で、いびつな生を受けて。
だが、それでも。
「ストック。産まれてきてくれて、そして、私たちと出会ってくれて……有り難う」
こうして、存在を望んでくれる者達が居る。
出会いに感謝し、無事を喜び、未来を願ってくれる者達が、ここには居るのだ。
「お誕生日おめでとう、ストック」
その事実の尊さを知れば、過去であろうと未来であろうと、打ち勝つことが出きる。どんな苦しみがそこにあろうと、今この時の幸せを、打ち砕くことは出来ない、だから。
「……有り難う」
そう言って笑うストックの表情は、誰であろうと汚すことのできない、曇りない喜びに輝いていた。





セキゲツ作
2011.11.03 初出

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