ヴァンクール大陸に存在する5つの国家間で和平条約が結ばれて、しばらくの時が経つ。多くの犠牲の上にもたらされた平和は、幸いにして今のところ破られる様子は無かった。しかし各国間の戦争が終結し、砂漠化を止めるための研究が開始されたとはいえ、既に緑を失った場所が元に戻る訳ではない。元々国土の大部分が魔物の闊歩する荒れた土地であったシグナスは、平和になった現在もその対処に頭を悩ませる日々が続いている。
以前と違うのは、その問題を自国内のみで対処する必要が無いことだろう。友好国家として交流を続けているアリステルやグランオルグからは定期的に軍隊が派遣され、合同で魔物討伐に当たるのが条約締結後の恒例となっていた。これはアリステル・グランオルグ側としても、シグナスに恩を売る以上の価値があることだ。平和が続く現在の世界情勢において、軍は明確な戦う相手を持たず、なにもしなければ無駄金を使うだけの組織になってしまう。しかし解体してしまえば未だ残っている魔物や反乱分子の討伐に差し支える……そして誰も口にしないが、今ではない未来に再び戦乱が起こった時、国を護る力を失ってしまうことになる。だからどの国でもある程度以上は軍の規模を維持しておきたいという思惑があるのだが、しかし何も無いのに大金を投じて軍を維持するのは世論が許さない。そしてさらに言うなら、軍というのはただ存在させるだけでは役に立たず、兵に経験を積ませて練度を高める必要があるのだが、そのために実戦の存在は不可欠なのだ。シグナスの凶暴な魔物達を相手にする遠征は格好の訓練機会であり、国民に対する示威行動にもなるということで、双方十分に利を得られることであった。
そんな経緯で行われているアリステルとシグナスの合同魔物討伐は、何度目かになる今回も大きな被害を出すことなく無事に終了し。そして明日はアリステル軍が帰途に着くという夜、定例となった酒宴がシグナス城大広間で開かれていた。
「ガーランド」
戦いの余韻を残して騒いでいる将校達を上座から眺めているガーランドに、赤衣の影がつと近寄る。年若い友人の姿に、ガーランドは楽しげに杯を上げて応えた。
「おう、ストック。飲んでるか?」
「程々にな」
「何だ、詰まらん答えだな。戦勝祝いと親善の席だ、思いっきり楽しめば良いだろう」
「同時に、外交の場でもある。酔うわけにはいかない」
涼しい無表情を崩しもせず言い放つストックの態度は、一国の王であるガーランドに対して全く敬意を欠いたもののように思えるが、その率直さこそが王の友として認められた大きな要因だった。王の侍従も慣れたもので、他の者であれば不敬に憤るような態度であっても、相手がストックならと見て見ぬ振りをしている。これが国王と外交担当の会話なのだと言っても、大抵の人間が信じようとしないことだろう。
「ふん、大変なもんだな、酒の席でまで仕事か」
「大したことはない。少なくとも国王よりは気楽な立場だ」
「はは、言うじゃねえか!」
呵呵大笑しながらガーランドが差し出す杯をストックは受け取り、招かれるまま王の隣に腰を下ろす。
「だが俺の隣に来たんだ、少しくらいは付き合ってもらうぜ」
「行動に影響が無い程度ならな」
「ケチくさいこと言うなよ。俺だって飲んでるんだ、お前が飲めないわけがないだろ」
「飲んでも酔わない人間と比べられても困る。こっちは飲めば酔うし、酔えばいつも通りに動けなくなる、考え無しに飲むわけにはいかない」
「ちっ……妙なところで真面目な奴だな、お前も」
「妙なことは無いだろう。与えられた仕事はこなす、それだけだ」
ガーランドは苦笑しつつも杯に酒を満たし、ストックも取り敢えずは受け取り、儀礼的に口を付ける。それを確認し、ガーランドは改めて笑みを浮かべた。
「まあ、とにかく俺の前では、仕事を忘れてゆっくりしろ。政治の話をしても聞かねえからな」
「……それが王の言葉か?」
苦笑しながら酒を口に運ぶストックだが、その表情に不愉快の色は見当たらない。親子とも言えるほど年の離れた2人だが、互いの気性からか出会った当初から気のおけない関係を築いており、それはストックが諸国との外交担当という任に就いた後も変わらず続いていることだった。そんなストックを見ながら、ガーランドはふとしみじみした表情を浮べ、呟きを溢す。
「しかし、お前が外交担当と聞いた時には耳を疑ったんだがな。意外とちゃんとやってるじゃねえか」
「…………」
「お前のあんな顔、初めて見た気がするぜ……人間、出来ないことはねえもんだなあ」
「……煩い」
国が主催する宴の常として、先程から箇所箇所で親睦に止まらない政治的な会話が行われていたのだが、そこに加わっている時のストックの様子こそ見物だった。普段の無口無愛想は何処へやら、様々な表情を使い分けて見事に外交の場を乗り切っている姿は、さながら舞台上の俳優といったところだ。国王という立場上最も上座に着席し、宴の全体を見回すことが出来るガーランドからは、その姿が実に良く見えていた――正直自分に対してかけられる言葉よりも集中していたと言っても過言では無いほど、面白い見物だった。
しかしガーランドの言葉に、ストック本人は当然ながら不機嫌な仏頂面を返すばかりである。
「はは、そう剥れるな、誉めてるんじゃねえか」
「…………」
「実際お前の外交手腕は見事なもんだ、俺や女王に繋がりがあるからってだけじゃなくな。正式に学んでる奴だって、ああはいかねえもんだぜ」
「……そうか」
曖昧を究めたストックの言葉だが、彼もガーランドが大体の予想を持っていることは分かっているだろう。現在『ストック』として生きている彼が、かつてグランオルグのエルンスト王子であったことは、あの戦いに関わった結果としてガーランドにも知らされていた。ガーランドは噂で聞いたことしか無いが、エルンスト王子は年少ながらも数々の改革を成し遂げた名施政者だったと聞く。ストックにエルンストとしての記憶は残っていないようだが、身体に染み着いた知識や技術までは失われていないのだろう。例え違う名と人生を与えられたとしても、王としての器まで砕くことはできない……そう、ガーランドは考えていた。
「まあ、良い決断ではあったな。もう武力は政治の中心じゃねえ、動くとしたら内政や外交だ」
「……そうだな。戦争は終わった、今は疲弊から立ち直り、生活を安定させるべき時期だろう」
「ああ。それにアリステル軍には、もう良い将軍が居るしな」
ガーランドの言葉につられてストックが視線を投げる、その先には鋼鉄の左腕を持った男の姿があった。20歳を少し越えた年でありながら一国の将軍を勤めるストックの親友は、儀礼用の鎧に身を包み、遠征で戦線を共にしたシグナスの将校と会話を交わしている。騒がしい宴席のことで話までは聞こえてこないが、双方の表情からその雰囲気が悪いものではないことは伝わってきた。アリステル軍の中で大きな支持を得ているロッシュは、他国の兵や将に対した時も、不思議と同様の求心力を発揮する。アリステル解放時には、気難しいはずのサテュロス族で構成された軍を指揮していたと聞くが、それも納得できることだった。
「羨ましいねえ。あんな人材がうちに居れば、俺も少しは楽できるんだがな」
「……そうだな」
「どうだ、ストック。あいつと一緒に、シグナスに来るか?」
「何を言っているんだ、お前は」
楽しげに無茶を言うガーランドに、ストックは渋面を浮かべる。
「ロッシュは将軍だ。そう簡単に国を捨てられるわけがないだろう」
「ほう。それじゃあ内政官のお前なら問題無いな、お前だけでも来る気はあるんだろ?」
「無い」
「即答かよ。つれないねえ」
肩を竦めるガーランドは、しかし言葉ほどには残念そうでもなく、むしろにやにやと表現したくなるような笑いを浮かべている。答えが分かりきった上で誘っているのだから気分を害することなど無いのは当たり前だ、さらに言えば予想通り不機嫌な態度になっているストックを見るのも面白い事この上無い。
「いいじゃねえか、シグナスは良い国だぜ。土地は痩せてるが人は多い、自分達の力で国を盛り立てる楽しみがある」
「そうか、それは良かったな」
「何よりアリステルと違って王制だ。シグナスに来たら、王になれるぜ」
「…………」
睨み付けると言って良い眼差しで、ストックがガーランドを見る。ガーランドはそれを気にする様子も見せず、楽しげに杯を口に運んだ。
「俺に子は居ない、これから作るつもりも無いしそもそもシグナスを世襲性にするつもりも無い。シグナスの王は実力で選ぶ……ストック、お前なら十分その力がある」
「……礼を言うべきなのか?」
「いや、礼よりも良い返事が聞きたいね」
「断る」
「やっぱり即答かよ」
くつくつと笑いを溢すガーランドを、ストックは呆れた目で眺めている。その杯に酒を満たそうとすると、あっさりストックによって遮られてしまった。
「何だ、もう終わりか?」
「ああ」
「酔わせりゃ応と言うかと思ったんだがなあ」
「有り得ないな」
「頑なだな。祖国と言えるほど、長い時間を過ごしたわけじゃねえだろうに」
「時間は関係無い。……あの国には、大切な者達が居る」
だから離れられない、と言い切るストックの強い口調に、ガーランドは苦笑を浮かべた。頑固であることも態度に似合わぬ熱い心を持っていることも、とっくに知っているから今更殊に驚きはしない。しかし愛情を表すことに躊躇いを持たない素直さは、年を重ねしがらみの増えたガーランドにとって、不思議な感慨を抱かせるものだった。
「だから、そいつらも一緒に連れてきたら良いだろう。俺としちゃそっちの方が嬉しいしな、優秀な奴は大歓迎だ」
「……それは、本人達に言え」
「俺が誘うより、お前が引っ張る方が速そうだからな。どうだ、親友や仲間と一緒にこの国を治めてみたいと思わんか?」
「全く思わない」
ガーランドの執拗な誘いに、ストックの態度には不機嫌や呆れを通り越した、本気の不快に踏み込んだ色が浮かんできている。そろそろ潮時か、とガーランドは話を引こうとした、しかしふとストックが表情を曇らせた。
「大体、俺が誘ったところでロッシュは来ない」
「ほう?」
「あいつは、自分が居るべきと思う場所を自らで選ぶ男だ……例えそれで俺と道を違えても」
その言葉自体には、何もおかしいところはない。彼らは確かに親友同士だが、互いに対等な一人前の男である以上、相手に全てを委ねて依存するような弱さは持ち合わせていないはずだ。だからストックが語るロッシュの態度に不自然なところはなく、むしろそれでこそ一国の将と納得できるようなものである。しかし、そのはずなのに何故か暗い色を落としたストックの様子が、心に掛かった。
「……まあ、そりゃ男なら当然ではあるな」
「ああ」
「親友だと言ったって、信念が分かれれば戦い合うことだってあるもんだ」
「……そうだな」
「そう気を落とすなよ。大体、王ってのは孤独なもんだぜ」
「気を落としてなどいないし、王になるつもりも無い」
「つもりが無い? 随分自覚の無いことだな」
ストックの言葉に、ふっとガーランドの表情が厳しくなった。
「お前は王の器を持った男だ。国を持たずとも、王は王としてしか生きられない」
「…………」
ガーランドがストックに酒を注いだ、今度は拒まれることなく杯が満たされていく。
「お前も本当は分かってんだろう? お前の器に着いていく奴は居ても、並び立てる者は居ない……同じ器を持つ者を除いては、な」
王の器を持つとは、他の者にと引き比べて傑出した才能を持つことを意味する。一つの国を統べ治める者として、万人の上に立つことが出来るというのは絶対に必要な条件だ。そして全ての人間の上に立つというのは、自分と同格の存在を持たぬということでもある。王に並び立つ者は居ない、ただ、同じく王である者を除いて。
「孤独だな」
「ああ、それが王ってものさ」
「だが俺は王ではない」
「今はな。それに、孤独なのはお前もだろう、ストック。仲間や親友と言ったって、お前のことをどれだけ理解できてるってんだ?」
「……勝手に人を独りにするな」
「ふん、信じたく無いならそれでも良い。だが、事実は変わらんぜ」
険しい顔で睨まれても、ガーランドの表情は変わらない。普段の気の良い様子は影を潜め、底の知れない笑みを浮かべてストックを見据えている。ストックは暫くその視線を受け止めていたが、やがてふとその口元が、微笑の形に変わった。
「ガーランド。お前の言葉にはひとつ、間違っていることがある」
そして発せられた言葉に、ガーランドは眉を上げて問いかけの意を示す。
「王の隣に並び立つのは、王ではない」
「……ほう」
「何故なら、2人の王は同時に存在できない。王が並べば、互いに潰し合うだけだ」
「…………」
淡々と語るストックの表情には何の感情も浮かんでいないように思われた、実際『ストック』にとっては、何を感じることも無いのだろう。しかし『エルンスト』にとっては、これはあまりに重い言葉だ――恐らく、父王に奪われた自分の命と同じ程度には。
「……俺は、お前に後を継がせたいんだぜ? そんな相手を潰すわけがないだろう」
それはガーランドの偽り無い本心だ、しかし目の前の男にとってどれほどの重みを持つものか。言葉だけならばいくらでも紡ぐことが出来る、語る本人以外にそれを信じさせるのがどれほど難しいことか、ガーランドとてそれは分かってる。
そしてそもそもストックが、そんな言葉を欲してなどいないことも。
「そうであっても、俺には関係無いことだ。ただの内政官で、王になることは有り得ないからな」
「ちっ、冷てえな。すっかり臍曲げやがって」
「……そうだな、それともうひとつ」
「ん?」
「王と並ぶことが出来る者……本当に、居ないと思うか?」
つい、と口元に浮かんだ笑みを深くして。ストックが言ったその言葉は、しばし2人の中間に漂っているように思われた。
ガーランドが何も言わずにいると、ストックはふっと元の無表情に戻り、手にした杯を置いて立ち上がろうとする。
「……では、俺は仕事に戻る」
「仕事かよ。一応宴の席ではあるんだがな」
「そこで働くのが、俺の職務だ」
「真面目だねえ。まあいい、今度は仕事抜きで飲ませるからな、覚悟しとけよ」
「……程々になら、付き合おう」
杯を掲げて見送るガーランドに、ストックは振り向かぬままひらりと手を振り、下座へと戻っていく。見ていると、仕事に戻ると言っていたくせに向かうのは丁度会話が途切れたらしい親友のところだった。2人は真面目な顔で話し合っている……と思えば、何やら互いに破顔して、抑えた様子の笑いを交わした。そして軽く胸を叩いて分かれると、今度こそ仕事に戻るのか、双方シグナスの高官と話を始めている。
「…………」
その様子はあまりに自然で、親友という言葉がこれ以上なくぴったりと当てはまる姿だった。だからガーランドも、ストックが残した言葉を考えざるを得なくなってしまう。
「王に並ぶもの、か」
確かに、ストックの言葉には一理ある。2人の王は並び立たない、1つの国が2人の王を頂くことは出来ず、そして異なる国の王は互いに敵対し合う可能性を消すことが出来ない。
ストックは故国であるグランオルグに戻らず、アリステルに留まる道を選んだが、それも道理と言えるだろう。彼の妹であるエルーカもまた王の器を持つ者で、彼女が居るのに同じく王に成り得るストックが国に戻りなどしたら、国が割れる。可能性があるなどという生易しい話ではない、間違いなく確実に内乱が起こる……例え本人達に全くその気が無くとも、だ。
それはシグナスにしたところで同じことで、ストックを国に招こうと思えたのは、自分の後継として認識される程の年齢差があったからだ。もし後少し年が近ければ、如何に彼と親しかろうと、断じて国に入れようとはしなかっただろう。王というのはそういうものだ、だからストックの言うことは正しい。王と王は、理解し合うことが出来たとしても、並び立てるものではないのだろう。
王は孤独なものだ。それはガーランドも分かっている、むしろ孤独を楽しめる者でなければ王たり得ないとすら考えている。だがストックはそれを否定する、王に並び立てるものが居ると彼は言ったのだ。
「それが、あの将軍だと言いたいんだろうな」
一人呟くガーランドに、彼の横が空いたと見た者が挨拶に来る。ガーランドはそれを適当にあしらいながら、宴の席で働く2人の男達を眺めた。
確かにロッシュは優秀な男だ、彼もまたガーランドの半分ほどの年でありながら、一国の軍で第二位を勤める程の才を見せている。しかもそれは指揮能力だけの話ではなく、兵の心を纏め、士気を高めるということも含めてのことだ。
しかし同時に彼には致命的な弱さがあるのも事実だった、何度か戦線を共にしたガーランドにはそれが分かる。本当に致命的な逆境に陥った時でも、それこそ全ての手兵と両手両足を奪われても立ち上がるのが王というものだが、ロッシュにはその力が感じられない。彼は傑出した強さを持つが、同時に消し難い弱さもあり、とても王たり得ることはできない。
「……そうか、成程」
「は?」
「いや、何でもねえよ。こっちの話だ」
王の才は傑出したものでなければならない。何故なら王は万人の上に立つ存在で、そのためには誰よりも高くに上り詰めるだけの力が必要なのだ。だから王の下に従う者は居ても、王の横や上に立つ者は存在しない。
そして同時に、王は並ぶことができない。1つの国が持てるのは1人の王のみ、複数の王が集えば互いに喰らい合う結果しか残らない。
だから王は孤独だ。
隣に並ぶ者をけして持つことが出来ぬ、それが王者というものだ。
……だが。
もし、王に迫るほどの才を持ち。
尚且つ、けして王にはなれぬ者が居たとしたら。
ガーランドはストックを見た、彼は宴の中でシグナスの将と会話を交わしていたが、ふとガーランドの視線に気付いて顔を上げた。そして向けられている目に対して、有るか無しかの笑みを浮かべてみせる。
「……それでは、私はこれで」
「ああ」
王の意識が中途に浮いていることを察したのだろう、傍に侍っていた男が一礼して立ち去った。それに生返事だけを返して、ガーランドは到達した結論を頭の中で転がす。
成る程、ストックの言いたいことは理解できる。王に並び立つ男は、王と同等の才を持ちながら王に成り得ない者……それが親友という立場にあれば、執着するのも分からぬではない。
「だがな、それじゃあ逆だろう」
いくら優秀であっても、王でない者の役割は将に留まる。将は所詮臣下であり王に対して従属する立場の者だ、王が臣下を縛るのならともかく、臣下に縛られるなど有って良いことではない。――もっともストックにそれを言っても、自分は王ではないと冷たく断じて終わりなのだろうが。困ったものだと、ガーランドは一人嘆息する。
(とはいえ、少し根は見えたか)
ストックをアリステルに縛り付ける鎖、その全てでは無いだろうが、一端は垣間見えた。相手の姿が見えれば、それがどれほど堅牢であろうとも、働きかける手段は存在する。ストックがどんなつもりでガーランドに己の心を垣間見せたかは分からない、案外何も考えてはいないのかもしれないが、ともかく与えられた情報を活かさぬつもりは毛頭無かった。
時間はあるのだ、世は平和になったし、ガーランドもまだまだ引退などするつもりはない。待つことはできる、そして今直ぐは無理でも、5年、10年経つ間に機会は必ずやってくるだろう。
「覚えとけ……砂漠の男は、忍耐強いんだよ」
誰にともなくガーランドは呟き、手にした杯をぐいと干し。そしてそれを最後に頭を切り替え、王の傍にと訪れた相手を、鷹揚に迎え入れた。
セキゲツ作
2011.06.13 初出
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