それは、彼らが一緒の隊になって、少しした時の出来事。



「おう、ストック」
「……ああ」

隊長への連絡を終えたロッシュが、他の者より少し遅れて食堂にやってきた時、ストックは既に食事を始めているところだった。それでもロッシュの気配を察知すると、料理を切り分けるのを止め、手を挙げて自身の位置を主張する。幸いなことに彼の両隣は空席だったため、ロッシュはその招きに従い、彼の右隣……ロッシュから見て左隣に腰を下ろした。木製の長椅子が僅かにたわむ、しかし武装したままの兵士が座ることも想定した椅子は、普通のものより遙かに丈夫に作られていた。そのため成人男性の平均よりかなり体重のあるロッシュでも、危なげなく座ることが出来る。もっとも、彼が愛用の全身鎧を着用していれば、そうはいかなかったかもしれないが。現在ロッシュは鎧を脱いだ軽装の姿だ、食堂は込み合うことも多いため、迷惑にならぬように幅を取る全身鎧は着けずに訪れることにしているのだ。

「……鶏か」

着席したロッシュの手にある食事の皿を見て、ストックが呟く。今日のメニューは鶏と豚の二種類、どちらもアリステルでは一般的な食材だ。ちらりと見遣れば、ストックが食べているのも同じく鶏肉の酒蒸しだった。肉の量が多いこの料理は、兵士達に高い人気を誇っている。

「悪いな、違うのじゃなくて」
「……いや、構わない」

そう言いつつ僅かに残念そうなストックに、ロッシュは苦笑を噛み殺した。彼が時折見せる妙に子供っぽい言動は、付き合ってしばらく経つ今も、新鮮な面白味をロッシュに与えてくれる。
とはいえそれを明言してしまえば、本人の機嫌を損ねるのは目に見えていた。だからロッシュはそれ以上何も言わず、目の前の食事に向き直る。先ずは手を付ける前の準備として、食卓の上に置かれた塩を探した――この料理は最初の味付けが控えめにされており、各々で塩や他のものを足して味を調整する必要があるのだ。そのために必要な調味料が食卓に用意されているのだが、今日は座った位置が良くなく、目的のものが置かれているのがストックの左前だった。左手が使えれば普通に取ることが出来る位置だが、生憎ロッシュのそれに、小瓶を掴むなどという繊細な機能は存在しない。勿論右手を使えば取ることは出来るが、そのためには身体を捻り、ついでに腰を浮かせて手を伸ばす必要がある。しかしそれを面倒と思うほどの怠慢さはロッシュにない、多少の距離など気にせずひょいと身体を回し、瓶に向けて手を伸ばした。

「……」
「っと、悪いな邪魔して」

その体勢が丁度ストックの正面を横切るような形になり、ストックが一瞬目を眇める。それに気づいたロッシュは、遅ばせながら軽く謝罪し、体勢を元に戻した。その言葉にについての反応は無かったが、気にせず料理に塩をかけ、使い終わった瓶を元の場所に戻すべく再び身体を捻る。

「……ロッシュ」

だが彼のその行動が、ストックの何かを刺激したようだった。真横から低い声を投げ、ロッシュの動作を止めさせる。

「何だ?」
「言えば、それくらい置くが」
「は? ……ああ、邪魔だったか、悪い」

何度も……といっても往復で2回だが、ともかく食事中に視界の中で動かれ、不快に感じたのだろうか。友人の言葉をそう解釈し、ロッシュは素直に頭を下げる。だが彼の前を通らねば瓶を置くことは出来ない、軽く手をかざして謝意を示しつつ、改めて身体を伸ばして。

「…………」

その動作を遮るように、ストックがロッシュの肩を掴んだ。予想もしなかった妨害に、ロッシュは驚いて顔を向ける。

「おい、何だよ一体?」
「……置く、と言っているだろう」

そう言いながら、ロッシュが手にした小瓶に向けて、ストックの手が伸ばされた。友人の妙に強硬で唐突な主張の意図が読めず、ロッシュはその手をかわしつつ、ストックの表情を探る。無愛想は彼の特性であり、今更特筆すべきものでもないが、それがいつもより不機嫌に見えるのは気のせいだろうか。目付きも、ただ単に見据えるというよりはもう少し険しい、睨み付けるといっても良いものに感じられる。

「いや、別にこんくらい、自分でやるって」

ロッシュの、本人としては至極当然な主張を、しかしストックは受け取ろうとしなかった。無言で首を横に振り、塩の瓶を奪い取ろうとしつこく手を出してくる。それら全てをロッシュは避けるのだが、繰り返す試みの度に動作速度は上がっており、彼が段々と本気に近づいているのがロッシュにも分かった。

「あのなあ、飯の邪魔したのは悪かったが、その程度で怒るなよ」
「それを問題にしているわけじゃない」
「んじゃ何だ?」
「だから、面倒なことをせずとも、頼めば良いと言っているんだ」
「面倒、って……これか?」

ロッシュが手にした塩を揺らすと、同意を示してストックの首が振られる。どうやら彼は、塩を置く時……そして恐らくは取る時も、ストックに中継を頼まず、自分で行っていたことに言及しているようだった。意図は理解したがやはりその理由は分からぬままで、ロッシュは知らず眉根を寄せる。

「……これくらい、面倒ってこたあねえが」
「だが、近い位置に座っている人間に頼んだほうが楽だろう」
「一々言うのが面倒だって。ちょっと身体伸ばせば届くんだから、自分で取ったほうが早いだろ」
「そんなことはない、大体そのでかい図体で目の前を横切られる身にもなってみろ」
「だから、そりゃ悪いって言ってんだろ。つか、そんなんで機嫌悪くしてんじゃねえよ、餓鬼じゃねえんだから」

訳も分からぬままストックの不機嫌に晒され、ロッシュの物言いも険しいものに変わりつつあった。彼らを包む気配が剣呑さを増し、周囲の注目を集め始める。生じたざわめきの中心に位置する2人は、しかしそれに頓着する余裕も無く、ひたすら相手を威嚇することに腐心していた。

「あのな、俺は軍人だぞ。いくら片腕が使えねえからって、自分で出来ることまで人にやらせてどうすんだ」
「その心掛けは否定しないが、他人ならともかく俺は友人だ。頼るのを拒む理由が何処にある」
「必要だったら頼んでるだろ、鍛錬の相手とか」
「お前の必要な時は、範囲が狭すぎるんだ……!」

段々と話が塩からずれて、ロッシュの態度全般に広がりつつある気がしたが、もはや双方にそれを修正するだけの冷静さは無い。爆発の気配を感じて、聴衆の何人かが食堂から走り出ていったが、実に賢明な判断だと言えるだろう。苛立ちに焦れたロッシュが食卓の天板を平手で叩く、響いた音に人々がびくりと身を震わせた。

「ともかく、こんな程度で人を頼るつもりはねえからな。相手がお前でも、だ」
「……細事に人を頼らないから、大きな問題でも自分一人で背負い込むことになるんだろう」
「話が飛びすぎだ、そりゃこじつけってもんだろ!」
「何処がだ、お前は自覚が無さすぎる。少しは改めろ!」

ストックがロッシュの胸倉を掴んで立ち上がる、鈍い音を立てて長椅子が倒れ、周囲からわめき声が上がった。勿論ロッシュもやられるままではいない、ストックに首を持ち上げられるより、先に自ら起立して、相手の襟を掴み返す。
……一瞬ロッシュの脳裏に、何故こうなったのかという、物凄い虚しさをはらんだ疑問がよぎった。自分は塩の瓶を置こうとしただけだ、本当にそれだけだったのだ。それが何故友人と、一触即発の状態で睨み合うことになってしまったのか。自分が一言謝り、ストックに瓶を置いてもらうよう頼めば場は収まる気がするのだが、それをするには事態が紛糾し過ぎていた。ここで折れては軍人の、そして男の矜持に関わる。断じて引くわけにはいかない、例えそれが塩を置いてもらう程度のことだったとしてもだ。

「断る、いくら友人だからってなあ、そこまで指図される言われはねえ!」
「……お前はっ……」

ストックの瞳が怒りに染まる、そして次の瞬間。

「……!!」

ロッシュの頬に拳が叩きつけられる、その鈍い音に被さって、聴衆の叫びが響いた。ロッシュ自身は無言だ、鍛えられた軍人である彼にとって、顔を殴られる程度さほどの衝撃ではない。勿論動揺することもなく、ただ怒りを燃え上がらせ、一言も発しないままストックの顔を殴り返す。

「っ……」

逞しい体躯から繰り出される一撃に、ストックが声にならない呻きを発して、一瞬身体をよろめかせた。しかし彼もロッシュの背を預かる程の男だ、その程度で動きを止める筈もない。直ぐに体勢を立て直すと、ロッシュに向けて拳を繰り出してくる。ロッシュはそれをかわそうとするが、速度に勝るストックの攻撃を全て避け切ることは出来ず、いくつかは身体で受け止める羽目になってしまった。普通の相手であれば分厚い筋肉によって、素手での殴打など鎧が無くとも簡単に阻んでしまうのだが、残念ながら今相対しているのはストックである。彼もまた年以上の能力を持つ一流の戦士なのだ、細身から放たれる割にその拳打はやたらと重く、ロッシュは小さく舌打ちした。

「ふっ……ざけんな!」

しかしロッシュも、それで引くには勇猛に過ぎた。最後の理性によってガントレットこそ持ち出していないものの、それ以外は殆ど本気で拳を振るい、ストックに殴りかかる。
混乱が渦巻く食堂に、悲鳴と怒声と歓声が満ちた。その中で2人は、周りなど一切目に入れることはなく、ただひたすらに殴り合いを続けている。実力は全く拮抗している、体格差から言えばロッシュが遙かに勝っているが、彼には左腕が使えないという大きな不利があった。加えて速度ではストックが上回っており、通る攻撃の数は明らかにストックの方が多い。しかしロッシュの防御力と、一撃が通った時の重さはそれらの痛手を全て覆すだけの威力があり、勝負は互角でどちらが勝つとも予想できないものだった。
彼らは、周囲の制止も聞かずに戦い続けて。


そして、最後には。




「……もう、どうして喧嘩なんてしたんですか!」

怒り心頭といった様子のソニアに睨み付けられ、ロッシュは身を小さく縮めた。あの後、機転を利かせた誰かが呼んできたソニアの一声によって、限界まで加熱していた一騎打ちは見事に収められたのだ。そのため彼らの戦いに決着が付くことはなく、残ったのは微妙な後悔とお互いの身体に刻まれた傷痕のみ、という結果に終わってしまった。
黙ってしまったロッシュに、ソニアは大きく溜息を吐き、手にした膏薬を乱暴に塗り付ける。

「ってえ! ソニア、お前もうちょっと手加減……」
「知りません、そんなこと言うくらいなら最初から怪我なんてしないでください!」

戦いに行った訳でも無いのに、と言われてしまえば、馬鹿な行動に自覚のある身としては黙り込んで反省の意を示すことしかできない。ちらりと目を遣れば、隣でストックも同じような表情を浮かべていた。そこに恐怖の色が混じっているのは、ロッシュの治療が終われば、次は自分が同じ目に合うのが分かっているからだろう。若い兵の中では突出した才能を持つ2人も、共通の親友であるソニアには全く敵わない。

「兵士さんが駆け込んで来た時、耳を疑ったんですから。……行ってみたら、今度は目を疑う羽目になりましたし」
「悪かった、反省してるって」
「本当ですか? いつもそう言って誤魔化してるじゃないですか」

図星を突かれて視線を逸らすロッシュを、ソニアが冷たい目で見据える。その瞳が、隣で硬直しているストックに、ぐいと向けられた。

「聞いてますか、ストックもですよ!」
「あ、ああ……聞いている」
「私、凄く驚いたんですよ。鍛錬で戦うならともかく、食堂で殴り合うだなんて」
「……すまなかった」
「言うだけなら簡単です、ちゃんと反省してください」

普段の愛らしさはどこへやら、きっぱりと強い語調で言い渡され、さすがのストックも不遜な態度を保つことはできなかった。大人しく頭を下げる姿に、ソニアも少しは気が済んだのか、攻撃の矛先と表情を緩めて首を傾げる。

「でも本当に何があったんですか? 知らせに来てくださった方も、いきなり言い争いが始まったとしか言っていませんでしたし」

そして投げられた問いに、ロッシュとストックは顔を見合わせた。……言えるわけがない、まさか塩の瓶が原因で、顔の形が変わりかねない程の大喧嘩に発展したなどと。怒られるだとかそんな理由ではなく、単純に、みっともなくて口に出せたものではなかった。
揃って無言を貫く男2人に、ソニアはまたひとつ、大きな大きな溜息を吐く。

「……どうせ、くだらない理由なんでしょう?」

しかし、男達の卑小な矜持など、賢い彼女には全てお見通しであるらしい。本質をずばりと突いた一言に、ロッシュとストックは、揃って小さくなることしか出来なかった。



そんなことがあってから、数日後。



「……おう」
「…………ああ」

再び食堂で行き合ったロッシュとストックが、視線を逸らしつつも挨拶を交わす。事情を知る兵達の間に緊張が走るが、ロッシュは気にせずストックの右隣に腰を下ろす。ストックも特にそれを制止することはない、一度の喧嘩程度で彼らの友情は変わらないようだった。未だ双方の顔はに青痣の名残があり、漂う空気は少しばかりぎこちなかったが、ともかくロッシュは椅子に座って料理に向き合う。今日のメニューは豚の香草焼きで、何の因果か再び塩が必要なものだ。ロッシュは考えるより先に、殆ど条件反射に近い行動で、己の左に置かれていた調味料を取ろうと身体を浮かせる――しかし、それより速く。

「…………」

ストックが手を伸ばし、自分の前にある塩の瓶を手にする。……とても、素早い動きだった。戦場で剣を構えた時すら中々見られないほどの、見事な反応速度だった。そして、呆然としているロッシュに対して、険しい視線を向ける。
その表情に、ロッシュは悟った。ストックは頑固な男なのだ、ロッシュも大概意志は固いが、それでも意固地になったストックには遙かに及ばない。このまま耐えたところで、ストックが望む言葉を口にするまで、あの塩はけして自分の手には入らないだろう。それどころか、食事をすることも出来ず、いつまでも睨み合いをする羽目になるに違いない。

「ストック」

そして、ロッシュは諦めた。男の矜持も軍人としての信念も、駄々っ子まがいの頑固者に敵うものではないのだ。

「……塩、取ってくれ」

戦いの末ついに引き出されたその言葉に、ストックは笑いこそしなかったが、明白に目元を緩めて。――そして、非常に満足そうな顔で、ロッシュに塩を手渡したのだった。





それからさらに1年近くが経った、ある日のこと。



鍛錬を終えて食堂にやってきたロッシュは、料理を手にして、空いた場所に着席した。連れ立つ相手は居ない、公私を共にしてきた親友は少し前に情報部へと配属され、軍人を続けるロッシュと行動を別にするようになってしまっていた。勿論他の者と食事を摂るという選択肢もある、しかしロッシュはその人当たりの良さに反して、友人と呼べる相手を殆ど持たない。この1年近くはストックという親友が常に傍に居たから、尚更である。
そんなわけで、その日も一人で食事を摂るべく、料理を乗せた皿と向き合った。今日の品は、お馴染みの鶏を野菜と一緒に蒸したものだ。ロッシュは味を調整するべく、塩を貰おうと、ふと左に視線を走らせて。

「…………」

――そして次の瞬間、そこに友人の姿が無いことを思い出した。
今はもう、何かを取ってくれと頼む相手は居ない。遠くにものがあっても自分で手を伸ばさなくてはならない、そのことを思い知らされてしまったのだ。

(だから、頼るのは嫌だっつったのにな)

名を呼ぶために吸い込んだ空気を、ゆっくりと吐き出す。頭では納得していたはずの離別だが、身体はまだそれに着いていっていないようだった。左に嫌な寒さを感じて、ロッシュは微かに眉を顰める。
自分の隣にもう親友は居ない、だがそれは死による喪失ではなく、ただ別部署に所属するようになったが故のことなのだ。だから嘆く必要は無い、ただ色々な習慣を、少しばかり以前に戻せば良いだけの話で。
ロッシュはそう自分に言い聞かせ、落ちかけた思考をぐいと引き戻す。気を引き締めて前を向くと、改めて塩を手にするため、身体を浮かせて手を伸ばした。





そして1年後、すなわち「現在」の話。




「おう、お前らも飯か」
「あ、隊長さん!」
「こっちこっち、空いてますよ」

ストックとレイニーとマルコ、3人が固まって賑やかに食事をしているところに、ロッシュがひょいと近づいていく。声と気配に彼らが振り返り、手を挙げて一緒の卓に招いた。ロッシュもその言葉に従い、マルコの隣に腰を下ろす。

「報告、終わったんですか?」
「おうよ、ったく毎度面倒くせえったら無いぜ」
「上の者の義務だ、文句を言うな」
「分かってるよ、だからちゃんとやってるだろ。ってかそういやお前副隊長なんだから、たまには変わっても良いんじゃねえか?」
「…………」
「あはは、2人とも、そんな怖い顔しなくても」

基本的に親友同士、お互いには甘いのだが、ストックはこの件に関して非協力的な態度を貫くつもりらしい。睨み合う男2人に挟まれる形となったマルコは、しかしあまり気にした様子も無く、気楽に笑っている。さほど付き合いが長いわけではないが、彼らの親しさは十分分かっているのだろう。その笑顔に毒気を抜かれたのか、ロッシュは険しい顔を収めて、視線を皿に戻した。

「ちっ、まあ良いや。それよりまず飯だ」
「隊長さん、どれにしたの?」
「鶏の奴だよ」
「ああ、人気ですよね、それ。僕は豚のが好きだけど」
「俺はあんまりこだわらねえなあ、良かったら一口食うか?」
「いいですよそんな、子供みたいな……」

マルコと会話を交わしつつ、ロッシュが塩を取ろうと手を伸ばす、しかし。

「…………」

それより先にストックが手を伸ばし、塩の瓶を掴み取った。そしてロッシュのことを睨み付ける――その表情に既視感を覚えたのは、恐らく気のせいではないだろう。

「お前は」

驚いた様子のロッシュに、ストックの目がさらに吊り上がる。

「あれだけ言った、もう忘れたのか。物を取る時くらい人に頼め、と言っただろう」
「……あのな、いつの話だよそれ。お前が情報部に移る前だろ、居ない相手に頼めるかよ」
「今は居るぞ、ここに」
「今まで居なかったんだよ、習慣なんだからそう簡単に直るわけ無いだろ!」
「直せ!」
「さらっと無茶言うんじゃねえ……!」

物凄く唐突に、語気荒く言い争いを始めたストックとロッシュに、置いていかれたレイニーとマルコの目が点になる。周囲の兵達も、驚きと恐れの入り交じったざわめきを発して、彼らを遠巻きにし始めていた。そのことに気付いたロッシュは、はたと正気に戻り、誤魔化すように咳払いをひとつしてみせる。

「す、ストック……どうしたの」
「隊長さんも、何なんですか一体?」

恐るおそる話しかける2人に、一拍遅れてストックも冷静を取り戻したようだった。照れ隠しにか視線を正面に置き、我関せずという表情を作る姿は、しかしどう見ても気まずさを隠す態度にしか見えない。態とらしい沈黙を保ち、口を開くつもりが無さそうなストックに変わって、ロッシュが苦笑と共に言葉を発する。

「まあ何だ、昔ちょっと……色々あってな」
「はあ、色々ですか」
「色々だよ。ちっと長くなるから、今度時間がある時に話してやる」
「えー、今度ですか?」
「だから長くなるんだって、それに飯食いながら話すような話でもねえや。なあストック?」

からかうように紡がれた声に、ストックはちらりと眉を上げて、無言の同意を示す。そんな親友に、ロッシュは慣れた様子で笑いを返した。

「まあ、取り敢えず、ストック」

そして改めてストックに向き直ると、生身の右手を彼に差し出す。

「塩、取ってくれ」

――その言葉を聞いたストックは、まるで魔法のように態度を軟化させ。そして満足げな空気を漂わせつつ、ロッシュに塩を渡す。
そんな不思議な光景を、レイニーとマルコの2人は、訳も分からず見守るばかりだった。




セキゲツ作
2011.09.10 初出

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