その時、ストックはグランオルグの応接間にいた。
周りを見渡せば、見知った面々が同じ卓を囲んでいた。アリステル、シグナス、セレスティア、フォルガの要人たちが穏やかに談笑しながら、食事を楽しんでいる。
そうだ、確かエルーカに晩餐に誘われたのだ。

「――ストック、どうしたの?食べないならあたしが」
「レイニーってば……口の周りにかすがくっついてるよ」
「げっ」

隣のレイニーがそういうのも無理のないほど、食事は豪勢なものだった。
余計なお世話なのかもしれないが、台所事情が心配になってしまうほどだ――グランオルグも戦争終結後でまだ復興中のはずだ。そこまで物も潤沢していないはず。
後でエルーカに聞いておくか。お兄様は心配しすぎです!と逆に怒られるかもしれないが。

ストックが黙々と食事を続ける間も、要人たちの会食は続いていく。さりげなく重要な話題も論議されていて、
将軍となったロッシュはともかく、自分やまだ小隊長に過ぎないレイニーやマルコはひょっとして場違いなのでは。
そんなことを思っていたら、アトと目が合った。
にこやかに微笑みかけてくる。そんな月日は経っていないはずなのだが、大人っぽくなっている気がする。

皆、良い表情をするようになった、と思う。

戦時中は四面楚歌になることも多々あって、明日生きられるかもわからない状況で。例え冗談を言い合っていたとしても皆の表情はどこか暗かった。
確かに、今までの戦いで何人もの人が亡くなっている。
そして今も問題は色々と残っている。戦争の後処理のこと、各々の国の在り方、これからのマナのこと。
それでも、以前よりは格段に明るくなった。
本当によかった、と思う。
そんな皆の姿を見れることに改めてストックは心の中で感謝をした。そして、自分の代わりに歴史から消えた自分の叔父にも。

そんなことをぼんやりと考えている間にも時間は流れていたようで。
レイニーが普段よりやたら低い声音でストックに話しかけてきた。

「ねぇストック…あたしが言うのもなんなんだけどさぁ」
「なんだ?」

ストックは聞き返したが、レイニーは心なしか――いや、完全に酔っているようだった。
良く見れば、レイニーの席の前に置いてあったワインのボトルが半分以上減っている。既に息も少し酒くさい気がする。
いつの間にそんなに飲んだのだろうか、目が軽く据わっている。
なんとなく嫌な予感を感じながら、それでもストックは辛抱強くレイニーの次の言葉を待ったのだが。

「レイニー?どうしたの?」

そこでレイニーの異変(というほどでもないが)に気づいたマルコが割って入ってきた。

「マル!何でいつもいいところで邪魔するのさ!」
「え、えぇ?そ、そう言われても…」
「とにかく、あたしはストックにガツンと言っときたいことがあるの!」

勢いでマルコを黙らせたレイニーは、ストックの方へと椅子の位置を変えて向きあった。
騒ぎに気づいた参加者たちが、なんだなんだとレイニーとストックの方を注視しているのがわかる。

「ストックさぁ、謝った方がいいんじゃない?この場で!」
「……謝る?」

すぐ頭に思い浮かんだのは、さまざまな心配をかけたことだった。
しかしそれはレイニーの言いたいこととは離れている気がした。
ストックが頭の中で疑問符を浮かべていると、さらにレイニーは畳み掛けた。

「まああたしもあんまりそんなこと言える義理じゃないんだけど……」
「……」
「でも!やっぱり多分ストックのがヒドイと思うんだ」
「レイニー?何のこと言ってるの?」

マルコもレイニーの言いたいことが理解できていないようで、ストックと同じような戸惑いの表情を浮かべている。

「もう!マルも察しが悪いんだから!」
「そうは言っても……」
「あたしは、ストックの言葉遣いのことを言ってるの!」
「へ?」

マルコとストックはお互い顔を見合わせた。

「そりゃストックはあたしの上官だったからさぁ、別にあたしやマル相手に呼び捨てでも敬語ナシでもそれは普通だと思うんだけど」
「ま、まぁね」
「隊長さん…じゃなくて将軍さんも、ストックさんと仲良いからそれも良いと思うんだ。首相……もあんまり気にしない人だから、まあ良いとして!」
「……」

そこはいいのかどうか本当は怪しいところではあるのだが。

「でも!セレスティアやフォルガの族長さんに対してはまずかったんじゃないの?ガーラントさんにも!あ、あたしもすいませんでした!」

いきなりレイニーはぺこりと頭を下げた。

「ほら!ストックも立って!頭下げる!」
「………」

決して逆らえない空気を感じたストックはレイニーに立たされ、頭を下げさせられた。
そして数秒後、頭を上げると、肩を震わせているエルーカの姿が目に入った。こちら側からは顔を逸らしているので、表情は伺えない。
エルーカの重臣たちが、女王大丈夫ですか!と心配そうな声をかけているのが聞こえた。

「ほら、ストック!謝らないと!」
「……すまない」
「じゃなくて!丁寧語で!『すいませんでした』って言わないと!」
「…ちょ、ちょっと!」
「だってストック、グランオルグの王子だったんでしょ?敬語やら何やらできない方がおかしいじゃん!あたしみたいな傭兵上がりの人間とは、えーと素養?ってやつが違うでしょ」
「そうは言っても、ストックだって色々あったんだし!」
「でも!どっかに染み付いてるはずだから言えないはずないって!ほら、前グランオルグの検問抜けるときはあんないい顔してたじゃない」
「いい顔っていうか…確かに」

そう、以前情報部の三人でアトやバノッサたち旅芸人一行とグランオルグへ向かったとき、検問所で引っかかったことがあった。
ストックの剣舞が旅芸人の証拠となり無事通過できたのだが、その時のストックの立ち振るまいが余りに普段と違ったので、レイニーやマルコの中ではかなり印象に残っていたのだ。

「そういやあの時だけは敬語もちゃんと使ってたような気がする!」
「……」

酔っているはずなのにレイニーの記憶はどんどん鮮明になっていく。
いつの間にか、レイニー以外に口を開く者はいなくなっていた。全員ストックとレイニーの行く末(?)を案じている。
しかし、ストックを擁護する一言二言あってもいいはずなのだが、誰も何も口にしない。

「ほら、ストック!」

そして何故かレイニーの姿がどんどん大きくなっていく。
レイニーの顔がストックの視界全体を覆うほどになり、さらにはいつの間にか部屋を押しつぶすほどに巨大化して、ストックを見下ろしている。

「…………す」

ストックは恐る恐る謝罪の言葉を口にしようとし―――






――――そこで、ストックは寝台から起き上がった。
一瞬自分がどこで何をしているのかわからなくなったが、扉を叩く音とストックを呼ぶ声を認識したところでようやく、ストックは自分がどこに居るのかを理解した。

「ストック!開けるよ!」

鍵のかかっていない一つしかない扉が開き、レイニーとマルコが顔を出した。

「……ストック、朝だよ!って起きてたの?」
「あぁ、今さっきだが」
「なんかストック……汗かいてない?」

マルコが目ざとく、ストックの異変に気づく。

「変な夢でも見た?」
「……いや、なんでもない。大丈夫だ」
「ほんと?」
「夢見が悪いと最悪だよねー」

うんうんと腕を組んで頷くレイニーの顔をストックは見れなかった。

「ていうか僕らが迎えに来て、ストックの準備ができてないって初めてだよね」
「そういやそうかも」
「すまない、すぐに準備する」
「まだちょっと早かったからね、ラウルさんが指定してきた時間まで」

そう、この日はラウル首相に呼び出されていたのだ。話があるから三人で来るようにと。

「じゃ、あたしたち入り口で待ってるから早く来てね」
「そんな急かさなくても大丈夫だってば」
「わかった。なるべく急ぐ」

そう言って、二人はストックの部屋から出て行った。

「それにしてもラウル首相、何の用事だろうね?」
「あたしたちの働きを労って宴会でも開いてくれるのかなあ」
「そんなわけないと思うけど…」

ストックはそんな二人の会話を遠くに聞きながら、額の汗を拭って身支度を整え始めた。



*             *              *



その日の夕方のこと。
夢のことが本気で心配になったストックは気の置けない親友のところへ相談しに行った。

「……なあロッシュ」
「おぉストックか。どうした、なんかあったか?顔がいつも以上に強張ってんぞ」
「……」
「なんだ、煮え切らねぇ態度だな」
「……その」
「?」

ロッシュがその先を促すと。

「俺の態度はそんなに横柄だろうか」
「はぁ?」

そして、いつもよりかなり小さい声でぼそぼそと話すストックからわけを聞いたロッシュは、それはそれは笑い転げたそうな。



平上作
2011.04.16 初出

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