ストックは足早に食堂を出ると、後ろからロッシュに声をかけた。

「ロッシュ」
「おぉ、ストックか」

ロッシュが足を止めて振り返ってくる。
食堂の前の廊下は既に食事を終えて動き出した兵士たちの姿がちらほらあり、それなりにざわついていた。
周囲の邪魔にならないよう、壁際に寄ってからストックは問い質した。

「さっきのはなんだ」
「さっきの?」
「食堂で、隊員たちが何か言っていただろう」

途端にロッシュはげんなりとした顔をした。

「あぁ、あれか……」
「……何かあったのか」

ストックが心配そうな表情で聞き返すとロッシュは頭を掻きつつ、大したことじゃねぇんだが、と前置きしてから話し始めた。
昨日、医務室帰りにさっきの五人に襲いかかられたこと。
当然、返り討ちにしたこと。
尋問したら、マッサージをしたがっていたこと。
何故かビオラ隊に連れ去られたこと。
そして、今朝謝罪されたこと。
そこまで話して、ロッシュは大きなため息をついた。

「あいつら…ほんと何考えてんだかさっぱりわからん」
「大変だったな」

ストックもロッシュ隊の副隊長としてこの砂の砦に従事しているのだから、勿論その隊員たちのことは知っている。
寧ろ、五人の隊員たちが襲い掛かるほど欲していた『マッサージ権』を手にしたのは他でもないストックなのだ。
ストックが言葉で労ってもロッシュの身を軽くするには至らなかったようで、もう一度深いため息をつきながらロッシュは忠告した。

「お前も気を付けろよ」
「?」
「隊員たちに襲われる可能性もゼロじゃねえだろ、お前だって」

確かにストックも、毎日配膳係を巡って繰り広げられる戦いの『賞品』である。
しかし『マッサージ』は隊長であるロッシュ特有のものである――と思いたかった。
いや、きっとそうに違いない。
懸念を冷や汗一つでやり過ごして、ストックはどうしても腑に落ちないことを聞いた。

「しかしわからない」
「何がだ」
「何故いきなり襲いかかったんだ」

良く考えて見なくとも、マッサージをしたいですと目の前にいる男に頼んだところで素直にハイと言うわけが無いのはストックでなくてもわかる。
しかし、襲いかかる……と言うのは少々強引すぎる気がした。
実際、彼らは全員一度はアルマ鉱山の戦いでロッシュの戦いぶりを目にしている。
さらに最近では、一対一ではあるが隊員全員と戦って叩きのめしているところも目撃している。
たかが五人程度で襲いかかっても、勝ち目があるとは到底思えないのだが。
思った通り、ロッシュは顔を歪めた。

「お前な…そんなん当たり前だろが。頼まれたところで、俺が許可すると思うか?」
「思わない」
「だろ?だからじゃねえのか……あぁそういや」

そこまで言って何かを思い出したのか、ロッシュは付け加えた。

「あいつら言ってたな、ストック副隊長が権利を放棄なさったとか何とかって」
「放棄?」
「覚えてんだろ、マッサージだよ」
「あぁ」

勿論ストックが覚えていないわけがない。
マッサージ権をかけて隊員全員と一対一でやりやった後に、悪乗りしたストックもロッシュと戦っている。
そこでは勝敗はつかなかったのだが、唯一負けなかった、そして長く戦ったと言うことでロッシュのマッサージ権はストックに与えられたのだ。

「一回やってもらった後、俺の肩を解してるのを見てないとか何とか言ってよ、当たり前だろって」
「……」
「そんで、何でそうなるのかさっぱりわからねえが、自分たちがやっても良いんじゃないかって思ったらしいぜ」
「…………」
「っておいストック、聞いてるか?」
「あ、あぁ」

反応が無いのを訝ったロッシュが顔を覗き込んでくる。
ストックは慌てて返事をした。

「大丈夫か?疲れてんじゃねえだろうな」
「いや、大丈夫だすまん」
「それならいいが…体調悪いんなら、早めに医務室行っとけよ。一応最前線なんだからな」
「わかっている」

ストックが微かな笑みを返したことで納得したのか、ロッシュはそれ以上は言って来なかった。

「っとそろそろ行かねえとな、軍議始まっちまう」
「引き止めてすまなかった」
「あぁ気にすんな」

じゃあ後は頼むぜ、と言い残して、ロッシュは大股で会議室として使われている部屋へ向かって行った。
後に残ったのはストック一人。
周りは喧騒に包まれている。
ストックはぽつりと一言漏らした。


「……あの権利は一回きりじゃなかったのか」



平上作
2011.05.28 掲載

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