優雅で淫らな絶対君主



「それでは、失礼致します」
寝台に腰掛けたエルーカに向かい、マリーは深々と頭を下げる。月は高く上り、彼女らの年であれば、とうの昔に眠りに入っていなくてはならない刻限に達していた。マリーも役目を終え、自らの居室へと下がる時間となっている。
「マリー」
しかし女主人の一声が、マリーの動きを止めた。
「お願いがあるのですが」
「はい」
頭を上げ、月明かりに照らされるエルーカを見る。淡い光が彩るエルーカは、表情を変えぬままじっとマリーを見ている。
「今夜は、一緒に、寝てくれませんか」
願いの形を取った命令は、優しく柔らかだが、けして抗えぬ絶対的な強制力を持つ。マリーは微かに瞼を震わせ、そして僅かな間を置き。
「……はい」
ゆっくりと。定められた答えを口にして、王女の寝台へと歩み寄った。


端に腰掛けていたエルーカが、その身を寝台の中央へと退ける。明け渡された空間へとマリーが入り込めば、王族のみに許される滑らかな敷布の感触が、突いた掌に感じられた。
「マリー、こちらへ」
招きに従い、エルーカの傍らへと身を寄せる。眠ると言いつつ横たわる様子の無いエルーカは、近づいたマリーの頬に手を当て、くすぐるように指を遊ばせた。
「もっと近くに」
「……は、い」
銃を扱う王女の指は、その節や根本に僅かな硬さを持ってはいるが、それでも驚くほどしなやかで細い。それが触れるマリーの肌は、若さによる張りこそ誇るべき程にあるが、王族のそれに比べてどうしても硬く荒れてしまっている。仕えるものの下賤な身体、それをエルーカの傍らに寄せる恥と喜びに、マリーの頬が紅く染まった。
「そう……そのまま、じっとしていてください」
添えられた手はそのままに、エルーカの唇が、マリーの顔に近づく。反射的に閉じた瞼の上を、柔らかな感触が覆った。ちろりと、熱い舌が皮膚を掠め、伏せられた睫が震える。
同時に伸ばされた腕が、竦んだ身体を抱き寄せた。薄い就寝着越しに伝わる体温は、外気と同じにひやりと冷たい。その温度が己の熱さを告発しているように感じられて、マリーは恥ずかしさに身を堅くした。
「そのままですよ」
それを後退の前兆と捉えたのか、背に回された腕の力が強くなる。そしてそのまま、片手で器用に背のボタンを外し、着衣の固定を緩めてしまった。王女付きの侍女として与えられている上質な衣装が、窮屈な戒めを放棄し、甘く柔らかい少女の身体を露わにする。開いた隙間から、エルーカが手を忍び込ませ、成長期の敏感な皮膚を辿っていった。
「あ」
触れるだけというには少しだけ強い圧力が加えられ、マリーの唇から吐息に混じった声が零れる。ずれた襟が肩口から引き落とされ、そのまま脇腹、腹部、鳩尾と指が滑っていく。その間も唇と舌は顔中に落とされ続け、マリーの神経を鋭敏に磨くことを止めようとしない。触れ方自体は技巧的という程ではなく、むしろ年相応にぎこちなさを感じさせるものだが、それを受け取る側の身体が勝手に感覚を高めていってしまう。そのはしたなさを恥じ、身体を縮め隠れようとしても、主はその逃げを許してくれない。
「っ……」
しばらくの間腹部を弄っていた指が、やがて体幹の表面を這い上り、胸の膨らみへと辿り着く。性徴期を過ごし膨らみを増したその部分を、エルーカのしなやかな指が、柔らかく揉みしだいた。
「マリー……」
耳元で名を囁かれ、耳たぶを唇で食まれると、その部分から明確な熱さが生み出される。熱の上がった身体をさらに高めようとしてか、背に回されていた腕も身体の前に戻され、両手ですくい上げながら乳房を刺激された。ふくらみに指が食い込む程強くされるかと思えば、慈しむように全体を撫でさすられ、そして。
「っあ、」
先端で震える突起を軽く掠められ、マリーは堪えきれず声を零した。表面同士を触れ合わせる程度の極軽い接触、しかしそれは逆に、神経の感度を高め、受け取る快感の量を増やす結果を導く。左右のそれを優しく撫でられ、それと同時に首筋に舌を這わされて、マリーの身体がひくひくと震えた。身体の内側から沸き上がる感覚に、たまらず熱い吐息を吐き出すと、喉元にあるエルーカの唇が笑みの形に釣り上がる。
「どうですか? マリー」
「あっ、ん……そんな、あ……」
意地の悪い問いに、耳朶まで真っ赤に染めたマリーに、エルーカは満足そうな微笑を零した。その、美しい神のような相貌を、マリーはぼんやりと見詰める。
「マリー、向こうを向いて」
「……はい」
実際彼女は神にも等しい存在だ、その言葉は絶対で、抗うなど想像することもできない。それは主従の立場によるものではなく、まして王族に対する忠誠心などでもなく。
おずおずと身体の向きを変えると、視界から消えたエルーカが、背後から抱き付いて腕を回してきた。上半身から滑り落ち、腰で蟠った衣服は、完全に身を隠す役目を手放してしまっている。むき出しになった白い背に、こちらは就寝着を着込んだままのエルーカが、その細い身体を押しつけた。布越しに、柔らかな膨らみが押し潰される感触が伝わって、それだけで痺れに似た感覚が湧き上がるのを自覚する。
「マリー……可愛いですよ」
囁き声と共に、前に回された両手が愛撫を再開した。駆け巡る熱を受け、正直に硬くなった先端を、今度はもう少し強く指で嬲られる。
「そっ、んな……こと、おっしゃらないで……くだ、さ」
「だって、本当のことですから。……どうですか?」
「あ、やっ、ああ……」
淫らな問いに応えることなど出来ないが、背と胸をぴたりと触れ合わせた今の状態では、答えを隠すことなどとても出来ない。堪えきれない震えが、言葉よりもよほど雄弁に、マリーの高まりを語ってしまっている。エルーカもそれを分かっているのか、零れる笑みをうなじに吹きかけながら、身体を探る動きを強めた。
「あっ、やっ、駄目です!」
執拗に胸元を弄っていた両手、その片方がふいに外れ、下へ下へと位置を移していく。明確な意図にマリーは、自らの立場も忘れて制止の声を上げたが、それはあまりに無力な抵抗でしかなかった。止まる様子を見せない無慈悲な指が、深い茂みをかき分けて、マリーの身体を割り開いていく。
「ひっ……」
上半身への愛撫で、既に露を湛えていたそこは、恐れながらも待ち望んだ進入者を、熱くねっとりと受け止めた。十分に準備が出来ていることを感触で悟ったのか、今度は焦らすことをせず、しなやかな指が基処をかき回してくる。
「あ、う、エルーカ……さま」
勿論その間も、胸を弄る片手は途切れなく動き、マリーの性感を高めていた。そうして湧き出す蜜をエルーカの指が捏ね回し、粘液を纏った指で、柔らかく息づく花弁を撫でる。それだけでも生まれる快感は果てしなく、マリーは自分の体温が、際限なく高まっていくような錯覚を覚えた。
「マリー……本当に、可愛い」
しかし、愛しさ故に残酷な主人は、それで終わらせようなど考えてはいないらしい。もっと高く、もっと淫らな姿を自分の前に晒せと、無言の命をもってその指先を動かしてくる。ひたすらに、開き始めた花弁と外壁を刺激していた指が、ついに中央に座する芽へと矛先を向けた。生み出された快感を得て、既にはしたない硬度を得ているそれに、エルーカの指がそっと触れる。
「ひっ」
それだけで発生する、電流のように鋭い快感に、マリーの腰が跳ねた。分を弁えず淫らに騒ぐ身体を抑えようと、掌で口を塞ごうと試みるが、エルーカの片手がそれを防いだ。
「駄目です。マリー、可愛い声を聞かせて頂戴」
「あ……あ、駄目っ、だめですエルーカさま」
丁寧に表面を探り、少しばかり乱暴に押し潰されれば、閉じる力を失った唇から悲鳴じみた声が零れた。逃げるように、あるいはもっと刺激を求めるように、意志を外れて腰が動く。その浅ましさが自分で耐えきれず、マリーの瞳にじわりと涙が浮かんだ。
「も、もうしわけ……ありま、せ」
「何を謝ることがあるのです」
「やあっ!」
それを攻めるかの如く、胸の突端がつまみ上げられる。生じたじん、という強い痺れを、続く柔らかな愛撫が宥めた。
「わたくしが、あなたの可愛らしい姿を見たいといっているのですよ」
「で、でも、ああっ……こんな、ひっ」
ふわふわと甘く揉まれる乳房の感触と、下半身から駆け上がる熱が混ざりあい、身の内から内腑を炙るような高熱が沸き上がってくる。鋭くは無いがあまりに熱いそれに、意識が奪われそうになるタイミングを見逃さず、中心の肉芽をきゅうと押し潰された。溜まらず甘い悲鳴を上げ、痙攣するマリーの身体を、エルーカが愛おしげに抱きしめる。
「大丈夫です、マリー。さあ、もっと見せて……」
「あ、あ、やうっ、ひ、」
止めとばかりに上下の愛撫を強くされ、二カ所の芽を同時につまみ上げられ。
「ああっ、エルーカ、さま……!」
一際高い悲鳴を上げて、マリーの快感が極みに達した。虚脱と忘我に支配された心に、甘やかな罪悪感と背徳感が広がってゆく。しかしそれに身を任せるのは、まだ少しばかり早い。
「マリー……素敵でしたよ」
耳朶に軽く口づけられ、名残惜しげに乳房を辿っていた手が、するりとマリーの身体から離れた。腕が解かれ、身体の間に空間が作られると、マリーは命じられる前にエルーカの側へと向き直る。
「あ……ありがとう、ございます」
「マリー」
名を呼ばれる、それだけで、意思は伝わってくる。じわりと、解き放った筈の熱がよみがえり、マリーの瞳が潤んだ。
「今度は、私に」
そして、彼女を支配する絶対的な君主に跪き。
「――はい」
歓喜の震えを抑えることもせず、投げ出された足に、そっと唇を寄せた。


――夜は、まだ、終わらない。




2012.04.01 セキゲツ作

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